自己紹介は唐突に
俺は人生で初めて、腰にバスタオルを巻いてから浴室を出た。理由は部屋に女の子が来てるからだ。これもまた人生初だが、女の子と言っても悪霊容疑のある幽霊だから全然嬉しくない。そんなこちらの気も知らず、彼女は俺の部屋で呑気にふわふわと浮かんでいる。
「あれ? 今さら何を隠す必要があるんですか? さっき、ばっちり全部見ちゃいましたよ?」
そして、真顔でこんなことを言ってくる。見た目や服装から判断すると十代のはずだが、平然と男子トイレに入るおばちゃんみたいだ。
「ばっちり見たとか、もう少し恥じらえよ。こっちだって初めて女子に見られて恥ずかしかったんだし」
「にょ? もしかして童貞ですか?」
「そうだけど、悪いか?」
「いえ、別に。そうなんだぁーって思っただけです」
「じゃあ言わなくていいじゃん」
「それより、服着たらどうですか? 風邪引いちゃいますよ?」
「いや、見られてるから着づらいんだよ」
「なら横向いてますね。でも、幽霊に見られるのを気にしてたら何もできないと思いますけど?」
「まあ、普通はそうだけどさ……会話してる相手となるとちょっと違うというか……」
そんなことをつぶやきながら、急いで服を着る。
「私、
俺が服を着終わった瞬間にこっちを向いて、唐突に自己紹介してきた。こっそり見てたとしか思えないけど、もうめんどくさいからスルー。
「俺は
「保坂さんですね。よろしくお願いします。すみません、意外と若かったんですね」
「『意外と』って……まあいいや。それより、用件は?」
「あ、えっと、ちょっと頼みにくいお願いなんですけど、体貸してくれませんか?」
「体!?」
「あ、別にエロい意味じゃないですよ? もしかして、ちょっと期待しちゃいました? かわいい女子高生とエッチできるとか思っちゃいました?」
目をキラキラさせて顔を覗き込んでくる。何なんだ、この子は。節操というものをどこかに置き忘れてきたんじゃないか。しかも、さらっと自分のことをかわいいって言ってるし。まあ、確かにかわいいけど。
「思ってねぇよ。そもそも幽霊が相手じゃ触れないし」
「ぬぅ。そんな消極的だから童貞なんですよー」
「関係ねぇだろ。で、体を貸すってどういう意味?」
「端的に言うと、一時的に憑依させてほしいってことです。保坂さんじゃないとダメなんです」
「え? なんで俺じゃなきゃダメなの? っていうか、今まで何度も幽霊を見てきたけど、そんなこと頼まれたことないんだけど。そもそも、話しかけられたことすらないし」
「それは、大半の幽霊は特に目的を持ってないからですね。自分が死んだことが受け入れられなくて、目的もなくこの世に留まってるケースが大半です。そういう幽霊は、人間と接触する理由も憑依する理由もないので、ただブラブラしてるだけです。でも、霊体のままじゃ物に触れないから、具体的に何かをしたい場合は生身の体が必要なんです」
そういうもんなのか。真偽は確かめようがないが、一応筋は通っているし、嘘をついてるようには見えない。人間に接触してきたからといって、あながち悪霊というわけでもなさそうだ。
「つまり、野村さんには何か目的があるってこと?」
「はい、やりたいことがあるんです。あ、ヤりたいわけじゃないですよ。成し遂げたいことって意味です」
「いちいち言い直さなくても分かるよ! で、えっと……俺の体じゃないといけない理由って?」
「それはですね、憑依するには相手の同意が必要なんです。だから、私と会話できる保坂さんに憑依するしかないんです」
「ん? それって結局、幽霊と会話できる人なら誰でもいいってことじゃ?」
「そうなんですけど、霊感がある人なんて、そうそういませんよ? そもそも見分ける手段がないので、地道に一人ずつ反応を確かめていくしかないんです。この三十年間で会話できたのは保坂さんで二人目です」
「たったそれだけ? っていうか、野村さんって死んでからそんなに経つの?」
「正確には二十七年ですね。ポケベル全盛期の女子高生です」
まじか……そんなに苦労してきたとは思わなかった。そう考えると、さっきみたいにアプローチが過激になるのも無理はないかもしれない。
「ちなみに、一人目には断固として拒否されちゃいました」
「なるほど……で、俺の体を使って何をしたいわけ?」
「ふくしゅうです」
「へ? 復習?」
「復習じゃなくて、復讐です。恨みを晴らしたいんです」
……やっぱり悪霊じゃん。
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