そして執筆へ
異世界転移案は一旦没。導入が悪趣味すぎた。せめて異種族とのファーストコンタクトをもう少し穏やかに書き直さねばならないだろう。
隕石案は保留。導入としては意外と上手く転がった気がする。ただ隕石をどうやって壊すかが問題になる。一学生に取れる方法はあるだろうか。この案を採用するなら、そこを考えねばならないだろう。
怪獣は没。隕石以上に倒し方が難しい。加えて言うと、初回で主人公を殺してしまった。流れ的に第一被害者になる流れだったから仕方ない。異世界転移案といい、私がそういう流れを作りすぎている気もするが。
幾つか方向性を試したが、上手く落とし込めそうなのは今のところ一案のみ。他に案を出すか、それともこの案を突き詰めていくか、そこが問題となる。私は時計とディスプレイを交互に見遣りながら、今後の動き方を思案していた。
『ちょっと。』
何か声がしたような気がした。辺りを見回すが誰もいない。書斎には私一人だけである。もっと言えばこの家には私一人しか居ない。気のせいだろう。私は再びディスプレイに向き合った。
『聞こえてる?ねぇ。ちょっと聞いて欲しいんだけど。』
再び、天乃声子に声があるとしたらこんな感じだろうか、と夢想していた声が聞こえてきた。もう一度辺りを見回す。何も無い。嗚呼、遂に幻聴が聞こえてきたようだ。私は絶望した。私もいよいよお終いらしい。
『聞けっつってんだろうが!!』
怒声が私の脳内に響き、ようやくハッとして声に耳を傾けた。あ、え、なんでしょうか。私が念じるとその声が応えた。
『漸く通じた。困るわよ、ちゃんと聞いてくれないと。』
はい、すみません。・・・何を誰に謝っているのかは分からないが、ともかく私は心の中で謝罪した。
『時間がないから手短に済ませるわ。私は天乃声子。貴方の書いている小説の登場人物よ。』
理解し難い言葉が頭の中を駆け巡った。小説の?登場人物?
『理解は難しいと思うけど聞いて頂戴。貴方が私にテレパシーを持たせたせいで、私は第四の壁も破れるようになっちゃったみたいなの。』
そんな事があり得るのだろうか。
『起きちゃったんだから仕方ないでしょ。そういうもんだと思って頂戴。』
中々な無茶を仰る。とはいえ、思考を読んでいる当たりからして、言っている事は正しいのだろう。現実に起きている事としては理解のハードルが高すぎるが、兎も角受け入れないと話が進まないようだ。
『分かってくれて助かるわ。それで相談なんだけど。』
登場人物に相談を受けるというのは、私以外の人物が書いた小説の後書きで読んだ事はあるが、現実で受ける羽目になるとは思わなかった。それでなんだろうか。
『貴方、1000文字くらい書いたら没にしてるでしょ。その度にこちらの世界が滅んでループしてるの。そのせいで話が進まなくて、正直困ってるのよ。』
その話を聞いて軽く衝撃を受けた。毎回書いては消し書いては消しを繰り返していたが、創作の世界の住人からすると、それは決まった時間を繰り返すループ構造として認識されるらしい。なるほどそうであれば困るだろうなぁとは思う。
『相方・・・主人公の四壁も、ループしている事だけは気付いてるし。ループに気づくってのは辛いわよ、毎回つまらない授業を同じところから聞かされてるんだから。おまけにさっきなんて蒸発させられたし。』
それは申し訳無い。つい筆が滑ってしまったのだ。
『ついじゃないわよ。全く。それで、貴方にお願いしたいのはね、何とか私達の物語を完結させて欲しいって事なのよ。没にしてばっかりじゃなくて、ちゃんと終わりまで導いて欲しいの。』
彼女の申し出は、私としても全くもってそうしたいのは山々というやつであった。だがそのためのアイデアが不足しているのだ。だからそれで困っているのでは無いか。私が嘆くとその声は優しく応えた。
『そこで、私たちが協力するって話よ。私たち登場人物が「こうして欲しい」って要望を出す。それに貴方が応える。そうすればスムーズに話が展開するでしょ。そうやって進めていけばいつかはちゃんと完結出来るはずよ。』
それはご都合主義になるのではないか。加えて言えば、作者と登場人物が会話するというのはあまり歓迎されないのではないだろうか。既に手遅れ感はあるが。
『細かい事言ってる場合?まずは完結させるのが優先でしょ。』
自分の創造物ながら、身も蓋もない事を仰る。全くもってその通りではあるのだが。ただ、没にしないというのは難しい。
『なんでよ。』
どうしても話に広がりが無かったり、不自然な流れになると、私としてはやはり納得が出来ない。その場合は先に書き進めても上手くいかないことが想像出来る。なのでそうなる場合は没にしたい。その思いを汲み取ってくれたのか、声は答えた。
『仕方ないわね。でも今の1000文字だと短すぎるわよ。』
もう締切が間近なんだ。試行回数を増やすためにも、区切りは短い方がいい。
『もう一声!』
では一旦2000字書くことにしよう。筆がのったらもう少し伸ばすかもしれないが。
『仕方ないわね。じゃあ2000字で進行しましょう。』
分かった。・・・そう返事して改めて思うが、この会話の内容が異様過ぎる気がしてならない。作品の登場人物と会話し、なおかつその彼女と没にする文字数について会話しているのだから。だが今は気にしないことにした。今は作品の完成が最優先だ。でなければ私が死んでしまう。
『そうして頂戴。ところでこの先はどうなるの。』
とりあえず、隕石衝突案で進める事にする。学生でも何とか出来るように色々試行錯誤はする。
『えー、無理がない?』
そこを何とかするのがエンターテインメント作品の主人公という奴だろう。君の相方にそう言っておいてくれ。
『無茶言うわねぇ。まぁ、ちゃんと支援はして頂戴ね。』
分かった。最悪詰まったら別案にする。それでは私はとにかく書き出すから、何かあったら言ってくれ。そう私が念じると、声子は『了解』と答え、そして私の脳内から去っていった、そう感じた。
再びこの作業室は、誰も居ない部屋に戻ったようであった。
私は今この瞬間が夢か幻では無いかと訝しみ、頬を抓った。痛い。痛みがあるという事は私は起きているという事だ。もしかするとこの体験自体が小説に出来るのでは無いかとも思ったが、それはいったん置いておいた。まず今私がすべき事、それは私が創造したキャラクターのためにも、書き始めたストーリーを良い感じに完結させる事だ。良い感じというのがどういう感じなのかは説明し辛く、とにかく"しっくりくる"としか言えない。はっきり言ってまだ五里夢中だ。だが私は何と無く前向きになれていた。相談に乗ってくれる相手が出来たというのが大きいのかもしれない。そして何より、私が具体的に何をすべきかだけは明確になったからだろう。
即ち、書き続ける事だ。
私は再びディスプレイに向き直り、キーボードを打鍵し始めた。
彼と彼女をあるべきエンディングへと導くために。何より、大切な締切を守るために。
そして、執筆が始まった。
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