〃        (5)

                * * *


『マイケル!目標接近!近いです!』 

「なんだ!?予定ではあと30分あるはずだろ!!」

『なにか不確定事象が惹起して、接触がはやまった可能性!』

「方位をくれ!」

『そのまま直進!9時方向から接近します!』


 十字路に突入しようとしたところ、ヘッドライトをサッ!と何かがよぎった。


「!」


 間髪を入れず次に来たものをスカニヤはドカン!と撥ねた。

 

 さすが鋼鉄のボディ。

 人を撥ねても毛筋ほどの揺らぎがない

 フロントのタイヤをきしませてトラックは急停車。

 撥ねた物体が、彼方に落下するのが見えた。すごい飛距離だ。


 すかさず“轢殺レコーダー”が今のシーンをスロー再生。


 最初に目の前を横切ったのは少年だった。

 そのあとから、目を恐ろしいほど吊り上げた少女が追いかけてきたところを――ドン!

 少女は“側方抱え込み二回転半宙がえり”で華麗に夜空に舞い上がり、かなたにべチャリと着地した。

 そう――まるで放り投げられたウンコのように。


「やった!でもなぜ『異世界・転送装置』とやらが働かなかったんだ?」


 一瞬の沈黙。

 やがて【SAI】が、


『いや、そのぅ……目標は、最初の少年だったようで……テヘッ♪』

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁァァァア!!!!!!?」


 おもわず叫んだオレは、彼方でカエルのようにぶっ潰れている少女を見る。


「ドウすんだアレ!!?」

『また――ツマらぬものを撥ねてしまった……』

「や か ま し い !」


 とりあえずガキぃ追うぞ!とオレは必死にさけぶ。


 所長のニヤつきと、その腰ギンチャクの業務主任の怒鳴り声がいまから聞こえるようで、背筋をゾワゾワさせながらスカニヤの重量級車体を操作。

 

 猛然とバック――ブレーキ。

 ズシャァァッ!!と慣性の法則の、ものすごい気配。

 グィングィン大型ハンドルを回し、右方向に転回。

 ズイ!とアクセルをふみつけ、強力なハイブリッドエンジン全開で後をおう。


 “目標ナビ”が生き返り、少年の逃走方向を矢印でさししめしていた。

 住宅街の狭い道をクネクネと逃げているようである。


 ふいに獲物を狙う狩人の本能じみた高揚。それがオレの全身を包んだ。

 むかしの貴族のキツネ狩りは、こんな感じだったんだろうなと、どこかで閃く。なにをかくそう、獲物を追いつめて轢くのは初体験なんだ。


 このトラックが大馬力の割に見た目が4トン車に偽装されているのは、まさにこんな時のためだ。

 せまい路地に逃げ込まれても確実に目標を追いつめて撥ね殺すことが出来るよう、ほかにも6輪操舵など様々なギミックやシステムが組み込まれている。


『距離、近づきます100m 50m――行きすぎました』


 急制動!

 ダブル・タイヤも合わせて計10本のタイヤが唸りをあげる。


「あぁァ!?どこだクソがァ!」


 背面モニターに目標物のマーカー。

 よく見れば、通り過ぎたゴミ捨てエリアのくぼみに身を潜めていやがった!


「いたぞ!【SAI】!」



『手間ァかけさせやがって……』



 いきなり【SAI】の声が“藤田ま〇と”に変わる。


  「パララァ~♪」


 キャビンにいきなりトランペットのソロが。


 トラックは急バックしつつ、背中の“ブームクレーン”を少年の頭上にのばす。

 小太りの顔が上を見えげ、一瞬ポカンとして。

 

 次の瞬間、ガッ!とまるでクレーン・ゲームのように彼の頭をワシづかみ。

 ぐぃぃぃぃ~~~~んんんんんともちあげ、宙ぶらりんにした。

 少年は頭を掴んだマニピュレータを引きはずそうと、宙空で足をジタバタさせている。


「やめてよしてやめてよしてやめてよしてやめてよして!」


 ブームがまわり、少年の身体を正面へ持ってきた。


 アルト・サックスがメインなテーマがかかる中、【SAI】は、


『……死んでもらいます!』

「バカ、そりゃ勝〇太郎だ」


 ご丁寧に“飾り職人”が武器を出す「シャキーン!」の効果音。

 あ、と言うヒマもなかった。


 フロント・グリルから、飾り房のついたニードルが突き出される。


    「ズビュ!」


 時代劇にありがちな、ブッ刺された時の音。


 見れば少年の首の付け根から額に、繰り出されたニードルが貫通。

 フロント・ガラスの一部がレントゲン画像となり、見事に脳幹を刺し貫く絵面。

 小太りの身体が頭から吊るされたまま、ビクビクビクッ!と痙攣。


 やがてダラ~リ、と“ブーム”からぶら下がり――静かになる。

 彼方では月が、そんな光景を満足げに冷え冷えと照らして……。


    「パララ~~♪――――デケデッ!」


 “仕事”に一区切りがついた時のBGMが流れ、【SAI】は自慢げに、


『どうです!上手いモンでしょう』

「……いーからハヤく処分しろよ」

『イヤですねぇ芸術がワからない人は』


 吊る下げられたまま、小太りの身体はフロント・グリルへ。

 と――それが巨大な口のように開き、中から触手のような舌が出てきて死体をからめとると、中に引き込んだ。このへんの仕組みは、オレにはサッパリ分からない。


 やがてゴクリ、という嚥下音。


 たちまち分解プロセスが始まり、少年だったタンパク質の物体は、瞬時に素粒子レベルにまで分解される――というのがアホくさい説明書にはあった。事業所に帰って実際に死体を処理する連中はタマらないだろうな、と思う。

 運転台にある電力消費量メーターがハネあがり、まるで本当に消化のための蠕動運動を始めるかのように、重い車体が小刻みにユラユラゆれて。


『――キュップイ♪』

「うるせぇ。さァて、さっきドコかのバカが間違ってハネた奴を確認しにいくか」

『あぁっ!ヒドいですね、アレはマイケルにも責任が……』

「本物の“キット”なら、あんなヘマはやらない」

『うっ……』


 微妙な一拍。

 そう、コイツは涙ぐむ気配すら演じて見せるからタチが悪い。

 目撃者のいないことを全周囲の生体センサーで確認。


『マイケル!サーモグラフに感あり』

「どこに――なんだネコじゃんか。しかも黒ネコだ」

『ヨーロッパで言うところの魔女の使いですね。前をよこぎられたら縁起が悪いですからサッサと行きましょう』

 

 アホか、とオレはギアを1速に入れる。

 ユルユルと来た道を後戻りしながら、


「知ってるか?そいつはバビロニアの昔から言い伝えられているんだ。ヨーロッパ中世からの話じゃない」

『なおさら悪いですよ』

「黒ネコって妙に人なつっこいダロ?で、黒いから暗がりでは見えない」

『それが?』

「思うにメソポタミアの宮殿かどこかで、夜に傷ましい事故があったんだな。前を横切って足もとにすり寄って来た黒ネコに、妊娠中の王妃が転ばされて流産したとか、あるいは貴重な什器を運んでいた侍女がネコに気づかず転倒して壊してしまい、番町皿屋敷の女中よろしく処刑されたとか。その伝聞が“黒ネコ”という記号だけのこして今に伝わっているんだと思う。でもオレはネコ飼うとしたら、だんぜん黒ネコだね……ほらついた」


 十字路まで戻ってくると、相変わらずカエルのようにぶっ潰れた女がパンツを丸出しにして。


『脳波・正常。内臓出血の気配なし。単なる全身打撲ですよ』


 遠距離からおざなりにサーチした【SAI】はメンドくさそうに、


『マイケル、行きましょう。誰かにみられると厄介です』

「……そうはいかんだろ」


 オレはヨッこらせとトラックをおりると、うつ伏せなままの女に近づく。

 意外と小さい、中学生?あるいは高校生か。


「おぃ、キミ。大丈夫か?」


 女の身体を起こそうとしたオレの手が、ウッと止まった。


 顔面がメチャメチャに潰れている!


 ……と思ったのは見間違いで、なんとウンコが塗りたくられているじゃねぇか。なんでだよ?


 とりあえず、オレみたいなトラックに轢かれてせんべいにならないように、防犯灯がある電柱の下まで引きずってゆき、背中をもたせかける。

 

 電柱に巻かれた青い番地票を確認。


 トラックまで戻ると【SAI】に発信源を秘匿して警察に通報を命じる。それと関係する周辺の防犯カメラの映像も、消去を。

 【SAI】のヤツはぶつぶつ言っていたが、それでも数秒で処置を完了した。


『では――これで“今回の仕事”は終了ですね』

「あぁ、早いトコ戻ろうぜ。明日の朝会に間に合わないと、またドヤされッちまう」


 ギアをいれ、ゆっくりとスカニヤ製トラックが走り出した。


 バックモニターに、ウンコまみれの顔をうつ向かせた少女が小さくなってゆく。

 よせばイイのに“仕事”の終わりにかかる物悲しいBGMを【SAI】が流し、そんな彼女の姿に哀愁をさそった……。


 高速に上がり、オレはとりあえずホッとした。


 いくら転生させるとはいえ、人を殺すのは、やっぱり神経をつかうのさ。

 仕事が終わって本部に帰る道が今の人生でいちばん心安らぐ時間になっているとは、ハードな話だ。言ってみれば――それは一日中忙しかった仕事を終え、会社の建屋を一歩外に踏み出し、街の香りを嗅いだ時の解放感にも似ている。


 もう、センターラインにおびえることは無かった。

 こんなモノ、ただの白線だ。

 トンネルに灯るナトリウムランプの流れさえ、どこかウキウキとして見える。

 いま考えることはひとつだけ。

 ハヤいとこスーパー銭湯に行って、熱い湯船に漬かりたい……。


 規則的な路面の継ぎ目をタイヤが踏む音に眠気を誘われつつ、オート・クルージンク機能を利用して制限速度厳守で走行していると、それまで沈黙していた【SAI】が咳払いをして、



『マイケル――転生映像、入りました』


 でた。


 ドライバーの贖罪意識を紛らわすための、ワケわからんチンなドラマ。

 説明によると、なんでも撥ね殺された魂の転生先が見えるのだとか。

 でも、これがミョウに出来がいい映像なんだ。単なるCGや、合成なんかじゃない。シーンのカットや効果、ドローンの空撮映像をふんだんに使ったショットなど、一見しただけでも、だいぶ金がかかっているのが分かる。以前は単なる無料ダウンロード・シネマとして考えていたが、今は白状するとヒョッとして本当に転生先の映像かも、などと半分考えるようにもなっていた。


「転生映像って?」

『だから。さっき撥ねた少年の転生先ですよ』

「もう?――はやいな!」

『時間的な距離は、転生に無意味ですから』


 好奇心を今すこしおさえ、しばらく走って大きなパーキングエリアに入ると、オレはフロントグリルに血が付いていないことを再度確認してから自販機コーナーまで行き、熱い缶コーヒーを手にトラックまでもどり、ヨッコラセと運転席に登る。中年トシだねオレも。


「さて――【SAI】?」

『了解しました』


 助手席から大型モニターが立ちあがり、画面はどこかヨーロッパ中世的な、ひなびた地方の村を映し出す。


「……ドコだぁ?」

『居ました!ホラここです』


 【SAI】がカーソルを浮かべ、目的の人物をしめした。


 板葺きの屋根がならぶ農場。

 そのかたすみで小太りの青年が農作業をしていた。

 横顔は、たしかに“目標”が成長したらこうなるだろうなという面影が。かたがわにある肥え桶から熟成させたウンコを柄杓ですくい出し、いとおしそうに野菜のうねへと施肥をして。生育は順調そうで、葉などは青々と収獲も期待できそうだった。


(お~ゥ、いつも世話出るのォ!)


 みちを荷馬車で通りかかった男が青年に声をかける。


(ヘェ!旦那もお変わりなく――)


 腰をさすりながら青年が身体をのばす。

 と、その額の真ん中には大きなホクロが。


「あんなホクロ、小僧にあったか?」

『あれは本人のごうんだ“カインの印”です。ワタシがニードルで刺した跡が、そのまま次の人生で聖痕せいこんになったのでしょう』


 悪気もなく、しれッとスカニヤ製AIは言いのがれる。



(ピョン太も変わりなく、元気そうぢゃ)

(へぇ、おかげ様で)



 ピョン太?とオレはモニターに顔を近づける。


 ――なん……だ、これは。


 耳まで含めると、体高が2mはありそうな巨大な白ウサギがそこに居た。

 ノドから胸にかけ、赤い筋のあるその獣は、片手にした棒を青年の方にビュンビュンと振り、「ホラホラ、手を止めるんじゃないヨ」とでも言うように。

 赤い筋は【SAI】の言葉を信じるならば、これも何かの“聖痕”なのだとか。


(ハッハッハ、ピョン太のおかげでアンタのとこの野菜も大評判ぢゃて。収穫がたのしみぢゃなう!)


 去ってゆく荷馬車にむけ、白うさぎはピョコピョコと頭を下げた。

 ひとりと一匹は、また農作業に戻ってゆく……のどかな村の、午後の風景。



『なんか、ウマいことやってそうですね』

「まぁ、元気そうでナニよりだ……行くか」


 オレはクラッチを入れ、ギアを1速にいれた。

 重い轢殺用トラックは、不吉な気配を全体に放射しながら、ゆっくりと夜を走り出す。



《xbig》≪史伝≫《/xbig》


 とある地方都市にて、地元名士の令嬢が人事不詳の状態で発見されたと地方紙の小さな記事に載った。

 さらに、あのCIAより情報取集能力のあるとさえいわれる地元のウワサ・ネットワークには、当該令嬢が全身クソまみれであり、さらにウンコを美味そうにしゃぶっていたとの未確認情報まで流される。


 少女は病院で治療を受けるが、意識を取りもどすも反応の薄い状態がつづき、結局専門の医院に移されたとされる。しかし実は外聞の悪さをおもんばかった両親が、自宅の座敷牢に軟禁したともささやかれていた。


 やがて……そんな地方都市の子供たちの間で、不思議なウワサが、まことしやかに語られるようになる。


 部活や塾帰り晩に独りで夜道をあるいていると、どこからか、ぷぅ~ん、とウンコの臭いが漂ってきて、ふいに行く手を白い着物をきた少女に塞がれるのだという。

 よく見ればその少女は、顔中をウンコで塗りたくり、手にはコンビニ袋を持っているらしい。


 そして、


『ウンコ――好き?』


 と聞いてくるのだとか。


 ここで「キライ」と答えると、


『――まァ、そうカタいコト言うなよ』


 などと言われ、


『カタいのは便秘グソだけにしとけッてのよ』


 と、コンビニ袋から出したウンコで顔中を塗られてしまうのだとか……。


 反対に「スキ」と答えると、


『――同志ウンコ大佐!万歳!』


 などとワケの分からないことを叫び、やはりウンコを塗られてしまうらしい。


 逃げようとしても“100mを3秒”で走るのでどんなに早く逃げてもムダとされている。

 またこの世ならぬ声で、


《marquee》《xbig》《brown》『ウンコォォォォォアアアアア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!!』《/brown》《/xbig》《/marquee》


 と追ってきて、その声を聞いただけでもゲリをしてしまうのだとか。

 唯一、この怪女から逃れるには、


《vib:1》《red》《b》「ピョン吉!ピョン吉!!ピョン吉!!!」《/b》《/red》《/vib》


 と、3回叫べばイイらしい。

(なぜか3回限定。2回だと浣腸され、4回叫ぶとウンコをノドに詰め込まれ窒息死という小並み異説もアリ)


 子供たちのあいだで、このようなウワサがまことしやかに流れ、ついにはTVも、


 『怪奇!〇〇県の街中に恐怖のウ〇コ女を追う!!』


 などと特番を組んだものだから、知名度は全国区になってしまった。


 例の県会議員は、議員選挙落選をこの一連の騒動が原因だと少女の両親につめより、少女の両親も会社が不渡りを出したのを期に、どこかへと転居してゆく。


 かくして、街に平和は訪れたのであった。

 ひとりの勇敢なレジスタンスを犠牲にして……。




 

 朝日が、高速道路を照らしていた。


 一台のトラックが、快調にトバしてゆく。


 行く手に都市のスカイラインが見えてきた。

 超高層ビルの群れが、ふぞろいなノコギリ歯のように。


 だがその上空には、暗い影がさしているようにも見えるのであった。



第一話

    ×ウンコ  

    〇寝取られ男、夜を驀進すること。  

                   

                        ー了ー



ー次回予告ー  (CV:銀河万丈氏希望)

 

 ――男は日常に疲れていた。

      ――女は日常に飽きていた。


大都会の片隅で、そんな二つの魂が交錯する。

児童ポルノ禁止法の気配も漂わせつつ……。


次回、試製・転生請負トラッカー日月抄。

        ~撥ね殺すのがお仕事DEATH~


第二話

【社畜男と援交女】――に、シフト・チェィンジ!


(ここから一般と18禁とで内容が分かれます)


 

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