最後に前日譚

「ふざけんなぁ!」


 あのちょいハゲ親父め。「拷問のような清涼感」のキャッチコピーで話題の期間・数量限定アイスを食べやがった。楽しみにして急いで帰ってきたのに、なにこの仕打ち! 私は冷凍庫のドアを叩きつけるように閉めると、Bダッシュで玄関に向かった。


 さっき停めたばかりの自転車に飛び乗って、大型バイクばりに急加速する。制服のスカートが大変なことになってるけど、そんなもん気にしちゃいられない。空気抵抗が邪魔だから脱いじゃいたいぐらいだ。くそぅ、これでもし売り切れてたら、死んでも恨んでやる!


 スーパー手前の交差点がぐんぐん迫ってくる。信号は黄色。いけるいける、間に合う! そう思って交差点に突っ込んだけど——。


 そうだった——黄色信号はあっという間に赤信号になるんだった。そんな当たり前のことを思い出したときにはもう——。



「そんなわけで、私に気づかず動き出した車に跳ね飛ばされちゃったんです。正確に言えば、コツンとぶつかられただけなんですけどね。スピードを出し過ぎてた私が勝手に吹っ飛んだ感じです」

「…………」

「あ、買ったときにすぐ食べなかったのは、生理痛がひどかったからです。今思えば、無理して食べとけばよかったですね」

「…………」

「あのー、以上ですけど?」

「ん? ああ、やっと終わったか」

「あなたが私の死因を聞いてきたんじゃないですか!」

わしはそんなもん聞いてはおらん。『若いのにもう死んでしもうたのか』と言うただけじゃ」

「ぬぅ……だったら早くそう言ってくださいよ。そもそもあなたは何者なんですか?」

「さっき言うたじゃろう。小鬼じゃ」

「子鬼さん?」

「違う。小鬼じゃ。子猫じゃあるまいに。これでもこの道八百年じゃ」

「この道……? そもそもここはどこで、あなたは何をしてるんですか?」

「それもさっき言うたじゃろうが。人の話を聞けい。よいか、ここは三途の川の渡し場、儂はここの番人じゃ。成仏したくば、そこの舟に乗るがよい。ただし、後戻りはできぬ」

 そうだったのか。食べ損ねたアイスのことで頭がいっぱいで、耳に入ってなかった。


「成仏しないって選択肢もあるんですか?」

「うむ。己の死が受け入れ難い場合は無理に成仏せずともよい。現世におる幽霊は大半がそういう者じゃ。まあ、普通は退屈してすぐ戻ってくるがの」

「へぇー」

「あとは、恨みを晴らしに行く者もおるのう。あまり勧めはせぬが」

「おお、それだ! 食の恨みを晴らしたいです! できますか? どうすればできますか?」

「あまり勧めぬと言うたじゃろうが。しかしどうしてもと言うならば、これを読んで自分で判断せい」

 小鬼はどこからともなく白表紙の和書を取り出した。


「何ですか、それ?」

現世彷徨げんせほうこうの掟じゃ。霊が現世でできることと守るべきことが書かれておる。違反すれば地獄行きじゃ」

「ふぇ? でも、私そんな古文書みたいなの読めませんよ?」

「案ずるな、現代語訳を直接頭に叩き込んでやる」

「わ、便利。なんか向こうの世界よりも高度ですね」

「当たり前じゃ。人間にできることなぞ、所詮は知れたものよ」


 まじか。頑張れ、人類。私は死んじゃったけど。そんなことを考えてたら、いきなりさっきの和書で頭をバシーンと叩かれた。


「いったぁーーーくはなかったけど何するんですか!」

「頭に叩き込んでやると言うたじゃろ。どうじゃ、理解できたか?」

「え?」

 ああ、叩き込むってそういう意味だったのね。こりゃ人間界じゃ実現しても流行らないな。でも、確かに理解はできたっぽい。


「ならばさっさと行けい。終わるか諦めたら戻って来い」

「はーい、ありがとうございまーす!」



 なるほど、まずは霊感がある協力者を見つけなきゃだね。すぐ見つかるといいなー。待ってろー、ちょいハゲ親父! そんな呑気なことを考えながら、私はポケベル全盛期の日本に降りていった。

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ラストアイス 浮谷真之 @ukiya328

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