準備は淡々と

『しかし、電車で行ける場所でよかったよ』

『ええ、私も協力者は基本的に県内で探してたので』


 今日は土曜日。天気は晴天。絶好の復讐日和——かどうかはさておき、予定通り復讐を実行すべく朝から電車で移動中。ターゲットは二つ隣の市にある古びたアパートに一人で住んでるらしい。おかげで飛行機や新幹線は使わずにすんだ。


『でも、せっかくなら飛行機乗ってみたかったですねー。私、乗ったことなかったんですよ』

『俺もないよ。っていうか、野村さんは乗ろうと思えば勝手に乗れるんじゃ?』

『確かにそうですけど、どうせならお客さんとして座席に座りたいですよー。なんなら今度一緒に乗りませんか?』

『いやいや、どこ行くんだよ。お金無いって』

『冗談ですよー。やりたいことを全部やってたらキリがありませんし』

『でもアイス食べたじゃん』

『あれは特別です』

『ふーん……あ、そろそろ着くよ。ドア開いてから降りてね』

『分かってますよー。警戒しすぎです』

『そりゃ、前回あれだけぶつかられたら警戒もするよ。怪我しなかったのが不思議なぐらいだよ』

『ぬぅ……。あ、途中のスーパーで買い物したいんですけど、いいですか?』

『ああ、いいよ』

『ありがとうございます!』

 当然ながら俺の財布から払うことになるわけで、学生としては正直痛い出費になるけど、ここに来ていまさら断るわけにもいくまい。彼女は一応、年下(?)だし。そんなわけで、駅の近くにあったスーパーに立ち寄った。


『初めてのスーパーって、なんかワクワクしますよねー。売ってるもの大して変わらないのに』

『それは同意するけど……あのー、野村さん? 包丁買うの?』

『はい』

『えっと、確認だけどさ』

『にょ?』

『俺が罪に問われる心配はないんだよね?』

『ありませんよ?』

『じゃあ……これは何に使うの?』

『えー? そんなの決まってるじゃないですかー』

 だから聞いてるんだけど……。


 そうこうしているうちに、今度は大根がカゴに入った。鈍器……じゃないよな。まさか、自分が凌辱されたときと同じ苦痛を与えるため……? うわー、エグい。だめだ、何も考えないことにしよう。うん、考えても無駄だ。彼女の言葉を信じるしかない。どうせ憑依は明日まで解除できないし——。



『保坂さん。保坂さーん?』

『——ん?』

『お金払いますよー? いいですかー?』


 うお、ちょっと現実逃避してたら、いつの間にかレジにいた。見ると、なかなかの表示金額に、大きな袋が二つ。一体何を買ったんだ……。まあ、ここでどうこう言ってもしょうがない。さっさと会計を済ませてスーパーを後にした。


『ところで、保坂さん』

『ん?』

『体をお借りしておいて勝手なお願いかもしれませんけど、部屋に入ったらできるだけ私との会話を控えてもらえると助かるんですが』

『ああ、いいよ』

『ありがとうございます!』

 元より、よその親子の間で起こることに口出しする権利はない。ただ、俺に実害が及びそうになったらさすがに止めるけど……問題は止まってくれるかどうかだな。


『あ、着きました。ここです』

『ここか。今さらだけど、留守ってことはないよね?』

『それは大丈夫です。行動パターンは完璧に把握してるので』

『なるほど。で、どこから入るの?』

『もちろん、玄関からです』

 そりゃそうか。窓から入ったら不法侵入になっちゃうし。とはいえ、不法侵入よりもっとエグいことが始まる予感しかしないんだけど……本当に大丈夫なんだろうか。


『では、行きましょうか』

 彼女は若干緊張した声でそう言うと階段を登り、玄関のチャイムを鳴らした。

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