第1話 ブロンズ野郎

 祭りのあとのような空間には、二人が取り残されていた。


 俺と司祭のような立派なローブを着た人物だ。


 状況もまったく理解できずに戸惑っている俺に、司祭が歩み寄ってきた。


「突然で驚かれるのも無理はありません。あなたは召喚されたのです」


「いや、まてまてまて。えっ! 嘘だろっ! 召喚とか! えっ!?」


 分かりやすいぐらいに戸惑いを加速した俺を見て、司祭が人差し指を床に向ける。


「これ魔法陣! ね? 『召喚』分かるでしょ?」


 こいつはこの説明で、俺が納得するとでも思っているのだろうか。


 どの角度からツッコミを入れてやろうか迷っていると、司祭が困った顔で。


「どうしましょうか?」


「どうしましょうかって、俺に相談しちゃうの……」


「あの、普通はですね。ギルドの方達が召喚者さんをお連れして色々と手配をしてくれるんです。普通は……」


 いちいち普通、普通って。

 この状況が、普通じゃないってのは分かった。


「なんで俺は、その普通どおりにいかなかったわけ?しかも、あんなに野次が凄かったのは、俺が男だからか?」


「まぁ、それもありますけど。一番の理由はあなたがブロンズだからです」


「ブロンズ?」


 そういえば、『ブロンズ野郎』って野次が多かったな。


「召喚者が現れるとき、魔法陣の色がとても重要なんです。光の色によって召喚者の強さが決まりますから」


「俺が召喚されたときの魔法陣の色が『ブロンズ』だったってわけか」


「はい。最低の色です」


 こいつ、マジ……ちょいちょい腹立つな。


「ブロンズで男となると……もう何ていうか、ゴミ以下……ブっ」


 本人を目の前にして、軽く吹き出しやがった!


「つまり、とても言いづらいのですが……あなたは用無しということで。置いてかれちゃったんですよ。それで私も凄く困ってます」


「いやいや、困っているのは勝手に召喚なんかされた俺だろうがっ!」


「仕方がないので、一緒にギルドまでいってお願いしてあげますよ。私だって、あなたにずっと構っている訳にはいかないので」


 こいつはなんで、まるで自分が被害者のように話せるのだろうか。

 

 やれやれ感を全力で出してくるスタイルに怒りがこみ上げてくる。

 

 がしかし、この状況で頼れるのはこいつしかいない。


「あの……、よろしくお願いします……」





 建物を出ると、青空が広がっていた。

 外の空気の気持ち良さに、思わず大きく深呼吸してしまう。


 気温は春先といったところだろうか。

 いま着ている夏用スーツには、ピッタリな陽気だ。


 そんな俺を一切構うことなく、とっとと歩きだす司祭。

 

 後ろ姿から、俺とのコミュニケーションを拒否しているオーラがしっかりと伝わってくる。


 そんなもんだから、俺は前を歩く司祭に、黙って付いていくしかない。

 

 レンガ作りの建物が見えてきた。

 中世ヨーロッパのような街並みだ。


 「へぇ〜、綺麗な街並みだな〜」


 わざとらしく大きめの声を出してみる。


 が、司祭のスタスタと歩くペースは変わらない。


 会話のキッカケを作る思惑も、空振りに終わった。


 状況を把握しきれていないのもあって、挙動不審なくらいキョロキョロとしてしまい、油断すると司祭を見失いそうになる。


 司祭はあいかわらず俺のことを気遣う様子もなく、自分のペースで淡々と歩いていく。

 

 しばらくすると、これまでの街並みにはなかった、明らかに豪華な屋敷が見えてきた。


 守衛だろうか。門の両脇には、二人の男が立っている。


「ギルド長にお会いしたいのですが」


「司祭様、どのようなご用件で?」


 すると司祭が初めて、俺の方を振り向いた。


「あっこいつ。さっきのブロンズ野郎じゃんか」


 守衛が眉間にしわを寄せた表情で、俺を見てきた。


「何とか……、引き取ってもらえませんでしょうか?」


 俺は捨て犬か……


「司祭様には悪いけど、無理だと思うぜ。だってブロンズ野郎だよ?」


「そこを何とか、ギルド長にお話を通してもらいたくお伺いしました」


やれやれ、といった表情で守衛の男の一人が屋敷へと歩いていった。


しばらくして、先ほどの守衛の男が戻ってきた。


「ギルド長からの伝言ですが『うちでは引き取れない』とのことです。すいませんね司祭様」


 ものすっごい面倒なモノを押し付け合っている様子を、気まずい心境で俺は眺めていた。


 司祭はあっさりと、屋敷をあとにした。


 もう少しぐらい、粘っても良いんじゃないかと思ったが……。

 あまりにもあっさりなので、それほどまでに交渉の余地がないのだろうと納得できた。


 『ブロンズ野郎』って、それほどまでに面倒な存在なのだろう。


 そのあとは、先ほどと同じように、ただ黙って司祭について歩く俺。


 すると、司祭が立ち止まり。


 「はぁ〜……、どうしたら良いのでしょう」


 大きなため息を吐きながら、俺の方に振り向いた。

 明らかに面倒なモノを見る目をした司祭。


 そんなガン見されても、俺が何か良い提案ができるはずもなく。


 なんか、俺が悪いことをしたような空気になっているのが、納得いかない。


 見つめ合ったまま、嫌な沈黙が、しばらく続く。


 沈黙を破って、司祭が口を開いた。


 「では、ここで……少し待っていてもらえますか?」

 

 何か、名案でも思いついたのだろうか。


 「あっ、はい。分かりました……」


 司祭はきた道を、スタスタと戻っていった。


 俺は道の端に積まれたレンガに腰をかけて、一息ついて空を見上げた。


「綺麗な青空だ。これ本当に異世界かよ」


 司祭が一言いって去ってから、だいたい2時間ぐらい経っただろうか。


 次第に空がオレンジ色に染まってくる。


「あ〜、あの野郎……やりやがったな」


——司祭が……バックれた。

 




 



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