第11話「料理、楽しいね」

 レイの半毒物料理を食べた後、厨房にはサヤさんから借りたエプロン姿の俺が立っていた。桃色に銀の糸で花が刺繍されたそれは、女物で俺が着ると違和感が凄いが、サイズ的にはぴったりだ。

 料理を練習しよう。その言葉通り、俺はレイと共に料理を練習しようと思ったのだ。

 俺の隣には、同じくエプロン姿のレイ。水色の生地に、裾の方にいくにつれ白のグラデーションがあしらわれている、シンプルなものだ。

 

「練習するのはいいんですが、ジンさん料理できるんですか?」

 

 準備万端な俺に、サヤさんは首を傾げながら問う。

 それに答える俺は、生まれてこの方一人でいる時間の方が長かった人間だ。答えはもちろん、

 

「まったくできません」

「なんで一瞬自信満々な顔したんですか」

 

 珍しくサヤさんからの、半目のツッコミが飛んでくる。これはこれで新鮮だ。

 俺は一人で生きてきた時間の方が長いが、料理を作ったことのない時間の方が長い。具体的には20年くらい。

 ………………その通り。一度も料理をしていない。

 なのだが、

 

「仕留めた動物を捌いて食べる。ということが料理に入るなら、できます」

「そんなことできるんですか?ちなみに、どんな食べ方を?」

「そのままガブリと」

「そのまま!?」

「はい。鹿とか猪とか鼠とかコオロギとか」

「一瞬狩人なのかも、って思ったら全然違いましたね。なんで鼠とコオロギなんですか。ていうかそのままって、やっぱり生ってことですよね?」

「がっつり生です。意外といけますよ?」

「野性的な生活しすぎです!」

「これを料理に入れていいなら……」

「世間の基準はわかりませんが、少なくとも入りません」

 

 俺の唯一の料理経験が消えてしまった。

 隣から少し呆れた目を向けてくるレイがいるが、無視だ。お前とほぼ同じだわ。悪かったな。

 

「それで、どう練習しようと?」

「サヤさんに教えてもらおうかなと」

 

 武器は武器屋に、長話は教会に聞きにいけと言うではないか。

 なにかわからないことがあれば、専門の人に聞くのが一番なのだ。

 

「というわけで、お願いします」

「お願いします」

 

 俺とレイが頭を下げると、サヤさんは困ったような、それでいて少し嬉しそうに笑う。

 

「わかりました。夜の営業まで、少し練習しましょうか」

 


 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

「それじゃあ、まずは料理の基本。五法についてです」

 

 いつもの白い腰掛をつけて、厨房に入ってきたサヤさんは、教師のような口調で話し始める。

 

「料理は、基本的に五つの手段があります。生・煮る・焼く・揚げる・蒸すの五つです。うちでは焼くと煮るのメニューが多いですが、まずは簡単な焼く料理をしてみましょうか」

 

 そう言って、サヤさんは小さな鍋を棚から取り出すと、ガスコンロという火の出る特殊な道具の上に乗せる。

 鍋の中に水を注ぎ、カチカチという音の後に、鍋の下に青い火が灯る。


「今日は魚がいいですかね」

「確か、鯖がある」

「じゃあそれにしましょっか」

 

 サヤさんの頷きに、レイは小走りで厨房の裏にある食料庫に引っ込むと、青と銀を織り交ぜたような鱗の魚を二匹持ってきた。

 サヤさんはそれを受け取ると、まな板と包丁を用意。

 鱗を落とし、頭を落とし、ヒレを落とし、腹を切って内蔵を手早く取り出す。流れるようにサバを三枚に下ろしたサヤさんは、骨の部分を抜き取り、湯気を上らせ始めた鍋の中に入れた。

 出汁。ここに来て知った、料理の旨味を引き出す秘訣。

 『月光』では、和食という種類の料理を作る時に、必ずと言っていいほどこの出汁を取る。

 魚や海藻、豚の骨など、出汁だけで何種類もある。クズのような部分からでも、余すことなく旨味を取り出し、最後の一滴まで食材を無駄にしないのが、この宿の料理なのだ。

 ちなみに、レイの半毒物も、本人が食べるということで無駄にはなっていないので、安心していただけると思う。

 上に溜まり始めたアクを取りながら、しばらく待つと、食欲をそそる香りが肺を満たし始めた。

 サヤさんは火を止め、今度は卵を数個レイゾウコから取り出すと、深めの容器に加えて溶き始める。

 鮮やかな黄色に溶かれた卵に、オタマで掬った先程の出汁を加え、そこにさらに調味料も少量加えた。

 一連の動作は一切淀みなく、淡々としているが臨機応変な技術も感じられる。

 さすが『月光』の料理長。

 サヤさんが続いて棚から取り出したのは、縦長の長方形の形をしたフライパンだ。確か、前にカナから教えてもらったそれの名前は、タマゴヤキキ。

 油を敷いたタマゴヤキキを火にかけ、黄色に輝く出汁入り溶き卵を、少量流し込む。

 薄く伸びた卵は、熱で徐々に固まっていき、液体と個体の狭間のような状態の時に、サヤさんは器用にそれを巻き始めた。

 タマゴヤキキを跳ねるように上下させ、箸でクルクルと形作っていく。

 出来上がった巻かれた卵を、タマゴヤキキの端に寄せ、残りの卵を少しづつ流し入れる。

 この動作を四回ほど繰り返した時、容器に残っていた卵は無くなり、タマゴヤキキの上で食欲を誘う誘惑の王となって鎮座していた。

 

「はい、だし巻き卵です」

 

 浅い皿の上に移されたそれは、薄い湯気と共にほのかだが、それでいて甘くしっかりとした匂いを放っている。

 サヤさんが箸で身を割ると、少量の出汁が流れ出ると共に鮮やかな断面が露わになる。

 俺は受け取った箸で、切り分けられた内の一つを摘むと、口に入れる。

 鼻に抜けるような出汁の香り。舌触りはトロリと柔らかく、半熟の卵が出汁と絡み合っている。

 味自体は、出汁による深みのある旨みと、そこにほんの少し加えられた砂糖の甘みだけ。サヤさんの作る料理の中では、かなり素朴な味わいではある。

 だが、余計なもののない、洗練された旨みというものを、純粋に楽しめる逸品だ。

 

「おいしい……」

 

 しみじみと、口の中のだし巻き卵を味わいながらのレイの言葉に、サヤさんはどこか得意げに、

 

「これなら、簡単だから短時間で覚えられます。まぁ、簡単だからこそいろいろと細かい技術が必要ですが、こだわらなければすぐにできるので」

 

 レイのことを考えての料理の選択のようだ。

 カナもレイも、色んなことを考えて動いているが、やっぱりこの宿で一番誰かのために考えているのは、他の誰でもないサヤさんだろう。

 皿に乗っただし巻き玉子をペロリと平らげてから、俺とレイはサヤさんの指導の元、料理に取り掛かる。

 正直、料理を習うのはレイだけでもいいのだが、何かを始める時は一人より誰かとやった方がいい。そう思ったのだ。

 サヤさんは、一つ一つの手順を丁寧に説明してくれる。

 出汁は既にサヤさんが取ってくれたものを使用し、俺たちのやることは卵を溶いて、それに必要なものを加え、最後に焼くだけなのだが、その「だけ」が俺達には難しかった。

 そうして少しづつ進めていくうちに、あることに気づいた。

 

「ジン……下手……?」

「ぐっ……」

 

 驚いたようなレイの言葉が、俺の胸に突き刺さる。

 気づいたこと。それは、致命的な俺の料理の下手さである。

 昔から、大抵のことはそつなくこなしてきたつもりだ。誰かと比較される、ということは裏の世界ではあまりされてこなかったが、自分のことを客観的に見て、誰かより優れているということはあっても、劣っているということはなかったはずだ。

 器用と言ってしまえば聞こえがいいが、その後ろに貧乏が付いてしまっても仕方がない。という感じだ。

 しかし、だし巻き卵の料理が始まってから、俺の前には不器用という、今まで俺が相対したことのない言葉が立ち塞がった。

 卵を割ると中身よりもカラの方が多くなることから始まり、出汁と混ぜ合わせる時に勢い余って中身が飛び出したり、タマゴヤキキに油を敷く時に上手く伸ばせず、跳ねた油に攻撃されたり。

 もちろん、レイも失敗はしている。

 いや、失敗と呼んでいいのかわからないが。

 溶いた卵に調味料を入れた時、ボンッという音の後、黄色の溶き卵が紫色に変わっていた。加えた調味料に、紫など一つも入っていなかったのに。

 失敗というより、魔法。

 けれど、その後作り直したらうまくいっていた。余計原理がわからないのだが、うまくいっているので良しとしていいだろう。

 そんな魔法のような失敗はあれど、レイは基本的な動きはしっかりと出来ており、サヤさんには劣るが、それでも料理をする上ではまったく問題がない程だ。

 そうして、ようやく完成しただし巻き卵には、恐るべき差があった。

 外観はどちらも、当然のようにサヤさんが作ったものに劣っている。所々に焦げ目があり、形もグチャグチャだ。

 しかし、レイの作ったものは一応は角の丸い直方体で、巻く時に手間取ってついた焦げ目で、少し茶色くなっている。

 そして、俺のだし巻き卵は、

 

「炒り卵っていうか、鶏そぼろっていうか」

「ま、まぁ、一応繋がってはいますし、よくできてますよ」

 

 サヤさんのフォローで、耳が痛くなる。というか、繋がってはいるは全然フォローになってないです、サヤさん。

 タマゴヤキキから皿に移した俺のだし巻き玉子(?)は、いくつか焦げて黒くなった塊が散らばっており、形も小さく山を作っている。唯一うまくできているところと言えば……繋がっていることか。フォローになってたわ。嬉しくないが。

 

「なんやええ匂いするなー」

 

 と、玄関からカナの声が聞こえる。

 程なくして、食堂に入ってきたカナは、抱えていた袋をテーブルの上に置くと、厨房まで歩いてきた。

 

「何やっとるん?」

「料理の練習。ジンさんとレイちゃんのね」

「レ、レイのか……あかんなぁ、うちもう外で食べて来たんよ」

「お昼ご飯あんなに食べたのに、外でも食べてきたの?」

「外食は別腹なんよ」

「ちなみに、何食べてきたの?」

「牛一頭」

 

 何を言ってるんだこいつは。

 恐らく、というか確実に、カナはレイの料理の不味さを知っており、試しに食べてみて?の流れを回避するために、嘘をついているのだろう。

 

「香菜姉、大丈夫。今度は前みたいに不味くなんかない……と思う」

「い、いや、不味いとは思ってへんよ……?ただ、前衛的ではあるなぁ……とは」

「隠さなくていい。もう、私の料理が不味いのはわかったから」

「そ、そうなんか……。でもな、ほんとに不味いとは思ってないんよ。あれはもう、不味いという形容詞では収まらへん」

 

 サラッと酷いこと言ったな今。

 そんなカナは、俺たちの前に置かれただし巻き玉子に、目を移した。

 

「ちなみに、私とジンのどっちがどっちを作ったと思う?」

 

 レイのその質問に、カナは迷わず、

 

「こっちがジンさんで、こっちがレイやろ?」

 

 見事に作者と作品を入れ替えて答えた。

 そして得意げに、レイが答えを発表する。

 それを聞き、信じられないという顔をするカナを前に、サヤさんは楽しそうに手を合わせる。

 

「それじゃあ、食べてみましょっか」


 手早く人数分の箸を出し、それぞれに配る。


「というわけで、香菜、一口目をどうぞ」

「え!?」


 にっこにこのサヤさんに勧められ、試食を回避しようと嘘を並べていたカナは、顔を引き攣らせてたじろぐ。

 何度か口をモゴモゴとさせたカナだったが、サヤさんの笑顔に押し切られる形で、箸を持ち直した。

 サヤさんの笑顔は、見惚れるほど素敵だが、それでいて反論のできない圧を持つ。さらに、特に怒っているわけでもなくそうなのだから、余計恐ろしい。


「い、いただきます」


 手を合わせてそう言ってから、カナはレイのだし巻き卵に箸をつけた。

 一口大に割られた卵の断面は、サヤさんの作ったものの後に見ると、やや固い印象を受けるが、それでも鮮やかな色合いを保っているため、美味しそうだ。

 口の中に放り込むようにそれを入れたカナは、二噛み程して、首を傾げた。


「んー?」


 疑問の声を上げ、さらに咀嚼を繰り返していたカナだったが、飲み込む瞬間に激しくむせた。

 つっかえながらも、なんとかして口の中のものを飲み込んだカナは、レイが慌てて持ってきた水を、一気に飲み干す。


「か、香菜姉、大丈夫?」


 大きく息を吐くカナに、レイが心配そうに言うと、


「だ、大丈夫や……ちょっとびっくりしてな……」

「びっくり?」

「途中までは全く味がしなかったんよ。けど、最後の最後にガツンとやられてもうた……」


 とても大人しい料理である、だし巻き卵を食べた人間の感想じゃない。なんだ、最後の最後にガツンって。

 恐ろしいことはわかるのだが、人というのは不思議なもので、なぜか目の前の料理に好奇心を抱いてしまい、俺は箸をとった。

 変なためらいを生まない内にと、俺はカナがやったようにレイのだし巻き卵を一口大に割り、口に入れた。

 そして俺は、首を傾げることになる。

 味がしない。

 口に食べ物が入っているのに、そんな感覚になったのは初めてなので、とまどってしまう。

 粘土を食べているような。でも、よくよく味に目を凝らしてみると、奥の奥のさらに奥、最奥部を越えるほどの奥に、出汁の香りがあった。

 その香りでさえ霞のように希薄で、掴んでいても気づいたら無くなっているようなものだ。

 あの味の暴力のような肉じゃがと比べると、進化もしているし退化もしている。

 これは、食べ物なのだろうか。

 そんな疑問が浮かんだ時、「それ」はやって来た。

 強烈な塩の味。

 塩辛という料理は、何度かサヤさんが作ったものを食べたことがある。

 しかし、この塩辛さは舌をもぎ取るような強さだった。

 加えた調味料に、塩はなかったはずだ。サヤさんが確認していたし、砂糖と塩を間違えるということも無い。

 だとしたら、この塩辛さはどこから出てきたのだろうか。

 疑問に重ねて疑問が浮かんできたが、ひとまずレイが用意してくれた水を流し込む。

 そして、一息。

 舌にはまだヒリヒリと熱が残っている。舌先がざらざらしたような感触があり、完全に味覚をやられてしまったかもしれない。

 静かに箸を置いた俺とカナを見て、レイは悲しげにうつむいた。

 だが、見た目も凶悪、味も凶悪だった時より、何十倍も良くなっているのではないだろうか。味はあれだが、見た目は普通なのだし。

 次に俺たちが目を向けたのは、俺が作っただし巻き卵だ。

 レイの衝撃的な味を経験した後、見た目の悪い俺のものを見えると、食べようとは思えないのは確かだ。

 しかし、ずっと睨んでもいても目の前のものが無くなる訳ではないし、自分で作ったものなのだから少しの愛着もある。

 しばらく全員が硬直したあと、サヤさんが箸をとった。

 

「いただきます」

 

 そう言って、形の崩れた卵の破片を口にする。

 目を閉じて咀嚼していたサヤさんだが、突然目を開いた。

 

「お、美味しい……」

 

 驚いて目を丸くしたサヤさんの言葉に、俺も食べてみることにした。黒い部分は避け、できるだけ黄色に近い色のところをつまみ上げると、口の中に放り込んだ。

 すると、雑ではあるが確かな旨味が口に広がる。

 サヤさんが作ったもののような、トロリとした食感はないし、なにより形が崩れているせいで口の中でもバラバラになってしまう。

 だが、出汁の香りもあり、柔らかな甘みもある。食感という点を除けば、十分美味いと言える出来だ。

 そんな俺とサヤさんを見て、レイとカナも俺のだし巻き卵を食べた。

 そして、感心したような声を上げたカナは、

 

「形はあれやけど、普通に売りに出せるくらい美味しいやん。形はあれやけど」

「うん、形はあれだけど、美味しい。形はあれだけど」

 

 両者とも同じ感想のようだ。形があれということを強調するのは、やめていただきたい。

 

「レイとジンさん、足して二で割ったくらいがちょうどええんやけどなぁ」


 しみじみとそう言うカナを前に、レイは悲しげに、

 

「むぅ……料理したいなぁ……」

 

 その言葉に、俺とサヤさんとカナは顔を見合わせる。

 すると突然、サヤさんが何か閃いたのか目を輝かせた。

 

「それじゃあ、足して二で割ってみましょ!」

 

 その言葉に、俺たちは首を傾げた――――――――

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 『月光』の夕飯時は、宿泊客だけでなく、美味しい夕飯を求めて多くの人が訪れる。

 仕事終わりの人々の中には、衛兵のような夜から仕事の本番が始まるような者の姿も、チラホラと見られる。

 そんな客たちが笑顔で口に運んでいるのは、卵を使った料理だった。

 

「カナちゃん!だし巻き卵おかわりちょうだい!」

「こっちも!!」

「米とだし巻き卵持ってきてくれ!!」

「はーい!ちょっと待っときー!!」

 

 元気な客たちに返事して、カナは厨房に注文を伝える。

 その注文のほとんどが、だし巻き卵とそれによって進んで胃の中に入っていく米だ。

 今日の『月光』は、卵ずくしなのだ。

 もちろん、だし巻き卵以外の料理もあるのだが、飛ぶように注文が入るのはなぜかだし巻き卵だ。

 注文を受け、俺は調味料を加えた溶き卵を、ガスコンロの前に立つレイへと渡す。

 レイはそれを受け取ると、楽しそうにタマゴヤキキの中に流し込んで、鮮やかなだし巻き卵を作り上げていく。

 足して二で割る。

 サヤさんが提案してきたのは、まさにその言葉通りだった。

 レイは、致命的なまでに味付けが下手だ。それこそ、毒物を作り上げてしまうほどに。

 しかし、単純な作業であれば、見た目は普通のものを作ることが出来る。

 そして俺は、致命的なまでに料理が下手だ。出来上がったものの原型は、必ず崩れる。

 だが、味付けに関してはサヤさんに近いクオリティで、行うことが出来る。

 そこで、俺が味付けしたものを、レイが料理する。

 そうすることで、見た目は普通、味も十分商品として成り立つ、そんなだし巻き卵が完成するのだ。

 他の料理はサヤさんが作っているが、今日の目玉商品のだし巻き卵は、俺とレイが担当している。

 

「料理、楽しいね」

 

 卵を巻きながらそう言ったレイの方を見ると、いつもの無表情がどこか明るい気がした。

 

「ありがとう。不味いってちゃんと言ってくれて」

「まぁ、あのままじゃ同じことの繰り返しだからな」

 

 まさか、客に出すような料理をすることになるとは思ってなかったし、ある程度料理の練習をして、レイの気が済めばそれでいいと思っていたのだが。

 カナにそのことを話したら、「結果オーライやな」と返ってきた。

 素直に礼を言われると照れるのだが、終わりが良ければそれで良いのだ。

 

「私、もうちょっと色々作ってみたい」

「そうだな。味見はカナがやってくれるさ」

 

 カナには悪いが、味見役は重要だ。大役をあげるのだから、怒らないで欲しい。

 それでまたダメなら、また一緒に練習すればいい。

 この宿で経験したことは、意外と悪くないのだから。

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