そしてエピローグ
「保坂さーん。起きてくださーい。朝ですよー」
「んーーー」
目を開けると、紺色のセーラー服を着た女子高生がベッドの横に浮かんでいた。そっか、昨夜は疲れてあのまま寝ちゃったのか。それで、寝てる間に憑依が解けたんだな。
「おはよう」
「おはようございます。改めまして、昨日はありがとうございました」
「そんな改まってお礼言うほどの——ちょっと待った! このやり取り、昨日もしたぞ!?」
「うふふっ、気づくの遅いですよー。年寄りじゃあるまいし」
その屈託のない笑顔を見て、寝起きの頭がさらに混乱する。
「え? でも……あれ? パンツの残像を残して昇天した野村さんがなんでここに? もしかして俺、死んじゃった?」
「いえ、生きてますよ。ここは天国じゃありません。それより保坂さん? 『パンツの残像』ってどういう意味ですか?」
ひぃ、なんか笑顔がさっきと違うんですけど……。
「えっと、ほら、昨日去り際にお礼でパンツ見せてくれたじゃん。しっかり網膜に焼き付けたから、今でも残像が残ってるんだよ」
「見せてませんよ! なに勝手に凝視してるんですか! 信じられません!」
「えっ、そうだったの? でも、見えてたし」
「見えてるからって、見ていいわけじゃありません! 目をそらすのがマナーでしょう?」
「いや、でも初日にも同じものを見せてくれたじゃん」
「あれは自分で見せたからいいんです! こっそり見られるのは不快でしかありません!」
「はい、すみませんでした……」
「もう! 別れを惜しみながら見送ってくれてるかと思いきや、そんな卑猥な目で見てたなんて……このむっつりスケベ童貞!」
<三十分後>
「——えっと、お怒りが収まったところで改めて聞くけど、どうしてここに? 成仏するんじゃなかったの?」
「そのつもりだったんですけどね、保坂さんが童貞喪失するとこ見たいなーって思って、戻って来ちゃいました」
「ぶっ」
なんだそりゃ。なにが「アイスを食べるだけの理由で留まるのは不健全」だよ。一番不健全な目的で戻って来てんじゃねーか。
「もし気になる子がいるのなら、保坂さんに憑依して代わりにアプローチしてあげますよ?」
「いや、それは……」
ん? 意外とありなのか? 女の子なら女の子の気持ちをより深く理解できるだろうし……いや、ダメだ。彼女は俺の口調を全く真似できないんだった。オカマだと誤解されてしまう。
「なんなら、童貞喪失も私が代わりに——」
「それは絶対にやめろ」
「えー、面白そうなのにー」
「嫌だよ、気持ち悪い。まさかそれが一番の目的じゃないだろうな」
「えへへー」
「マジかよ」
「まあ、冗談はこれくらいにして……」
「ほんとに冗談? どこから?」
「最初からです。本当はですね……もう少しだけ、地面を歩いたり風や日光に当たったりしたいんです。初めて憑依して以来、無性にそう感じるようになってしまって……。そういえば生きてた時はこんな感じだったなー、もう少し満喫しておけばよかったなー、って……。すみません、なかなか言い出しづらくて……」
さっきまでとは打って変わって真剣な表情で話し始めた。
「昨日は潔く諦めて上に向かったんですが、やっぱりどうしても吹っ切れなくて……。少しの間だけでいいんです。長居するつもりも、保坂さんに迷惑をかけるつもりもありません」
「なんだ、そんなことなら——」
彼女は返答しかけた俺を手で制した。
「昨日も言った通り、私は実体のない幽霊です。なので、保坂さんにとって特別な存在にはなれません。思い出にしかなれません。それでも保坂さんは私と一緒にいたいですか?」
「え? 俺?」
「はい。これはこないだの復讐とは違って完全なわがままです。『ちょっとだけ生き返りたい』って言ってるようなもんですから。そんなわがままを一方的に手伝わせるわけにはいきません」
「ふむ……」
「でも、保坂さんが自発的に私と一緒にいたいのなら対等な関係になるんです。それもまた、わがままですから。保坂さんは私と一緒にいたいですか?」
彼女は不安そうな表情で同じ質問を繰り返した。
なるほど、そういうことか。だったら、わざわざ考えるまでもない。情に流されるわけでもない。だって、昨日の時点で答えは出てたんだから。
『着いたー! やっぱり大学ってなんかワクワクしますねー!』
『あんまり浮かれすぎないでね。あと、少しは男っぽくしゃべってね』
『あーい、がんばりまーす』
『あ、ド——』
『分かってますっ』
彼女はそう言うと、勢いよく教室のドアを開けた。
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