私は、沙希に似ていけ好かない同期と揉めた

 私は二年生になった。


 進学先の学科を決めるにあたっては、「どうして私と沙希はこうなのか」という自分の中の疑問に対する答えになりそうなところはどこかと考えて、教育学科に進むことにした。結局私は、沙希の影響で進学先を決めたことになると、言えなくもない。心理学科も進学先の候補として考えないではなかったが、私が知りたいのは、ざっくばらんにいえば「同時に生まれて、同一の遺伝情報を持つはずの一卵性双生児のきょうだいの間にいろいろな差異が生じるのは何故か」ということであり、そういった疑問に対する答えを知りたいならば、教育学の方がふさわしいようにも思われたのだ。

 沙希も二年生に進級したが、このままでは二年生をもう一度やることになる可能性が高いらしい。そうなったとして、私が八つ当たりされないといいな――思うことはそれだけだった。


 私は実家を離れてから初めての年末年始を実家で過ごした。そうして、日程を合わせて実家に戻ってきていた沙希とつごう一週間ほどいたのだが、高校生の頃に感じていた沙希の「圧が強い」感じがもう、私には駄目になっていることを悟った。

 暑苦しさに息が詰まり、押し付けがましさが煩わしくて、上から目線の態度がひたすら癇に障った。何度沙希を怒鳴りつけてやりたいと思ったかわからないし、いっそ首を絞めたいとすら望んだことも一度では済まなかった。

 沙希と物理的に離れたことで、自分の中の何かが変化したのだろう。私はこの経験を機に、沙希とはできる限り距離を置こうと決意した。もちろん帰省の時期はずらすし、電話やメールにきちんと相手することも、少しずつ減らして行くことにした。沙希には“彼氏”だっている。頼るならその男に頼ればいいし、強気に出る相手がほしいなら、私以外の誰かをあたってみればいい。きっと進んで沙希の精神的サンドバッグになろうという相手なんか、どこにもいないだろうけれど。


 進級したことで専門科目の受講が始まったし、サークルでも先輩になった。もちろんアルバイトは続けているし一人暮らしだ。忙しくて、沙希からの繰り言にいちいちまともに取り合っていられないというのも本音だった。相変わらず法学部の授業には全然興味が持てないのだという泣き言が多いが、歴史の中では何を学びたいのかという意気込みも時に混じる。去年の夏に関係が始まった男とは、五月に別れたらしいが、単に飽きられて呼ばれなくなったのだろう。そして間を置かず、新しい男ができて、今度はいい人なのだとのろけてみせる。しかし今度の男はフリーターで、沙希の住むアパートに転がり込む形でなんとなく同棲が始まったのだとかで、聞く限り、「いい人」だとはとても思えなかった。

 

 

 私の同期は男子ばかり四人ほどいるのだが、その中に一人、どうしようもなく反りが合わない相手がいた。新沼というそいつは、鹿児島県のトップ校から一浪の末に入学してきたのだそうだが、本当は九州大学に行きたくて浪人までしたのに合格できず、この大学に仕方なく入学したのだという。

 新沼は不本意入学であることを隠そうともせず、事あるごとに鹿児島では一番の高校出身であること、その自分が九大に行けなかったのは痛恨の極みであること、こんな大学にしか通えていない自分の境遇は真っ暗だということを話題にし続けた。

サークルの誰もが、新沼にはあまりいい感情を持っていなかった。延々と同じような内容の愚痴を聞かされることには閉口させられたし、大学に対するこき下ろしのニュアンスも、新沼の発言には色濃く含まれていたからだ。不本意入学組といっても、二年生になっても現状と折り合いを付けられずにいるそのさまには、みなが食傷していた。

 そんな中、表立っては波風を立てずに新沼の愚痴を聞いてやり、励ましてやり、優しく接してやる空気がサークル内にはあったが、私は、駄目だった。そんなふうに、大人な態度で受け流してやることができなかった。

 原因はわかっていた。沙希を、思い出すからだ。

 沙希は地域で一番の高校から北海道で一番の大学に行ったが、もし沙希が大学受験に失敗してどこか他の大学に渋々ながら入学していたとしたら、きっとこうなっていたのだろう――そう思わせるものが新沼にはあったし、自分以外のところにだけ理由を求めて現状に不満ばかり並べ立てている新沼の姿は、私の中では完全に沙希と重なり合っていた。

 

 日頃から合わないと思い続けていた新沼との間で決定的なトラブルを起こしてしまったのは、前期の打ち上げを口実にした飲み会の席でのことだった。

 「九月に帰省するんだっけ。大丈夫? ゼミ合宿と重ならない?」

 「はい、そこは大丈夫です。実家には二泊だけして戻ってくる予定だし」

 そんな他愛のない会話をしているところに、割り込んできたのが新沼だった。べろべろに酔っ払って、目が据わった新沼は、その場の空気を読まずに言い放った。

 「俺は明日鹿児島に戻って、新学期まで向こうにいる。だってこんなところ、もう一日もいたくないからな。こっちにいるのは授業がある時だけでたくさんだよ」


 「そんなに嫌なら二度と戻ってこなくていい! もうずっと鹿児島にいろよ! ていうかあんたの話は聞いてねぇよ!」


 いつも通りといえばいつも通りの新沼のネガティブ発言にカッとなったあまり、思いの外汚い言葉遣いで反射的に言い返してしまった自分に気付いて、心のどこかでまずいと思ったが、もう止まらなかった。

 私自身シラフではなかったし、すっかり興奮してしまっていてよく覚えていないが、後で聞いたところでは、いつまですごい高校通ってた俺自慢してるんだマジウゼェ、とか、思い切ってウチ辞めて九大受け直すこともできないんだろう根性なし、とか――それはもうひどい言葉で罵倒を重ね、新沼の地雷を踏みまくり、結果として――何も言い返せなかったらしい新沼が暴れ出し、飲み会は打ち切りとなったらしい。

 気が付いたら私はわぁわぁ泣きながらタクシーに乗せられていた。元会長の纐纈こうけつさんと、同性ということで入会した頃から仲良くしている三浦さんがタクシーには同乗していたが、これはどうしたもんかと二人して困り果てていたそうだ。


 大変だったのは翌日だった。飲みの席を最終的にぶち壊しにしたのは新沼だったとしても、そのきっかけをつくったのは私だという自覚はあったから、電話とメールを駆使して、迷惑を掛けた人たちみんなに謝った。まさか沙希のように謝るために誰かの家を訪ねるような真似はしなかったが、それにしてもとても手間が掛かったし、どんな返事がくるか怖くて、自分が蒔いた種とはいえ、精神的にも結構疲れた。何より嫌だったのは、新沼に謝ることだった。私、本当のことを言っただけだよね――という思いが強かった。

 ほとんどの人がすんなり許してくれたが、三浦さんにはちょっと怒られた。人間、本当のことを言われるのが何より嫌なものなんだから、あんなにずけずけ言わなきゃよかったのに、と。

 

 現会長の矢野さんを中心とした話し合いの結果、新沼は退会処分となった。新沼はみんなに嫌がられる存在だったこともあり、引き留める声は上がらなかったようだ。話し合いの中では私のことも少し問題になったが、前会長として同席していた纐纈さんが庇ってくれたそうだ。

 「お前、纐纈さんにはよくお礼言っとけよ。あと、当分酒飲むな」

 矢野さんに言われて、「そうします、ホントすみませんでした」と答えながら、なんで纐纈さんが? と不思議に思った。纐纈さんは穏やかな人で、何人かで一緒に部室にいる時に会話したり、時には雀卓を囲んだりすることはあったが、とりわけ仲がよいという感じでもなく、その程度の薄い間柄なのに庇ってくれた理由がわからない。

 ともあれ、彼は私の恩人ではあるわけだから、何かお礼をしなければなるまい。でも、こういう場合のお礼というのはどうすればいいのだろうか。大袈裟すぎても重いだろうし、かといって、簡単に済ませてしまうと心から感謝していることが伝わらない可能性がある。

 さて、どうしようか――

 



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