別れは飄々と

「保坂さーん。起きてくださーい。もうすぐお昼ですよー」

「んーーー」


 目を開けると、紺色のセーラー服を着た女子高生がベッドの横に浮かんでいた。そっか、昨夜は疲れてあのまま寝ちゃったのか。それで、寝てる間に憑依が解けたんだな。


「おはよう」

「おそようございます。改めまして、昨日はありがとうございました」

「そんな改まってお礼言うほどのことじゃないよ。お小遣いもらったし、手料理もごちそうになったし」

 そう、あれは復讐であると同時に、女の子の手料理を食べるという至高のリア充体験でもあったのだ。彼女いない歴イコール年齢の俺にとっては、それだけでも十分すぎるお礼だ。


「いやいや、保坂さんには感謝してもしきれないぐらい感謝してるんですよ? 保坂さんが協力してくれなかったら、お父さんが生きてるうちに実行するのは多分無理でしたから。おかげさまで無事に和解もできましたし」

「確かに、思ってたより高齢だったからな……。でもまあ、和解は最初からする前提だったんでしょ?」

「え? そう見えましたか?」

「だって、最初から夕食の分も作ってたじゃん」

 実は、復讐としてお父さんの前で食べたのは半分だけで、残りの半分はさりげなく鍋に残してきたのだ。そもそも買った材料からして二食分だったわけで、それはつまり最初から許す前提だったことを意味している。


「あれは、うっかり作りすぎちゃっただけです!」

「意外と素直じゃないんだね……。で、これからどうするの?」

「それなんですけど、今から成仏するつもりです。なので、お別れの挨拶をしようかと」

「え、もう行っちゃうの?」

「はい、他にすることもありませんし。っていうか昨日も言った通り、やりたいことを全部やってたらキリがありませんから。もしかして、寂しいんですか?」

「別にそういうわけじゃないけど……」

 いや、実を言うとちょっと寂しい。数日前に出会ったばかりで、しかも幽霊だけど、彼女と一緒にいた時間はなんだかんだで結構楽しかった。


「保坂さんこそ素直じゃないですねー。私といても、あんなことやあーんなことはできませんよ? 私は本来、いるはずのない人間ですから。ちゃんと現実を見て、生身の彼女を作ってください」

「それは分かってるけど、『生身の彼女』って生々しいな……。そうだ、アイスはもう食べないの? 結局、一回しか食べてないじゃん」

「はい、一回だけって決めてましたから。死ぬ前に食べ損ねた分の埋め合わせです」

「そうなんだ……。なんていうか、変なところで厳格なんだね」

「だって、アイスを食べるためだけの理由で現世に留まってる幽霊って、なんか不健全というか、気持ち悪くないですか? そんな感じの妖怪いませんでしたっけ?」

「いたかな……」

 さすがにアイスを食べる妖怪はいないだろうけど。ついでに言えば、健全な幽霊ってのも多分いない。


「まあ、なんにせよ、あれが私のラストアイスです。ごちそうさまでした」

「どういたしまして」

「じゃあ、名残惜しいですけど、そろそろ行きますねー。また天国でお会いしましょう。ちゃんと天国に来てくださいねー」

「最後の最後に縁起でもないこと言うなよ」

「ふふふっ。ではではー」


 そんな軽い口調で別れの言葉を口にすると、彼女はそのままゆっくり上昇し始めた。そうやって行くんだ……。ん? おお! パンツが見えてる! これは彼女からの最後のお礼に違いない。俺は天井の向こうに消えゆくパンツをしっかりと網膜に焼き付けた。

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