◯◯は大切に
『なるほど、最初に出てくる言葉はそれですか』
『うるせぇ! たまたまだよ』
『そうですか、そういうことにしておきましょう。それより、どんな感じですか? 苦しくないですか?』
『んー、いきなり動けなくなってびっくりしたけど、別に苦しくはないかな』
『じゃあ、ちょっと歩いてみますね』
俺の体がゆっくりと椅子から立ち上がった。
『うぅ、飛べない……体が重い……久しぶりの二足歩行……』
『転んで怪我しないでよ。俺の体なんだから』
『気をつけます。ところで、アイスあります?』
『あるけど……え、食べたいの?』
『いいじゃないですか、保坂さんのお腹に入るんだし。それに、味覚を共有してるから二人でお得に楽しめますよ?』
『俺は得してない気がするけど』
『っていうか、保坂さんはこの先いつでも食べられるじゃないですか。私はもう食べられないんですよ? お供え物だと思って、恵にお恵みを!』
『食べる前からなんか寒くなったけど、そんなに食べたいのなら食べていいよ』
『わーい!』
彼女は、というか俺の体は、冷凍庫にあったカップアイスを嬉しそうに食べ始めた。アイス好きだったのかな。あんまり詮索する気は無いけど。
『うっふふ〜。三十年ぶりのアイス〜。あっ、そうだっ』
食べかけのアイスを置いて何をするのかと思ったら、いきなりズボンとパンツを下ろして飛び跳ね始めた。
『うわ、ちょっとちょっと、何やってんの』
『だって、股間にこんなものがぶら下がってる感覚なんて、いくら想像してもイメージできないじゃないですか。世界中の女子にとって永遠の謎ですよ?』
『それは分からなくもないけど、女の子なんだし、もう少しおしとやかにと言うか、なんと言うか……』
『もしかして、保坂さん童貞だから、女の子は性的なことに興味がないとか思ってます?』
『いや、そこまで夢見てるつもりはないけど……』
『みんな、こんなもんですよ? 表に出さないだけです』
『だったら、表に出さなくてもいいんじゃ?』
『だって、私もう死んじゃってますし。内面を隠す必要性なんてありませんよ?』
『身も蓋もない……』
『あ、これがキンタマってやつですね』
彼女はそう言うと、止める間もなく指先でタマをつまんだ。漫画なら「グニッ」とか「ゴリッ」とかの擬音語がつきそうな勢いで。
『ひぎいぃぃぃ!』
『痛えぇぇぇぇ!』
当然ながら脳内で二人分の悲鳴がこだまし、体が床の上を転がり回る。涙と変な脂汗が出てきた。
『ちょ……潰す気かよ!』
『そんなわけありませんよ! ちょっとつまんでみただけですよー』
『つまむなよ! デリケートな場所なんだから!』
『こんなにデリケートだとは思いませんよー』
床の上でうずくまったまま、痛みが引くのを待つ。はたから見るとずっと無言なので、相当シュールな光景だ。
『ぬぁ……ボールが当たって苦しんでた男子の気持ちがやっと分かりました……』
『分かってもらえて嬉しいよ』
できれば、別の人の体で体感して欲しかった。っていうか、痛覚は共有しなくていいんだけど。
『ふぃー、酷い目にあいました』
『それはこっちのセリフだ』
『ごめんなさいでした。もうつまみません』
『そりゃ助かる』
『そうだ、アイス溶けちゃう』
『その前に、ズボン上げてくれる?』
『あい』
『そういえば、憑依は一定時間で解除されるって言ってたけど、どれくらいで解除されるの?』
『二十四時間です』
『へ?』
『一日です』
『いや、言い直さなくても分かるよ。分かるけど……ちょっと長くない?』
てっきり、二時間ぐらいかと思ってた。
『だって、聞いてこなかったじゃないですか』
いや、確かにそうなんだけどさ、明日授業あるんだけど……。
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