第2話 社畜男と援交女(1)

 


《b》・ひとつ!わたしたちは安全・確実にお客様を撥ね殺します!《/b》


《b》・ひとつ!わたしたちは笑顔絶やさずお客様を撥ね殺します!《/b》


《b》・ひとつ!わたしたちは誠意を以ってお客様を撥ね殺します!《/b》


《b》・ひとつ!わたしたちは努力奮闘し、お客様を撥ね殺します!《/b》


《b》・ひとつ!わたしたちは倫理にもとらずお客様を撥ね殺します!《/b》




 ワクワク転生協会『愛の五ヶ条』。

 これを朝会のまえに出席者は唱和するのがいつもの日課だった。


 チョッと聞きには(どこの悪の組織だよ)と苦笑されそうだが、居ならぶ20人ばかりの老若男女を交えたドライバーたちは、いたって大真面目だ。ボーナスの査定もはいるこの時期は、とくにその感が強い。


 最初は、こんな寝言じみた題目を腹の底から唱えることに(うへぇ)となったオレだが、最近はごく当たり前のように感じられる。ドストエフスキーがいみじくも喝破かっぱしたとおり『人間は何にでも慣れることが出来る生き物』なのだ。それにこのごろは、さしものオレも“異世界転生”を信じかけている……。

 

 唱和が終わると、かたわらに控えていた小太りの男が中央に進み出た。


 酒灼け風な赤ら顔。

 古い脂のようなオヤジ臭。

 入社したばかりの庶務の娘が、わずかに眉をしかめるのが見えた。

 ワクワク転生協会の事業所長「什央」じゅうおう通称“アシュラ”だ。


「ハイ、みなさん――おはようございます」


 おはようございます!!と今どき自衛隊でもやらないような大斉唱。

 アシュラは、打てば響くその反応に目を細めつつ、


「えー、今月もそろそろ締め日に近づいてまいりました。われわれ実行部隊は“数字”が命であります」


 と、ここで各ドライバーの成績が示された棒グラフにチラリを目をやって、


「目標未達の方は、死 ん で も 転生志望者を見つけて撥ねるように。目標を達成した方はさらに上を目指して、頑張ってみて下さい。では――伝達事項を、加論カロンさんの方から」


 ここで後を引き継いで、小柄なやせぎすの男が進みでる。


 ・今日の警察の取り締まり情報。

 ・社会一般の厭世係数の上昇傾向が顕著であること。

 ・某氏が転生処置現場を通行人に目撃され、いま本部で警察対応に追われていること。

 ・目標未達のドライバーに対するペナルティー料金が上がること。

 

 最後の項目をのべる時、加論の指示棒がベン!とホワイト・ボードの棒グラフを叩き、オレを含む数人のドライバーの名札をさまよう。

 ダラダラとその他の説明が続くなか、後ろから背中を突つかれ、


「現場を見られたドライバー、転生処分らしいぞ?」


 ヒソヒソと話しかけてきたのは高齢ドライバーの“シゲさん”だ。

 この事業所でも、古株で通っている。

 この間は高速の逆走をやらかし、仲間ウチでもそろそろヤバいとされているが、営業成績(つまり転生させた人数)は事業所でも上位陣なので、事務所も切るに切れないらしい。


「ダレ?知ってるヤツですか?」

「大阪事業所のヤツらしいんだがね。ヒデェよなぁ、要は事故を苦に失踪しっそうしたことにして幕引きをはかろうだなんてヨ」

「トバされた先は?うまく転生ちゃくちとやらは、できたのかな?」

 

 転生を半分信じるようになってから、つい、こんな言葉がでてしまう。


「知らね。そこまでは」


 マイケル君!


 いきなり加論の声が飛び、オレは前をむく。

 その場にいる全員の視線が「?」という雰囲気とともに自分に突き刺さる気配。


「キミぃ、【SAI】-108号にナメられてるンだって?おまけにあのAIは“ナイトラ〇ダー”気取りでキミは“マイケル”と呼ばれているとか?」


 ドッ、と湧く事業所。


「――スゲぇな?自我タイプの【SAI】なんか積んでいるのか」

「――道中は退屈しなさそうだ」

「――自己学習能力のテスト・タイプだろ?ベンリでイイじゃん」

「――減価償却とか、みんなのと同じなのかしら?」

「――私はゴメンだね。ドライブアシストだけでいい」

「――同感。俺も独りがいいわ」


 しばらく轢き逃げ屋たちの勝手な雑談。

 あぁ、静かに!とアシュラが声を上げ、いいかねとオレの方を向き、


「くれぐれも【SAI】やつらの好き勝手にさせるんじゃないぞ?運行のマネージメントはしっかり行い、絶対に手綱を放さないこと、いいね?」

「はい、所長」

「では加論クンの方からは?――とくにない?宜しい。では今日の指差し呼称を……そうだな、朱美あけみクンのほうから。キミもこのごろ低迷しとるぞ?私情と仕事は、割り切りたまえ」


 20代後半の、作業着の上からでもスタイルの良さが分かる女性ドライバーが前に進み出た。


「では加論かろんサンのお話にもあったとおり、今日は『目撃者に注意して撥ね殺そう――ヨシ』でいきたいと思います。構えて」


 ザッ、と人差し指を正面に突きだした集団。


「目撃者に注意して撥ね殺そう――ヨシ」

『目撃者に注意して撥ね殺そう――ヨシ、ご安全にィ!』


{IMG60455}



 朝会が終わると、ドライバーは皆、事務所の連中に捕まらないよう、我先にと車庫へ、愛車のところへと向かう。ひとり“ツェねずみ”が出遅れた。

 背骨の曲がった貧相な男が加論につかまり、連れていかれるのをチラッとみる。

 あぶねぇ、ヤツもオレと同じく成績のわるい組だ。


 雲行きがアヤしくならないうちに、車庫へと向かう。

 階段をおりてゆく途中で、朱美を追い越した。


 赤く染めたゆたかな髪に、派手なパーマ。

 ちょっと見には、水商売のオネーちゃんがトラッカーのコスプレをしているようにも思える。実際、ココに来る前は六本木で働いていたとか。御多聞にもれず、景気の衰退にともない、企業のなかで接待費や交際費への締め付けがキビしくなり“店”が立ち行かなくなった結果、流れてきたらしい。小さい子供をひとり抱え、大変そうだった。


 彼女から漂うディオールの香りをすり抜けようとしたとき、後ろから呼び止められる。


「あ、マイケル――ちょっとイイかしら」


 やれやれとオレは苦笑する。

 この分では当分“マイケル”でいぢられることを、覚悟せねばならない。


「なんだよキミまで……車庫で話そう」


 配送センターに偽装した建屋の地下には、コンクリートをムダに消費したような広大な駐車場がある。

 当然だ。

 撥ねた人間を格納したトラックから、人知れず死骸を搬出し処分しなくてはならないのだから保税上屋のよな屋根と支柱だけの一般的な駐車場では人目がつくというものだった。

 現に、ある特定の時間帯は、地下駐車場はドライバーでも立ち入り禁止となる……。


 ヒトを撥ね、轢く専門の禍々しい印象を放つトラックが、まるで戦闘機のようにズラリ、勢ぞろいしていた。

 ところどころ空きがあるのは、遠方まで出張にいっている車体があるためだろう。


 担当車の前をとおるとき、【SAI】-108がホーンのスピーカーを使い、


『なんですマイケル、素通りとはヒドいですね。朱美さんとデートですか』

「こんにちわ“キット”……でイイのかしら?調子よさそうね」

『これは嬉しいですね、そう呼ばれるとは――朱美さんこそ、いつもお美しい』

「なるほどネェ……ホントにスゴいのね」


 オレたちは肩をならべ、事務所の連中の馬鹿さ加減をネタにしつつ、すこし離れたエリアにとまるトラックへと向かう。

 朱美の車体はコンパクトな構成だった。

 撥ね飛ばしの機能をオミットして、轢殺れきさつに重点を置いたタイプで、転生装置も車体下面にしか配置していない。

 オレは年上の余裕をしめしつつ、


「朱美クンの【SAI】は?」

「いつも、双方向通信を切っているから、ドライビング補助と目標センサーだけね」


 入ってよ、と朱美は自分のトラックのドアを開ける。

 オレは反対側に回り込むと、助手席によっこらせと上がり込んだ。

 中にはいると、タバコと化粧、それに女の艶めかしい臭いがになって自分をつつむ。

 タバコの臭いがかえって有難かった。男にはしった女房を思い出さずに済みそうだ。


 運転席の朱美はグローブ・ボックスから魔法瓶を取り出し、湯気の立つ紙コップを差し出す。

 濃いコーヒーの香りがキャビンに漂った。


「それで。どォなのよ?調子は」

「コム シ コム サ」

「なによそれ」

「フランス語さ。良くもなく悪くもなく。中国語で言えば“馬馬虎虎マーマーフーフー”そっちは?さっきなンか言われてたじゃないか」


 カップをすすりながら相手を窺うと、


「あぁ、アレ?」


 朱美は髪をウザそうに振って深紅の口唇くちびるを苦々しげにゆがめ、


「目標が〇学生だったのよ。登校中の」

「うへぇ……」

「そうよ。ガキを轢く趣味はないの」


 オレは、ちょっとこの姐さんに好意をいだく。

 そうさ、轢殺屋だって人の心を喪ったらおしまいだ。


「同感だね――コッチもいつだったかの轢殺目標は、コトもあろうにベビーカーを押すシングル・マザーだ。オレは拒否したが、結局母子心中を図ったらしい。ハネとけば転生で幸せをつかんだかもしれないのに、ってウチの【SAI】はイヤ味をいうんだぜ?」

「フーン、スゴいのね」


 そこで、オレは気になっていたコトをこの際、朱美に確認してみる気になった。


「――なぁ?」

「えぇ?」

「あの転生先を映す三文芝居のドラマってさ……信じてる?」


 信じるもなにも、と朱美は笑い


「最先端の軍事技術を利用したコンピューターが魂をトレースしてるって話じゃないの」

「軍事技術?」

「そうよ、知らないの?マニュアルにあったでしょうに」

「いや……うん」

「よしんばウソだとしても、みんなそれなりに因果応報の結末を得ているんだから、信じるしかないわ」

「そう……かな」

「アナタの【SAI】は最先端の人工知能らしいから、疑ったりしたらヘソ曲げるわよ?」

「本当にネェ……まったく、辛辣しんらつさと妙なセンスのギャグも一級品さ」

「それで独りで業務してても、退屈しないんだネ」

「……まぁね」

「でもいつまでも独りってワケじゃないんでしょう?」


 ふいに、朱美が雰囲気をかえた、ような。

 そこはかとなく母親からおんなへ、まとう気配と目つきを移ろわせ、


「ね?子供――すき?」


 だが、それは彼女の意図した目的とは逆効果だった。

 わかれた女房がさらっていった娘のことが否応なく思い出された。

 不意に、胸には鉛のような鈍さと重さが拡がって。

 唇が、自分でも品下ってひん曲げられるのが分かった。


「オレにその質問は、酷だなぁ」

「あ――そうか。娘さんいたんだッけ」


 しまった、という朱美の顔。だが、もう追いつかない。


「相手の弁護士に完膚なまでにヤラれ、面会もできない。キミんトコは、息子さんだっけ?」

「こっちはパチ狂いの暴力亭主から逃れてセイセイしてるけど、このごろ反抗期で――やっぱ息子には父親が必要みたい……」


 チンチラのような目が、赤い髪の奥からすばやくこちらをうかがう。

 (まだイける)と思ったのか、なにやらキナ臭い雰囲気。

 彼女から立ちのぼるフェロモンが、いっそう濃くなった、ような。


 よく見れば胸もとをはだけ、静脈のうく豊かな隆起の谷間を魅せている。

 ナヨナヨとからだを身じろぎさせ、流し目で。


 オレは素早く撤退をキめた。

 すこし身を引くと、


「実をいうと、サ。アレだけ手ヒドい目にったんだ。少しばかり女性恐怖症でね――とくに美人の女性には」


 アラ、なに言ってんのよ、と朱美は女の勘で(今は深追い禁物……)と悟ったのか、急に醒めた声で、


「――口ばっかり達者なんだから」

「オレはウソは言わないよ」


 はぁっ、と彼女はいちどため息をついた。そして、


「今日お願いしたいのはね、もうすぐ竜太の参観式があるのよ。そこでアナタに父親役をやってほしい、ってワケ」


 なんだ、とオレは拍子抜けする。


 迫られている、と思ったのは自意識過剰だったのか。

 そうだよな。こんなサエない中年男に、子持ちとはいえ六本木で鳴らした“夜の蝶”が色目を使うはずもなく。

 ほかのドライバーの話によれば、チッとは名の知れた存在だったらしい。今でも十分にその手の店でトップを張れそうな容姿をしている。

 オレは自分のに心中のろいを吐きながら、


「そんなことか。いいよ?出てやろうさ。いつ?」

「……追って知らせるわ。ありがとう」


 用事がおわった事を匂わせる相手に、妙な気分でオレは助手席から降りた。

 分厚いドアを閉める瞬間、バカ……と聞こえたのは、空耳だったのか。

 最近疲れがたまっている気配に、今日も仕事が終わったらスーパー銭湯だと固く心にキめる。


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試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】 珍歩意地郎 四五四五 @4545072

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