俺、異世界召喚ガチャで大爆死したんだが

エイボン

プロローグ

爆死した……


——大爆死だ。


それが俺の『異世界召喚』だった。





「頼むっ! 10連ガチャ……来いっ!!」


 スマホゲームのガチャには、物欲センサーというものがあるとか、ないとか。


 どうせ当たらないわ……。


 なんて、できる限り物欲を押さえ込んでいた時期もあった。


 いまでは一周回って、全力で祈りるスタイルだ。


 これほどまで、一本の指先に念を込めることがあるだろうか。


 そして、画面をタップするときには、息を止める。


 長年のガチャ経験から生み出された、俺流のジンクスだ。


 息を深く吸い込んで……、緊張の一瞬だ……。


「——かぁ〜、虹演出なしっ! しかもブロンズかよ!!」


 スマホを握った左手が、プルプルと震える。


 いい歳した大人が部屋で一人「フゥー! フゥー!」いいながら、荒ぶる気持ちを押し殺している姿は、決して人に見られてはいけない。


「くっそ! ガチャ大爆死だわ!」



(まさかこの後、俺自身が大爆死することになるとは……)



 いま俺は、ワンルームの角に置かれたベッドの上に寝転んでいる。


 仕事が終わって、いつも通りにまっすぐ帰宅。


 20代後半になるというのに。

 やることといったら、スマホゲームぐらいだ。


 学生の頃は、電車内でスマホゲームをやっているサラリーマンを、そりゃあ冷めた目で見ていたもんだ。


 そんな自分が、まんまその通りのサラリーマンになるとは。


 いまでは恥ずかしさなんて一切感じることもなく、電車内で堂々とスマホゲームをやっている。


 これといった趣味もないので、空いた時間にやることといったらスマホをポチポチというわけだ。


 なんて自虐ネタを言いつつも、俺にだって特別な日ぐらいある。


 今日はなんと!


 ——俺がハマっているスマホゲームの『ガチャイベント開催初日』なのだ。


 はいはい。もちろん彼女なんて存在もなし。


 こんな自分に、涙はもう出ない。


 ってか、そんなリアル世界の話なんてどうでもいい。


 ここからが今日の本番なのだから。


 ベットに寝転びながら、緊張のガチャを回す。


「くそっ! くそっ!! くそっ!!!」


「お前ら雑魚の低レアのキャラなんて、即効でまとめてエサにしてやる!」


 少しでもガチャ爆死のストレスを解消しようと、雑魚キャラを合成しまくる。


「あと30連分ぶっぱなすっ!」


 今月末の給料日まで、夜飯のメニューが『卵かけに飯』に決定した瞬間だった。


「こい! こい! 人権SSRキャラこい!」


 今回のガチャイベントで実装されたのは、人権キャラと呼ばれるほどの強キャラで、何としても手に入れたい!


念を込めた人差し指で、画面をタップする。


「初回10連、……シルバーかよ」


 ガチャが外れたかどうかは、タップしてすぐに分かってしまう。

 スマホ画面に映し出される、魔法陣の光の演出で判断できるからだ。


 まず一番の大当たりが『虹』だ。

 虹を狙って多くのプレーヤーが、飯代を削ってまでガチャを回す。

 魔法陣が虹色に光ろうものなら、いい歳した大人がはしゃぐ。


 次にまだましなのが『ゴールド』

 一瞬『虹か!?』と勘違いしてしまった場合は、無駄に一人でイラつく。

 場合によっては使えるキャラが出るので、何とか平常心は保てる。


 ここからが問題だ。

 「シルバー」は見た瞬間に舌打ちが出る。

 人間のDNAに太古から刻まれていたんじゃないかと思うほど、条件反射で「チっ!」となる。


 んでもって、もしも魔法陣が『ブロンズ』に光った場合。

 怒りの衝動で、スマホをぶん投げたくなる。


 実際にぶん投げた奴を知っているし、俺自身もぶん投げたことがある。

 ダサいことに、スマホの安否を気遣って壁ではなくベッドにぶん投げた。


 しかし、掛け布団ではなくマットレスに投げてしまい、ビックリするほどバウンドした結果、壁に激突してスマホの画面が割れた。


 ——つまり、この『ブロンズ』に光ったら、ガチャ大爆死だ。


 ブロンズの魔法陣から召喚されたキャラというのは、すぐ用無しとなる。

 一度も活躍する機会すら与えられずに、即合成されたり、ときには捨てられたりする。


 どんな気分なんだろうか。

 ひどい仕打ちをされたブロンズキャラは。


 リアルで考えたら、悲惨過ぎる運命だよな。

 勝手に召喚されて、はいさよなら。って。


 こんな無駄話をしている場合ではない。

 残り20連の勝負が残っている。


「こい! 20連目、くっそ虹こないっ!」


 ドクっ、ドクっと、心臓の鼓動が早くなっていく。


「本気のラスト10連……」


 もちろんいままでも本気のつもりだが、ガチャの本気って一体何なんだ。


「頼むっ!最後の10連ガチャ……一生のお願い!」


 これまで数えきれないほどしてきた一生のお願いを、懲りずに口にする。


「——んっ!? おっ! おおおおおおっ!! 来たのかっ!!! この光っ!?」


 しかし、その光は、待望のガチャ演出ではない。


 光っているのは、スマホの画面ではなく……


 ——自分の部屋だ。


 異変に気が付いて、視線をスマホ画面から部屋のフローリングへ移すと、そこには『ブロンズ色に光る』魔法陣のような模様があった。


「えっ? 何だこの模様!」


 すると、魔法陣から天井めがけて、強烈な光が放たれた。


 視界を奪うほどの強烈な光が、部屋全体を包み込む。


「うわっ! 何だ!! マジかっ!!!」


 ふと、スマホの画面に視線を戻すと、同様の『ブロンズ色の光』が!


「——ってか、最後のガチャ大爆死してるじゃねーかー!!!」





—— 同時刻 ——


 大聖堂の大広間には、大勢の人が集まっていた。


「これより召喚の儀をとり行います」


 司祭のような格好をした人物が、高らかに宣言をした。


 全員の視線を集めるのは、床に描かれた大きな魔法陣。


 騒ついていた空間に、沈黙と緊張が走る。


 ——すぅ〜っと深く息を吸い込む司祭。


 装置に設置された水晶玉に両手をかざす。


 両手の平に包まれた水鳥玉が、うっすらと光りだす。


 それと同時に、大広間の床に描かれた魔法陣もうっすらと光りだした。


 魔法陣から数メートルの距離を空け、多くの野次馬が詰めかける。


 一同息を飲み、魔法陣の中心を見つめる。


 床に描かれた魔法陣から、色のついた光が漏れ出して来た。


「——あれ、ブロンズじゃね?」


 がっかり……、と言わんばかりの声の低いトーンで誰かがつぶやく。


 大広間全体が、大きなため息がこだまする。


「あーあ、やったなコレ……」


 ため息を吐ききった口からは、次々と野次が飛び出してくる。


 魔法陣の光が急激に強まり、天井めがけて強烈な閃光が解き放たれた!


 床と天井を繋ぐ『ブロンズの光の柱』が出現。


 そして光の柱の中に、人影が……





「——ガチャ大爆死してるじゃなーかー!!!」


 叫び声をあげながら、床に落下して尻もちをつく。


「っつ、痛たた……なんだ……ベッドが無くなっている?」


 強烈な光で霞んでいた目が、しだいに回復してきた。


 周りを見渡して、明らかに自分の部屋ではないことはすぐに分かる。


 目の前には、大勢の人がごった返していた。


「えっ! 何だ!? えっ……えーーーーーーー!!」


 状況がまったくつかめないが、視線を一点に集めているのが自分だというのは分かった。


 しかもその目線というのが、それはそれは冷たい目線だった。


「ブロンズ野郎とか、っざけんなよ!」


「ったくよー、チ○コ召喚者なんかいらねーんだよっ!」


 大広間内が、野次で埋め尽くされた。


「可愛い幼女をよこせコラーっ!」


 アクロバティックな野次も聞こえてくる。


「解散だな、こりゃ」


「解散! 解散!」


 俺を中心にごった返していた人混みが、あっという間に大広間から出ていった。


 こうして俺の異世界召喚はまさに。


『召喚ガチャ大爆死』で始まったわけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る