作業部屋にて・2

 目を開けると二時間程経過していた。嗚呼何と言う事か。私は絶望した。眠るつもりは無かったというのに、目を瞑ったらこれだ。限られた時間を無為に過ごす事ほど虚しく愚かしい事は無い。そもそも目を瞑って妄想なぞしようものなら、迎える結果はこれしか無いと想像出来ただろうに。

 だがしかし、完全な無為な時間を過ごしたと言うわけではない。ちゃんと名前は浮かんだ。四壁明太郎しへき・めいたろうと天乃声子あまの・せいこ。メインキャラクターはこれで行こう。特に主人公は他作品と被らないようにしたい。これなら絶対被らないだろう。壁に囲われても明るく生きるという意図を持たせたつもりだ。ヒロインは元々テレパシー的な能力を持つという事にしたかったので、天の声から命名した。少々安直だが、分かりやすいという事はいい事だ。私は自分に言い聞かせた。


 しかし、主人公の名前に別の意図が混じってしまったような気もする。主人公の名前が、第四の壁を意識した名前になっているような気がした。第四の壁とは、作中の登場人物と読者とを隔てる壁である。通常はその壁が話題に上がる事は無く、もしそうした事があるとすれば、意図的に第四の壁を破る、即ち登場人物が読者に話しかける等の表現を取る時が殆どである。無論例外はあるだろうが、少なくとも私はそう認識している。私の意図としてそのような作品にするつもりは無かった。にも関わらず、それを意識したような名前になってしまったのは何故だろうか。先刻までの瞑想の中で見た幻–––一般的には夢とも言うが–––が関係しているのだろうか。内容は朧げにしか思い出せない。だが第四の壁、メタフィクション、そんな単語が浮かんでは消えていた。

 私は少し恐ろしくなった。私の埒外で、私が何かの影響を受けているのでは無いかと不安になった。


 カチ、カチ、と時計の針が動く音が響いて、私の意識は復帰した。そんな心配をしている暇は無いのだ。今考えるべきは締切に間に合わせる事だ。ああ勿論面白い作品を書く必要はある、だがまずは書き上げなければならない。一心不乱に書かねばならない。私はパソコンに向き直りキーボードを叩き始めた。


 そしてまた詰まった。


 これ以上何で悩む必要があるのか。それは根本的な点、即ち、そもそもこの主人公達はどう動けばいいのだろうか、という点である。

 最初に設定した方向性に問題があったのかもしれない。"世界の滅亡"というざっくりとした問題に対し、学生が出来る事などたかが知れている。そんな彼らにどのような課題を課せば良いのだろうか、という事が浮かばないのである。遅々として進まないとはまさにこの事である。歩けば石に躓くかのようだ。

 少なくとも当面の目的は設定するべきである。某ロールプレイングゲームであれば○王の城へ向かうためのアイテムを集めるであるとか。情報収集をするであるとか、そういう具体的に取るべき行動を明確にしておかなければなるまい。全体的な流れも必要である。"世界の滅亡"の原因が何で、それをどうやって防ぐのかという、大まかな粗筋も決めなければなるまい。

 残念ながら私の中でそれらは全くの白紙であった。


 私は溜息を吐いた。嗚呼、結局名前が決まっただけではないか。これだけでは何も進まない。頭を抱えて悩みこんだ。また眠って・・・否、瞑想してアイデアが浮かぶ事を祈るか?私はそれは避けようと決めた。毎回毎回上手くアイデアが浮かぶかというと分からない。それをやるとすれば、考えに考え抜いた挙句何も浮かばなかった場合、即ち最終手段として取る事にしよう。私は固くそう誓った。往々にしてそういう誓いは破られるためにあるような気もするが、この際考えないでおく。

 さてではどうするか。私には一つアイデアがあった。とにかく試してみる事だ。例えば異世界転生して魔王を倒すとか、隕石が降ってきてアル○ゲドンするとか、あるいは怪獣が出てきてそれを何とかして倒すとか、そういう話の筋で行けるかどうかを思考し試行してみるのだ。そのためには、とにかく話を一本その方向で書き始めてみるのが一番だろう。時間は掛かるが、キャラの方向性も掴めるし、まずは幾つかの方向性で途中まで書いてみることにしよう。ダメなら没にすればいい。撃てば当たる理論である。

 そう決まれば早速取り掛かろう。何せ締切は間近だ。この方法を取るなら試行回数は多いにこした事はないだろう。書いて書いて書きまくろう。私は自分に気合を入れると、キーボードを打鍵し始めた。

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