第3話 倭王 無限の戦いの始まり 斑鳩《いかるが》の里の村
斑鳩(いかるが)の里の小高き丘の道、その土手に、少年の中大兄皇子(なかのおおえのみこ)、弟の大海人皇子(おおあまのおうじ)、宮中の
その三人の後ろには、村の子供らも立って腕組みをして同じ方を眺めている。穏やかに飛鳥(あすか)、斑鳩(いかるが)の里の時は流れる。
中大兄皇子は泥まみれになって村から宮中に帰ると、よく、母の皇極(こうぎょく)天皇と蘇我入鹿(そがのいるか)
入鹿大臣から、中大兄皇子はよく注意をうける。
見下げたように。
「
と蔑(さげす)んだ視線を蘇我入鹿(そがのいるか)から存分に浴びせられる。
「
とも
玉座にいる母も、蘇我入鹿大臣の横で渋い顔を中大兄皇子に見せている。また、その場に居並ぶ従事達も皮肉な笑いを浮かべて、中大兄皇子をバカにしたような目で見ているのだった。
「大和の王に敵対する全ての者を、
中大兄皇子は、蘇我入鹿を睨(にら)みつけるようにして、大きく、ハッキリと応えた。その視線と返答を小馬鹿にしたように(ふん!)と、あざ笑う入鹿大臣であった。
一緒に遊んでいたはずの弟の大海人皇子は、そんな時、ちゃっかり先に部屋に戻り、多くの女官に手伝わせ、身なりを整えて母の後ろに知らんふりを決め込んで控えているのであった。
そんな大海人皇子は、中大兄皇子の鋭く危険な視線に、一瞬、背筋をゾッとさせるのだった。
中大兄皇子は、見下されながら此処、宮中にいるのが嫌なのである。それで、毎日のように、宮中から斑鳩の里の村に脱走するのだ。
その村は、現在の奈良県、飛鳥の都の西北、斑鳩の里、その里の北東の山間の村のこと。
村は、五〇軒くらいの貧しいというか、古代の農家で構成されている。
この村に、大和の国の王族の中大兄皇子と大海人皇子の二人が、宮中を抜け出し、度々、遊びに来ている。
村の裏山の中腹には、僧兵としての
そのころ日本の関東以北を大和朝廷とは別に支配していたという蝦夷(えみし)という北の民があった。
北の民は、「蘇我氏が自分達の領地を奪った!」と言い、ちょくちょく、この村を襲って来た。
この村は、蝦夷の蘇我氏への反撃にもさらされており、蝦夷、蘇我、の二重の支配と苦役を受けていた。
非常に貧しい、農村とはいえ、子供たちの楽しみはある。
この村の子供たちの最高の楽しみば、宮中の遊びとして行われている中国から伝来した蹴鞠(けまり)、それを2つのチームでの団体戦にしたサッカーのようなゲームで遊ぶこと。
今は2つの団体に分かれて四角いコートで試合をしているところだ。
選手たちの恰好(かっこう)からして、地元の村の子供達と、宮中の子供らの対戦のようだ。中大兄皇子(なかのおおえのみこ)らは宮中から抜け出して、よくこの村でサッカーのよう
な毬競技(まりきょうぎ)をして戦って遊んでいた。
宮中組には、十一人のリーダー格として、中大兄皇子(後の天智天皇、皇極女王の長男)と、その弟、大海人皇子(おおあまのおうじ)がいる。
地元組は、チームというか仲間内でリーダー格のよくしゃべる安曇(あずみ)、と体格の良い阿倍(あべ)がいた。
阿倍は、後に、中大兄皇子が創り上げた海軍において、百八十隻を指揮する大将軍、阿倍比羅夫(あべのひらふ)として北の民、蝦夷成敗(えみしせいばい)に向かうことになる。
そして、何時もよくしゃべるリーダー格の安曇の側に隠れるように寄り添う妹、ヌカタと呼ばれる女の子、おとなしめの色白で、漆黒の長い髪の美人である。
安曇、ヌカタ、この兄妹の母が、宮中で女官として働いていたことから、皇子たちは度々、この村に遊びに来ていて、皆でサッカーの様な毬競技の対抗戦をするようになったのだ。
試合だけではなく、安曇をコーチとして、各人の毬競技の練習も行われていた。
サッカーの様なトレーニングである。
毬をゴールに向かって強く蹴る。
オーバーヘッドシュートの練習。
パスの練習。
今時のサッカーの練習風景と同じである。
中大兄皇子とその弟、 大海人皇子がパスの練習をすると、宮中での蹴鞠のように見事に息が合った空中ボレーでのパス回しをする。
シュートについては、中大兄皇子は、強いストレートなシュートであり、弟の大海人皇子は、遠くからの変化をかけたシュートが得意なようだ。
この村側のチームのリーダー、皆のコーチ役でもある安曇(あずみ)の口癖は、
「一曰。以和為貴。(いちにいわく。わをもってとうとしとなす。)」
聖徳太子(しょうとくたいし)の十七条の憲法の最初の一節。安曇(あずみ)は、何かの度に口にする。
安曇は、相手と、しゃべりながらのパス回しがウマイ。そして、体躯の良い阿倍は、そのパスを強力なシュートに変える。
練習中の休憩時間になると、安曇の妹、ヌカタが、茶、茶菓子を皆にふるまう。宮中組も、村民も分け隔てない。とりわけ、村の子供たちは大喜びである。
ヌカタによって皆に出された、甘い菓子を手に、大海人皇子(おおあまのおうじ)は、
「アレ⁉この菓子は、母上の脇に山積みに置いてあった菓子ではないか?俺が菓子をひとつ摘まんだら、母上は、私に卓袱台(ちゃぶだい)を投げつけて怒っておったぞ」
とヌカタに言った。ヌカタは、
「大丈夫だよ!アンタみたいに盗んでなんかいないから」
と、大海人皇子に出す茶を引っ込めて、
「姫皇女(ひめみこ)様からは、大兄(おおえ)様と、お友達に持って行きなさいと、賜ったものです。けれど、大海(おおあま)様にとは言われなかった!」
ヌカタの小ばかにした言い草に、チェッ!と、すねて兄の中大兄皇子(なかのおおえのみこ)を見る大海人皇子(おおあまのおうじ)であった。
中大兄皇子、大海人皇子にとっては、ヌカタのコノ男勝りな性格と、誰彼と分け隔てない態度、そこが気に入っていた。一緒にいて心地よいのである。
皆で一息入れた後、宮中組と村民組の試合に移る。
相手のリーダーである中大兄皇子と顔を突き合わせてしゃべりまくる、毬を保持した村側代表の安曇。
「おまえな、皇子かなんか知らんけど、うちの妹、じろじろ、ジロジロ欲しそうに見やがって!」
と言いながら、阿倍に目配せ(アイコンタクト)をしてジリジリと相手側のゴール目指して前に進む。そして、しゃべり続ける。
「お前らがワシラに勝ったらな、妹、お前にやるわ」
という安曇に目を見張る中大兄皇子。
安曇が、
「その代わり、お前ら負けたらワシラに何くれるねん?」
と言い寄り、さらにジリジリと前に進む。
安曇は、阿倍に再び目配せをする。阿倍もジリジリと、安曇とは少し距離を置き、離れて前へ出た。 安曇も阿倍も敵陣、宮中組のゴールに近づくように前に出る。
「そうだな・・・・・・」
と考え込む中大兄皇子(なかのおおえのみこ)。
その時、安曇(あずみ)は、阿倍(あべ)にパスを出す。
「南の島からの朝見(ちょうけん)ものの、サトウキビという物をやろう。かなり甘い汁がでるぞ。そして、好きなだけ金銀銅もな」
と、中大兄皇子が答えたその時、阿倍が、鋭いキック。
ゴール‼
「ほな、ありがと」
と言って、安曇はしゃべるのを止めて、さっさとコートの外に出て行くのだった。
妹、ヌカタは苦笑いし、顔を中大兄皇子に向け、
大海人皇子(おおあまのおうじ)は、去り行く安曇を睨みながら、兄に近づき、
「兄様らしくないですね。あいつに何を言われていたのです?」
と、聞いた。
中大兄皇子は、
「いや、試合の勝敗の戦利品について、ちょっとね・・・・・・」
大海人皇子は、そう答える兄を不思議そうに眺めながら、
「そんなに、ボーッとする程の物をアイツに要求されたんですか?あのしゃべくり野郎に?」
と兄に言いながら大海人皇子は、安曇の方をまた、チラリと見た。
大海人皇子に、矢継ぎ早に聞かれても、何も答えられない中大兄皇子。
「いや、まあ、ちょっとね」と受け流すように答えておいて、
「一曰。以和為貴。(いちにいわく。わをもってとうとしとなす。‥‥‥か」
と続けた。兄、中大兄皇子は弟、大海人皇子の肩をポンポン、と叩いてコートを去りながら安曇や阿倍の方を振り返った。
その時、ヌカタとまた目が合った。
中大兄皇子と大海人皇子は宮中での蹴鞠を抜け出し、ここに遊びに来ている。
連れて来てくれたのは、少女、宮中女官の娘、ヌカタ。
将来の大和一(やまといち)の魔性の女、歌詠みの才女、額田王(ぬかたのおおきみ)その人であった。
中大兄皇子の弟、 大海人皇子の妻となり、仲睦まじく夫婦として暮らしていたが、兄の天智天皇(中大兄皇子)に奪い取られ、兄弟二人の妻となる経験をする
額田王の名は、「万葉集」随一の女流歌人としても知られ、有名な「あかねさす……」という歌とともに、天智・天武の兄弟、両天皇に愛された女性なのでした。
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