復讐は粛々と

「はい?」


 ドアが開いて、七十歳ぐらいの老人が顔を出した。そうだった。高校生の親ということでもっと若い人を想像してたけど、よく考えたらそんなはずないんだった。しかし、どういう口実で上がり込むんだろう?


「お父さん、久しぶり! 私! めぐみ!」

「…………そうか、上がりなさい」

 マジで!? そんなんじゃ詐欺にあっちゃうよ? まあ、実の娘を凌辱して自殺に追い込んだ奴が詐欺にあっても知ったこっちゃないけど。


「不思議だな。どう見ても姿は違うのに、さっきの口調は確かに恵だ」

「そうだよー。絶対分かってくれるって信じてた」

 そうか、親なら分かるもんなのか。


「でも、念のため確認だ。恵が高校の入学祝いに欲しがったものは?」

「全身タイツ!」

「ふむ、間違いなく恵だな。その姿はあれか? 転生したのか? 最近、巷で流行ってるらしいが」

「違うよ、体を借りて憑依してるだけ。この人は熟女好きの大学生」

 だから違うって……。っていうか、ツッコミどころが多すぎる。


「それで、何しに来たのかな?」

「アイスの件」

「やっぱりそのことか。本当にすまなかった。まさか、あんなことになるとは思わなかったんだ」

 あれ? えーっと、話が見えないんですけど……。


「そうだよ、あの期間・数量限定のアイス、食べるのすっごく楽しみにしてたのになんで食べちゃったの? 急いで買い直しに行ってたら事故って死んじゃったじゃない」

「すまない、あのキャッチコピーを見たら、どうしても食べずにはいられなかったんだ。あれ以来、一日として後悔しなかった日はない。母さんには怖くて打ち明けられずじまいだったが」

 えーっ、「お父さんのせいで死んだ」ってそういう意味!? なんだそりゃ。


「まあ、事故にあったのは私の不注意だから、それに関しては親より先に死んじゃってごめんなさい。でも、あのアイスを食べちゃったことだけは、いくらお父さんでも許せない」

「そうか……」

「というわけで、仕返しをします」

「ふむ、何をする気だ?」

「今から、お父さんの好きな豚バラ大根を作ります」

「恵は料理が上手だったからな。それで?」

「お昼ご飯まだだよね? そろそろお腹すいてきたんじゃない? お父さんはお昼ご飯抜きで、私が食べるところを見ててもらいます」

「それはなかなか厳しい仕打ちだな」

 確かに、地味にきつそうだけど……復讐ってそれ? なんだ、ビビって損した。


「お父さん、外食やお惣菜ばっかりで全然料理してないから、道具も買ってきたよ」

「いやいや、包丁ならあるぞ」

「錆びてるでしょ。知ってるよ。私、たまに様子見に来てたんだから」



 ——数十分後、完成した料理を彼女は宣言通り一人で食べ始めた。一人と言っても実際には俺も味わえるわけで、確かにおいしい。ちょっと意外だった。


 そして、食べ終わった後は親子水入らずの会話が始まった。蓋を開けてみれば普通の仲良し親子だった二人の会話は弾みに弾み、天国での再々会を約束して別れたときには外はすっかり暗くなっていた。


『しかし、必要経費分はともかく、お小遣いまでもらっちゃって本当によかったのかな?』

『大丈夫ですよー。私からのお礼も含まれてますから、遠慮なく受け取ってください』

『ありがとう。いやー、それにしても、もっとエグい光景を覚悟してたから拍子抜けしちゃったよ』

『エグい光景? どうしてですか?』

『いや、実はさ——』

 勘違いしてた内容を説明すると、大爆笑された。そういえば、彼女の笑い声って初めて聞いた気がする。


『っていうか、どう見ても料理の道具と材料を買ってたじゃないですか。あれで他に何をすると思ったんですか?』

『実は怖くなって、何を買ってるか見てなかった』

『そういえば、やけに静かでしたね』

『ああ』

『でもなんか、騙したみたいな感じになってしまいましたね。すみません、やっぱり恥ずかしがらずにちゃんと話すべきでした』

『いや、いいよ。俺が勝手に勘違いしただけだし』

『ちなみに、手伝ってくれたのはその勘違いがあったからですか? ちゃんと話してても手伝ってくれました?』

『それは……多分したであろう質問の答え次第だったかな。その質問を今してもいい?』

『にょ? なんでしょう?』

『単刀直入に聞くけど、これって三十年もかけてやる価値あったの? 俺には正直、そうは思えないんだけど』

『確かにそう感じるかもしれませんね。でも、聞いたことありませんか? 食べ物の恨みって怖いんですよ?』

『なるほど』


 なんか妙に納得してしまった。正直、「食べ物の恨みは怖い」なんて半分冗談みたいなもんだと思ってたけど、いざ当事者に言われると重みが全然違った。しかし、三十年経っても許せないもんなのか。そう考えると、経験せずにすんでるのは案外幸せなことなのかもしれないな。

 柄にもなくそんな真面目なことを考えてたら、眠そうに間延びした声が割り込んできた。


『ふぃー、それにしても疲れましたー』

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