【第13話】太陽が沈み、猫が鳴く。
いつものように目覚める智也。
ヒューの体を使い始めてから時間が経った。自分は智也であり、この体はヒューの体という認識だったが、今ではどちらかと言うと、自分はヒューであり、智也の記憶も持っているという状態になっていた。
俺はヒューだ。
ゆっくりとベッドから起き上がる。
ここに来るのは久しぶりだな。
時刻は朝、ヒューは冒険者ギルドの前に来ていた。
目標であった【気】を飛ばすことにも成功し、そろそろ冒険者活動を再開しても良いと考えたからである。久しぶりの冒険者ギルドだが嫌な緊張などはなく、これからの冒険を考えて、むしろワクワクしていた。
木の扉を通り中に入る。
朝という時間帯もあり、右手にある酒場には、ほとんど冒険者の姿は無いようだ。
左奥のクエストボードには、ちらほらと冒険者が居るのが窺える。
ふぅ、混雑してなくてよかった。
冒険者ギルドには、皆一斉にクエストを受けるラッシュの時間があり、それは、朝の営業開始直後になる。朝が苦手な冒険者でも、頑張って起き、我先にと、割の良いクエストを奪っていく。基本的に、受注を行った日のギルドの営業終了時までにクエストを完了させれば良いので、2度寝する強者も存在する。
だがその場合、稀に起きられない者がおり、時間切れでクエスト失敗。
そして、少なくない違約金を払うことになるのだ。
通常のクエストとは別に、常時発行されているクエストもある。
それがゴブリンの盗伐だ。
ゴブリンは繁殖力も強く、狩っても狩っても居なくならないので、誰かが受けたとしても、他の人間も受注が行える。ただし、いくらでもゴブリンが居るといっても、高ランクハンターが本気を出して狩りつくすと、また増えるまでには時間がかかってしまうので、クエストを受ける際にはある程度の加減をする、もしくは受けないのが暗黙の了解だ。
そして、ヒューのお目当てはまさしくゴブリンの討伐である。
冒険者ギルドにおいて、SランクとGランク以外の冒険者に関しては、長い間クエストの受注を行っていないと、ランクが下がっていってしまう仕組みだ。
そのため、長い期間が空かないように気を付ける冒険者が多い。
ヒューに関しては、一番低いGランクなので、下がる心配がなかった。
クエストは、自分の1ランク上の難易度までしか受ける事ができないので、Fランクであるゴブリンの討伐が、ランクを上げるために最も効率が良い。
他のクエストは、クエストボードから剥がして、カウンターに持っていく必要があるが、ゴブリンに関しては受付嬢に口頭で伝えればよい。
ちなみに、事後報告だと報酬は受け取ることができない。
理由としては、受注なしでモンスターの討伐に行き、殺された場合どこでどのように死んでいるか、ぎりぎりで生きている場合は、救援が必要か。などの判断も出来なくなってしまうためである。この制度は、どちらかと言うと冒険者のために作られたものであり、実際に誰にも告げず討伐に行き、行方不明になる事件があった為、設けられた。
正面の受付に向かって歩く。
受付は5つあり、受付嬢達の前には人が居ない状態である。
ヒューは全ての受付を一瞥すると、一番右の受付に向かう。
「お久しぶりです」
「はい、お待ちしておりましたよ」
にこやかに出迎えてくれたこの人は、ヒューがクラン移行の際に処理を行ってくれたニーナである。
「ゴブリンのクエストを受注したいんですが」
「かしこまりました、気を付けてくださいね」
「ありがとうございます」
そう言って受付から去ろうとするヒューだが。
「待ってください、もしかして1人で向かうのですか?」
「そのつもりですが」
「大丈夫ですか?」
バカにするというよりも、純粋に心配した顔でこちらを見る。
「心配しなくても大丈夫です、危険と思ったら逃げるぐらいは出来ますよ」
「分かりました、くれぐれも気を付けてくださいね?」
「はい、心配してくださってありがとうございます」
そのようなやり取りをしたところで、今度こそギルドを出ようとしたのだが。
「あれー? 荷物持ちが、こんな所に1人で居やがるぜ! がははは」
「ゴブリンとか、聞こえた気がしたけど、気のせいかー? ひひひ」
「誰とクエストに行くんでしゅかぁ? まさか一人とか言わないよなあ へへへ」
おなじみのハゲ、デブ、チビが現れた。
ジースの頭が今日は一段と光っている、まるで太陽のようだ。
無視して立ち去ろうとするが。
「おい! 何シカトしてんだよ!」
そう言ってジースが腕を掴もうとする。ヒューは難なくそれを躱すと、スタスタと出口に向かう。
「ごるぁああ!! 俺を2回もシカトしやがって。もう許せねえ、ザコの分際でよ!!」
今度は後ろから殴りかかるジース、ヒューは気づいていないのか、全く回避する素振りを見せない。
そのまま後頭部に拳が当たった。
―――ゴキッ!!
辺りに鈍い音が響く、その音は受付の方まで届き、心配そうに様子をうかがっていたニーナが受付から離れ、すぐさまヒューに駆け寄る。
「大丈夫!?」
「ああ、俺は平気だ」
「でも、すごい音がしたけど?」
ヒューを見るが本当に痛がっている様子はない。
「いてええええええ!!」
急に叫び出したジース。見ると拳が腫れ上がっている。
「え!?」
驚きのあまり固まるニーナ、現場を見ていたもの全員が驚いた顔で固まっている。
「ということで、失礼する」
一方、当事者のヒューだが、何事も無かったかのように足早に去ろうとする。
だが、少し進んだところで何かに気づき、直ぐにこちらに戻ってきた。
そして、まだ固まったままのニーナに近づく。
「驚いた顔も可愛いが、そのままでいるとイタズラされるぞ?」
そう言って今度こそ去っていくヒュー。
ニーナに対していつの間にかタメ口になっているが、それに気づく余裕はない。
いや、そんなことは些細な問題だった。
皆何が起きたか分からなくて固まっていたが、彼が立ち去った事で時が動き出す。わずかに酒場に居た冒険者たちと、受付嬢達は今の出来事を話し始める。
「酔いすぎたかぁ? なんか荷物持ちの坊やが、ジースの拳をマトモにくらったのに平然と歩いて行ったんだが」
「俺も見たぞ、2人で同じ夢でも見てんのかなぁ」
「あの子って、あんな感じだったかしら」
「なんかあの子、男らしくなってない? 私狙っちゃおうかな」
「え、私はもっとムキムキマッチョメンがいいわ!!」
そんなやり取りの最中、フリーズから解放されたニーナは、目の前で起きたことを冷静に分析しようとしていた。
(魔法を使った形跡がない、もしくは人に気づかれないほど微細な魔法? しかしそれでは、あの防御力は発揮できない。まさか!?【気】なの? でも、気はそう簡単に習得できる物ではないわ。だとすると考えられるのは……)
「ニーーーナ!! すごく難しい顔してるよ、大丈夫?」
考え込んでるニーナに話しかけてきたのは同僚のフローラだ、髪は緑色のボブ、胸はそこそこの女性である。
「彼が何をしたのか検証していたのよ」
「ふーん、そうなんだ、ヒュー君すごかったねぇ」
「ええ、驚いたわ、いつの間にあんなに強くなったのかしら」
「それよりも最後、何を話してたの?」
「最後?」
「ほら、彼が1回出ていこうとしたけど、なぜかすぐに戻ってきてさ、ニーナに何か耳打ちしてたじゃん」
そう言われて、確かに話かけられたなと思い、その内容を思い出す。
『驚いた顔も可愛いが、そのままでいるとイタズラされるぞ?』
言われたことを思い出し、突然顔が赤くなるニーナ。
「ん? どうしたの顔が赤いよ?」
「な、なんでもにゃい」
「あ、噛んだ」
「突っ込まないで!!」
「……ニーナって猫の獣人だったっけ?」
「もう、からかわないでよ!」
「おもしろーい」
そんなやり取りもあって、ギルド内にほのぼのとした空気が流れ始めた。
みんな、それぞれの作業に戻って行き、ニーナとフローラも受付に戻ろうとするが。
「いでえよぉ、いでえよぉ」
手を押さえながら床に膝をつき、ハゲが叫ぶ。
「「あ、忘れてた」」
今の今までジースの存在を忘れていた。2人であった。
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