俺、異世界召喚ガチャで大爆死したんだが
エイボン
プロローグ
爆死した……
——大爆死だ。
それが俺の『異世界召喚』だった。
*
「頼むっ! 10連ガチャ……来いっ!!」
スマホゲームのガチャには、物欲センサーというものがあるとか、ないとか。
どうせ当たらないわ……。
なんて、できる限り物欲を押さえ込んでいた時期もあった。
いまでは一周回って、全力で祈りるスタイルだ。
これほどまで、一本の指先に念を込めることがあるだろうか。
そして、画面をタップするときには、息を止める。
長年のガチャ経験から生み出された、俺流のジンクスだ。
息を深く吸い込んで……、緊張の一瞬だ……。
「——かぁ〜、虹演出なしっ! しかもブロンズかよ!!」
スマホを握った左手が、プルプルと震える。
いい歳した大人が部屋で一人「フゥー! フゥー!」いいながら、荒ぶる気持ちを押し殺している姿は、決して人に見られてはいけない。
「くっそ! ガチャ大爆死だわ!」
(まさかこの後、俺自身が大爆死することになるとは……)
いま俺は、ワンルームの角に置かれたベッドの上に寝転んでいる。
仕事が終わって、いつも通りにまっすぐ帰宅。
20代後半になるというのに。
やることといったら、スマホゲームぐらいだ。
学生の頃は、電車内でスマホゲームをやっているサラリーマンを、そりゃあ冷めた目で見ていたもんだ。
そんな自分が、まんまその通りのサラリーマンになるとは。
いまでは恥ずかしさなんて一切感じることもなく、電車内で堂々とスマホゲームをやっている。
これといった趣味もないので、空いた時間にやることといったらスマホをポチポチというわけだ。
なんて自虐ネタを言いつつも、俺にだって特別な日ぐらいある。
今日はなんと!
——俺がハマっているスマホゲームの『ガチャイベント開催初日』なのだ。
はいはい。もちろん彼女なんて存在もなし。
こんな自分に、涙はもう出ない。
ってか、そんなリアル世界の話なんてどうでもいい。
ここからが今日の本番なのだから。
ベットに寝転びながら、緊張のガチャを回す。
「くそっ! くそっ!! くそっ!!!」
「お前ら雑魚の低レアのキャラなんて、即効でまとめてエサにしてやる!」
少しでもガチャ爆死のストレスを解消しようと、雑魚キャラを合成しまくる。
「あと30連分ぶっぱなすっ!」
今月末の給料日まで、夜飯のメニューが『卵かけに飯』に決定した瞬間だった。
「こい! こい! 人権SSRキャラこい!」
今回のガチャイベントで実装されたのは、人権キャラと呼ばれるほどの強キャラで、何としても手に入れたい!
念を込めた人差し指で、画面をタップする。
「初回10連、……シルバーかよ」
ガチャが外れたかどうかは、タップしてすぐに分かってしまう。
スマホ画面に映し出される、魔法陣の光の演出で判断できるからだ。
まず一番の大当たりが『虹』だ。
虹を狙って多くのプレーヤーが、飯代を削ってまでガチャを回す。
魔法陣が虹色に光ろうものなら、いい歳した大人がはしゃぐ。
次にまだましなのが『ゴールド』
一瞬『虹か!?』と勘違いしてしまった場合は、無駄に一人でイラつく。
場合によっては使えるキャラが出るので、何とか平常心は保てる。
ここからが問題だ。
「シルバー」は見た瞬間に舌打ちが出る。
人間のDNAに太古から刻まれていたんじゃないかと思うほど、条件反射で「チっ!」となる。
んでもって、もしも魔法陣が『ブロンズ』に光った場合。
怒りの衝動で、スマホをぶん投げたくなる。
実際にぶん投げた奴を知っているし、俺自身もぶん投げたことがある。
ダサいことに、スマホの安否を気遣って壁ではなくベッドにぶん投げた。
しかし、掛け布団ではなくマットレスに投げてしまい、ビックリするほどバウンドした結果、壁に激突してスマホの画面が割れた。
——つまり、この『ブロンズ』に光ったら、ガチャ大爆死だ。
ブロンズの魔法陣から召喚されたキャラというのは、すぐ用無しとなる。
一度も活躍する機会すら与えられずに、即合成されたり、ときには捨てられたりする。
どんな気分なんだろうか。
ひどい仕打ちをされたブロンズキャラは。
リアルで考えたら、悲惨過ぎる運命だよな。
勝手に召喚されて、はいさよなら。って。
こんな無駄話をしている場合ではない。
残り20連の勝負が残っている。
「こい! 20連目、くっそ虹こないっ!」
ドクっ、ドクっと、心臓の鼓動が早くなっていく。
「本気のラスト10連……」
もちろんいままでも本気のつもりだが、ガチャの本気って一体何なんだ。
「頼むっ!最後の10連ガチャ……一生のお願い!」
これまで数えきれないほどしてきた一生のお願いを、懲りずに口にする。
「——んっ!? おっ! おおおおおおっ!! 来たのかっ!!! この光っ!?」
しかし、その光は、待望のガチャ演出ではない。
光っているのは、スマホの画面ではなく……
——自分の部屋だ。
異変に気が付いて、視線をスマホ画面から部屋のフローリングへ移すと、そこには『ブロンズ色に光る』魔法陣のような模様があった。
「えっ? 何だこの模様!」
すると、魔法陣から天井めがけて、強烈な光が放たれた。
視界を奪うほどの強烈な光が、部屋全体を包み込む。
「うわっ! 何だ!! マジかっ!!!」
ふと、スマホの画面に視線を戻すと、同様の『ブロンズ色の光』が!
「——ってか、最後のガチャ大爆死してるじゃねーかー!!!」
*
—— 同時刻 ——
大聖堂の大広間には、大勢の人が集まっていた。
「これより召喚の儀をとり行います」
司祭のような格好をした人物が、高らかに宣言をした。
全員の視線を集めるのは、床に描かれた大きな魔法陣。
騒ついていた空間に、沈黙と緊張が走る。
——すぅ〜っと深く息を吸い込む司祭。
装置に設置された水晶玉に両手をかざす。
両手の平に包まれた水鳥玉が、うっすらと光りだす。
それと同時に、大広間の床に描かれた魔法陣もうっすらと光りだした。
魔法陣から数メートルの距離を空け、多くの野次馬が詰めかける。
一同息を飲み、魔法陣の中心を見つめる。
床に描かれた魔法陣から、色のついた光が漏れ出して来た。
「——あれ、ブロンズじゃね?」
がっかり……、と言わんばかりの声の低いトーンで誰かがつぶやく。
大広間全体が、大きなため息がこだまする。
「あーあ、やったなコレ……」
ため息を吐ききった口からは、次々と野次が飛び出してくる。
魔法陣の光が急激に強まり、天井めがけて強烈な閃光が解き放たれた!
床と天井を繋ぐ『ブロンズの光の柱』が出現。
そして光の柱の中に、人影が……
*
「——ガチャ大爆死してるじゃなーかー!!!」
叫び声をあげながら、床に落下して尻もちをつく。
「っつ、痛たた……なんだ……ベッドが無くなっている?」
強烈な光で霞んでいた目が、しだいに回復してきた。
周りを見渡して、明らかに自分の部屋ではないことはすぐに分かる。
目の前には、大勢の人がごった返していた。
「えっ! 何だ!? えっ……えーーーーーーー!!」
状況がまったくつかめないが、視線を一点に集めているのが自分だというのは分かった。
しかもその目線というのが、それはそれは冷たい目線だった。
「ブロンズ野郎とか、っざけんなよ!」
「ったくよー、チ○コ召喚者なんかいらねーんだよっ!」
大広間内が、野次で埋め尽くされた。
「可愛い幼女をよこせコラーっ!」
アクロバティックな野次も聞こえてくる。
「解散だな、こりゃ」
「解散! 解散!」
俺を中心にごった返していた人混みが、あっという間に大広間から出ていった。
こうして俺の異世界召喚はまさに。
『召喚ガチャ大爆死』で始まったわけだ。
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