第2話

 目の前にあるのは俺の顔で、__あれ?

 なんか、態勢が違う。なんで俺倒れてるんだ。俺は受け止めている側だったはずで。

 顔にかかってくるこの長い黒髪は_誰のだ?


「小林、さん」


 女の子が口から出てきた。

 抱かれている格好を崩して、両手両足に力を入れながらゆっくりと立ち上がった。

 ああ、なんだろうこの足の開放感。

 揺らりとベッドの上にいる人を見る。


 完全に俺じゃん。


 俺の目に映った“俺”は、今にも死にに行きそうな程顔を強ばらせていた。泣きそうな顔。


「ごめっ」

「俺達、入れ替わってるーーー!?」


 再び“俺”が謝るのに被せるように、明るすぎる声で定番の台詞を言ってみた。

“俺”は目を見開いて、呆然と俺を見た。

 俺はニヤリと笑う。小林さんのだろう顔で。


「ひっでー顔。ね、小林さんだよね? 俺ん中入ってるの」


 小林さんの声で、からからと笑いながら“小林さん”に訊いた。

 小林さんは、コクコクと首を縦に振った。


「どうやって戻れるんだろ。小林さんこのままじゃ不便…ってか、嫌だろ」


 女子用制服の上の裾を引っ張りながら言う。うちの高校の女子の制服はセーラーもどきだから、上が短め。

 普通に生活してて、中の下着(シャツ)を見てしまうのはよくあることだった。

 …下の方がスースーする感じがしてたけど、上もそれなりにスースーする。女子はよくこんな一方的な通気性のいいものを着てるな…


 女の子にとって自分の体に男が入ってるというのは、気持ち悪いだろうし、男の体でいるのもそうだ。


「…嫌、ではないです。それにこの入れ替わりは私のせいで…何もなければ一週間程で元に戻ります」

「そうなんだ! 一週間かぁ…長いのか短いのか…。で、小林さんのせいってどういうこと?」

「子供の頃からの体質というか、異能力というか、そんなもので…は、ハグをすると相手と入れ替われるんです」


 ハグ。

 確かに数分前俺と小林さんは、不慮の事故で抱き合う態勢になってしまった。これがハグと認識されたのか。そして、小林さんの異能力で入れ替わった、と。


「なるほど」

「し、信じるんですか!?」

「え? 逆にこの状況で信じられないのは無理じゃないかな」

「そう、なんですね」


 俺の顔で小林さんは、ほっと安心したような嬉しそうな顔をした。

 ほら、そこで真実味が出るんだ。どう見ても、秘密にしていたことを打ち明けて、受け入れて貰えて良かったと思ってる顔。俺のコミュ脳がそう確信してる。


「私の家族に言って、一週間サポートして貰えるようにします。紅野くん、私の鞄ください」

「あ、はい」


 小林さんの家族はその異能力を知ってるんだ。ほっとした。

 俺、いろいろ耐えながら一週間誰にも言えず過ごすのかと思ってた。家くらいは落ち着きたい。


 小林さんは、渡したバッグから携帯を取り出して、操作すると電話をかけ始めた。


「もしもし。澄玲です。同級生の男の子と入れ替わっちゃいました。一週間宜しく……………はい。○○病院の■まで迎えに。…ありがとう」


 携帯を耳から離して、小林さんはこちらを見た。そして、笑った。


「大丈夫です。もうすぐ迎えが来るらしいので、その時一旦お別れしましょう」

「あのさ、携帯の連絡先交換しない?」

「いいんですか!?」

「え、うん」


 連絡先交換するだけでそんなに喜ばれるとは思わなかった。

 思わず一歩引いてしまった。


 連絡先交換の操作をしながら話す。まだまだ話したいことはたくさんだ。


「私の場合いつも一人でいます。話しかけられても“はい”“そうですね”“結構です”とか簡単に返してください。今後の私に関わることはこちらまでご相談を。あ、私の出席番号は12番で席は窓から二列目の一番後ろです。お昼は一人で食堂です。友達はいません。…あと、他人と絶対ハグしないで下さいね」

「この一週間はまだ入院中だったはず。もしいつもと違うとか思われたら、家族には正直に打ち明けて良いよ。多分信じる。まあ、基本的に誰が来ても寝てればなんとかなるから」


 自分の話したいことを話し終えて、携帯の画面から顔を上げると小林さん(俺)と目が合った。


「あ、携帯は常に持ち歩きましょう」

「了解です」


 小林さんの提案に頷き、他に話すことはないか考える。


「……あ、お互いの体を生活上で絶対見ることになるだろうけど、他人に相手の体のことを風潮したり、相手の体でエロいことしたりは禁止ね。でも、俺の生理現象は好きにしていいよ」

「ふぁい!」


 小林さんは顔を赤くしながら強く頷いた。

 俺の顔だから何にも可愛くないのが残念だ。

 というか、女子相手に下ネタ紛いのこと言うってこういう時じゃないとないよなぁ。


 コンコンと病室の扉がノックされた。


「澄玲。迎えにきたぞ」


 入ってきたのは、俳優とかやってそうなイケメンだった。

 澄玲、と呼んでいたということは親しい関係__あ、迎えに来るって小林さん言ってたっけ。__家族か。見た目年齢的にお兄さん?


「兄さんありがとう。紅野くんをよろしく」

「ああ。いこうか紅野くん」

「は、はい」


 小林さんのバッグを忘れないように持って、お兄さんに着いて行く。

 一回小林さんの方を振り返った。


「またね! 小林さん! 一週間後元の姿で話そう!」

「は、はい! もちろんですはい!」


 小林さんと手を振って別れた。


 事故で今まで話したことない美少女と入れ替わったけど、なかなかない体験だしポジティブにいこう!

 時間がある時には小林さんのとこも行こう!

 よし、あとはなんとかなる。はず。

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