憑依は一瞬で

「とりあえず、話を聞こうか。誰にどういう理由で復讐したいの?」

 復讐なんて正直関わりたくないけど、三十年近く協力者を探し続けてきたと知ると無下には断れない。


「お父さんです。私、お父さんのせいで死んだんです」

 うお、いきなり重い話がきた。


「ちなみに、どんな経緯で?」

「あ、やっぱり気になります? 女子としてはすごく恥ずかしい話なんですけど……話さないとダメですか?」

「あー、いや、いいや」


 この反応で大体分かってしまった。つまり、あれだ。彼女は父親に陵辱されたんだ。『お父さんのせいで死んだ』っていう回りくどい言い方が気になってたけど、陵辱を苦に自殺したと考えると辻褄が合う。


「ちなみに、お父さんってのは実の父親?」

「はい、そうです」

「死んだのがお父さんのせいって、身内や警察は知ってるの?」

「知らないようです。うまくごまかしたみたいで。まあ、知られたらそれはそれで私としては恥ずかしいんですけどね」

「でもそれじゃ——」


 逃げ得じゃん。なんてやつだ。実の娘を陵辱して自殺に追い込んだ挙句、誰にも知られずにのうのうと生きてるとは。我ながら単純だが、俺の気持ちは協力する方向にあっさり傾きつつあった。ただし、ひとつ大きな問題が残っている。


「仮に協力するとして、その、なんというか……俺が罪に問われるような事態は勘弁してほしいんだけど」

「ふぇ? それは大丈夫ですよ?」


 さも意外なことを聞かれたかのような返事が返ってきた。そっか、俺は復讐と聞いて反射的に暴力や殺人を想像したけど、女性にとっては必ずしもそうじゃないんだな。むしろもっと陰湿な……いや、あんまり考えないようにしよう。


「だったらいいよ、協力する」

「やったあ! ありがとうございます!」

 満面の笑みでお礼を言いながら飛びついてきた。いきなり憑依するのかと身構えたけど、どうやらハグのつもりだったらしい。すり抜けちゃったけど。


「じゃあ、憑依について説明しますね」

「ああ」

「まず、さっきも言った通り、保坂さんが同意しない限り憑依はできません。一度憑依すると、一定時間経過後に強制解除となります。途中解除はできません。憑依中は、保坂さんの体を私が借りた状態になります。ただし、視覚を含むあらゆる感覚が共有されるので、私がやってることは全部リアルタイムで把握できます。あと、脳内会話でいつでも私と会話できます」

「ずいぶん細かいんだね。それになんていうか……『取り憑く』って感じじゃないね。うまく言えないけど」

「はい、霊が人間に害を及ぼさないように『現世彷徨げんせほうこうの掟』で定められてます」

「そんなのあるんだ」

「そうなんです。降りて来る前に、頭に叩き込まれました。違反したら地獄に落とされます」

「そりゃ怖いな」

「で、どうします? 憑依、試してみます?」

「そんな簡単に試せるもんなの?」

「試せますよ。保坂さんさえ同意してくれれば」

「じゃ、いいよ。やってみようか」


 そう応えた瞬間、視界にノイズが走り、目の前に浮かんでいた女子高生が姿を消した。反射的にその姿を探そうとしたが、金縛りにあったみたいに目も首も動かないし、声も出ない。


『やっほー。聞こえますかー?』

 頭の中で声が聞こえた。ってことは、あの一瞬で憑依されたのか。なんかイメージと違ったけど。


『脳内で会話できるはずですよー。試しに何かえっちぃ言葉を思い浮かべてみてくださーい』

『熟女——うお!』


 いきなり頭の中に自分の声が響いたからびっくりした。っていうか、何言わすんだ!

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