【第5話】クランと親友

クラン移行の手続きも完了し、一同は【イノセントロンド】のクランハウスに向かっていた。


この世界において、宿屋は基本的に商人が使用するものであり、智也が想像していたものとは、少し違った。冒険者は、自分の所属するクランハウスに部屋を持つことが多いらしく、ソロ活動してる冒険者や、クエストで他の街に行くことがない限り、使用することは珍しいのだ。


クランハウスに着いて直ぐに、クランリーダーの部屋に案内された智也。ゼルバやエレナたちと共に部屋に入る。


「やあ、君は、ヒューだね? ようこそ我がクランへ。」

短髪で厳つい見た目だが、どこか優しさのある目をした男が、椅子から立ち上がり、にこやかに迎え入れた。年齢は30~40ぐらいだろうか。


「俺が、このクランのリーダーをやっているイワンだ」

イワンは智也の目の前まで来る、そしてゆっくりと右手を差し出した。


「とも…… ヒューといいます、これからよろしくお願いします。」


危うく智也と言いかけるが、こちらも右手を差し出し握手を交わす。


握手が終わると、イワンがゼルバに話しかけた。


「迎え入れるかもしれないとは聞いていたが、こんなに急だとは思わなかった、何かあったのか?」


状況をイワンに説明するゼルバ。頷きながら話を聞いていく。


「なるほど、記憶がないのか。でも状況を考えると、置き去りにされた可能性が高いな」


イワンは、少し考えるそぶりをした後、優しい目で智也を見る。


「なに、安心しろ!! ここにいる限り俺たちクランメンバーが全力で守る、安全は保証するさ」

そう言って目を見てにこやかに笑う、異世界の男はどうしてこうも男前だらけなのか、女を奪い合うバトルになった場合、肉体的にも精神的にも全く勝てる気がしない智也だった。


「ありがとうございます」


感謝を伝えた後は、智也が疲れているだろう、ということで部屋に案内され休むことになった。


クランハウスは広く、部屋が余っているため空き部屋に案内されたのだが。


「寂しかったら私の部屋でもいいのよ?」


「私の部屋でもいい」


心配そうな顔をし、魅力的な提案するエレナとセイレン。


「心配して頂いて嬉しいですが、一人で考えたいこともあるので大丈夫です」

そう言って、誘惑に打ち勝つ。


嬉しい誘いだが、これからの事を一人で考えてみないといけないしな、どうしても必要なときは、皆に頼るしかないけど。


今日はここで解散となった。




与えられた部屋は6畳ほどで窓があり、家具はベット、机、椅子、ランプ、鍵付きの小さい収納があるようだ。ベットに横になり、一人で考え事を開始する智也だったが。


『ねえ、聞こえる?』


急にどこからか声が聞こえた。しかし、周りを見渡すも誰もいない。


『あれ? 聞こえないのかな』


幻聴? いや幻聴にしてははっきりとしている、まさか前の体の持ち主か? 何かの物語で、そういうの見たことある気がするが。この体の所有権を巡り、争いとか起きないよな? そうなった場合、潔く身を引こう、そもそも俺の体じゃないしな。


『聞こえてるぞ』


『あ、良かった、聞こえてたんだね』


『お前は、ヒューか?』


『うん、僕がヒューだよ、君の名は?』


『俺は智也だ、お前には聞きたいことが沢山あるんだ』


『僕も話したいことが沢山あるよ』





ヒューから今までの生い立ち、この世界の常識、ハゲ達との関係性など様々なことを聞いた、孤児院で育ったヒューは14歳になって冒険者になったようだ、この国では14歳になると働くことができる。まあ、働かされるとも言い換えられるが。


気弱なヒューは、シャンドゥシャスの勧誘を断ることができずに入ってしまい、抜け出せなくなった。日々メンバーにいじめられて、それでも耐え忍んでいたが、ついに運命の日が来てしまった。


ギルドで絡んできた、ハゲたち3人組の名前はジース、ギース、ガ―スと言い、クラン内では、ヒューの直属の先輩にあたるそうだ。毎度のことながら、その三人と一緒にクエストを受注し、荷物持ちをさせられていたのだが、ゴブリン討伐クエストが終わり、帰ろうとしたときオークと出会ってしまう。


3人のランクはEランクでありオークのモンスターランクはDである。言わずもがなヒューはランクGだ。オークに関してはEランク冒険者でも3人集まり、うまく連携が取れれば勝てないこともないが、戦闘を行えば犠牲が出てしまう可能性は高い。


そういう場合、通常ならば魅惑玉や、食料を投げてそちらにモンスターの注意を惹きつけつつ撤退を行う。


魅惑玉はモンスターが好む匂いを出す玉でほとんどのモンスターに有効であり。食料は知能が低いモンスターに有効だ。


しかし、3人は荷物を奪った後ヒューのことを蹴り飛ばし、逃走したらしい。


その後、ヒューはオークから必死で逃げたが追いつかれ殺されてしまったようだ。


『なんで3人はお前の事を犠牲にしたんだ?』


『たぶん、食料や魅惑玉よりも3人にとって僕の価値が低いんだと思う』


『信じられんな、なんて奴等なんだ』


『しょうがないよ、僕弱かったし』


智也はヒューの話を聞いて、ひどい話だと思った、弱いからと言って、生贄として差し出してよい道理はない。異世界に来て良い人にばかり遭遇していたため余計そう感じたのもあるかもしれない。


『これからも、こんな感じでちょいちょい俺に教えてくれると助かる、なにせ異世界から来たから、この世界の事知らんし』


『異世界から来たんだね、すごいや!! 異世界の話もいっぱい聞きたいな!』 


『おう、どんどん話してやる、先ずは…『でもそれは無理なんだ』


智也の言葉を遮るようにヒューが呟く。さっきまでの高いテンションと裏腹に、声のトーンが下がっている。


『……どうしてだ?』


『僕がこの世に居られる時間はもう長くない。何で今こうしていられるのかも不思議でね、でも感覚でなんとなくわかるんだ、どんどん溶けていくような感じがして』


『……そうか、なら居られるうちに、俺の世界の話を沢山話そう』


『え? でも、この世界のことを話さないとダメだよ、これから智也も大変なんだから』


『この世界の事なんて、お前以外の誰かに聞けばいいんだ。でも、お前はいつ消えるかも分かんないんだろ? 今重要なことが何か、なんて分かり切っている』


これは本心だ、ヒューの事を思って言っていることでもあるが、智也はその時にしか得られない経験などを重視する。いつでも手に入る情報なら後回しでよいと考えていた。


ヒューと楽しく会話するという経験は、ヒューが消えてしまってからでは叶わない。そして単純に、悲しみを背負って情報を伝えられるよりも、二人とも楽しく話し、残された時間を過ごしたい。


その言葉を受け、少しだけ考え込むヒューだったが。


『うん、ありがとう!!』

涙ぐみながらそう答えた


『じゃあ話すぞ、俺の世界では飛行機、電車、車という乗り物があってな』


……

………。



『すごいや!! 空飛んだり、すごい速度でどこにでも行けるんだね!!』

興奮した様子で地球の乗り物の話を聞くヒュー。


『アニメや漫画というものもあるぞ、特に麦わら坊主ストーリーとか、竜の玉とか』





色々な話をしている間も、智也は考えた。ヒューはずっとこのまま、消えないんじゃないか? これから一緒に笑って泣いて、何でも乗り越えていける。


『あははは、こんなにワクワクしたのは、生まれて初めてだ、ありがとね』


『まだあるぞ、俺は個人的に無骨な大剣を背負った主人公が活躍する漫画が…』


『智也』


『ん?』


『ごめん』


『何がだ?』


本当は、分かってる。だが、まだ終わらせたくない気持ちが言葉を出させた。しかし運命というものは残酷だ。


『僕もう行かなきゃ』


ヒューの表情は分からないが悲しい感情は心に直接伝わってくる。


『もっとお前と話したかったよ』


『僕もだよ智也、ありがとね! あーあ、智也みたいな友達が欲しかったなぁ、僕友達いなかったからさ』


『ん? 俺を友達と思いたいなら思えばいいんじゃないか?』


『友達とか思ったら、迷惑じゃないかな?』


『思うのは自由だろ、まあ人それぞれ基準はあると思うがな』


『じゃあ僕は、勝手に友達って思っとくね』


『ああ、そうしろ』


『意地悪だね「俺は、もうとっくに友達だと思ってるぜ!!」ぐらい言ってよ』


『お世辞は苦手でな』


『智也って、モテないでしょ?』


『悪かったな』


知り合って間もないが、互いに心を通わせ始めた2人は、軽口をたたきながらも心地よさを感じていた。だが、そんな時間は長く続かない。



ヒューの存在が徐々に薄くなっていくのが智也にも分かった。




――――じゃあね智也、僕の心友。

―――――ああ、じゃあな、俺の心友。




智也はそっと目を閉じる。



そして。

小さく呟いた。





―――おやすみ。





朝、目覚めたとき誰かが


『おはよう!』


と、話しかけてくれることを願って。

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