第3話 実験奴隷、死亡する?!
拷問間と兵士の男は階段上にある実験室のような所に僕を連れ込むと、手際良く四肢をベッドに固定する。
部屋の中は薬やら大型の器具やら……明らかに人体を切断するんじゃね? と言うような大型の道具なんかが並んでいる。
「ラオバスさんの指示によると……21番の毒か。」
拷問官は階段上で読んでいた書類に指を走らせる。
毒!?
どうやら、僕はここで毒殺されるらしい。
拷問官が天井から床まで伸びた棚に無造作に置かれている瓶や壺から該当の毒を探している。
彼はあまり文字を読むのが得意では無いらしい。一つごとに、しっかりと指さし確認をしながらラベルを確認して行く。
僕は、思わずその棚に目を滑らせ、№21番を探す。
【鑑定】
名前:毒№21番
成分:テトロドトキシン
テトロドトキシンってふぐ毒の事じゃんっ!?
ちょ、それを飲ませる気!?
そんなもん飲まされたら窒息死するわ!!
ヒトの経口摂取による致死量はたったの2~3mg!! 青酸カリの850倍だ。
毒の中でも、5段階評価で最も毒性が高い「猛毒」に属するものである。
しかも、この毒の恐るべきところは解毒薬が無いと言う事も上げられる。
テトロドトキシンはかなり複雑な上に、安定している分子構造をしているため、例え300度と言う高温でも分解されないのだ。
唯一、その毒を解毒化できているのが石川県のご当地グルメである「フグの卵巣のぬか漬け」だ。
フグの卵巣を塩漬けしてから、糠漬けにすることで、テトロドトキシンを無毒化している奇跡の食品である。
だが、そのメカニズムは完全に解明されてはいない。
おそらく塩漬け1年間と糠漬け1年以上の間に、極限状態で生息する微生物群による干渉現象が起きており、有機物の一種であるテトロドトキシンの分解や毒性の抑制に一役買っている。
……と言う事がメタゲノム解析によって明らかにされた、としか分かっていない。
流石にこの状態で、そんな知識があっても、あの毒を無毒化させるには時間も機材も足りなさすぎる。
と、その棚の中でかなり下の方に雑に置かれている大豆くらいの大きさの小石に目が吸い寄せられた。
【鑑定】
名前:魔蓄石(緑)
性質:風属性の魔力が籠っており、新鮮な空気を出す。
名前:魔蓄石(青)
性質:水属性の魔力が籠っており、新鮮な水を出す。
名前:魔蓄石(赤)
性質:炎属性の魔力が籠っており、小さな炎を出す。
名前:魔蓄石(透明)
性質:光属性の魔力が籠っており、小さな光を出す。
……魔法のアイテム?
しかし、僕が逃亡方法を思いつく前に拷問官の死刑宣告が響く。
「よし、この壺だな。」
拷問官は、ようやく該当の21番……ふぐ毒の瓶を見つけ出したのだ。
そして、迷いも躊躇もなく、その薬を僕の口の中にねじ込む。
「んーっ!! んーッ!!」
「さっさと飲み込め。」
僕は、必死に飲み込まないように毒を口から押し出そうとするんだけど、男達が僕の口をガッシリ押さえていて吐き出す事を許さない。
しかも、鼻までつまむもんだから、まともに呼吸ができない!
……ごくん。
「げほっ、ごほっ、げはっ!!」
の、飲み込んじゃった!?
僕が薬を無事嚥下した事を確認すると、男たちが手を放す。
ああもう時間が無いっ!!
僕は男達の手が離れたのを良いことに、変身移動で拘束から抜け出すと、棚に置かれていた大豆程度の大きさの魔蓄石を大急ぎで口に含む。
「あっ! このっ!! 何してやがる!」
「おいおい、こんなクズ石を喰ってやがるぜ? 気でも狂ったのか?」
男達の笑い声が響いた。
く、体が、どんどん、痺れてきた……!
舌が……指先が……そして、横隔膜が……
「はっ……はひゅっ……はっ……」
麻痺してきて、飲み込むのが……キツイ……
ごく、ん。
のみ、こめ、なく……ても……
喉の奥に小石が留まっているが、もう、舌が痺れて動かない。
いや、舌だけじゃない。
身体がマヒして全く動かない。
もちろん、横隔膜も。
……息が……できない。
ぷしゅ~……
僕の最後の呼吸が途切れた。
男達は、まるで壊れた玩具を片付けるように、弛緩しきった僕の体をベッドに横たえる。
フグ毒テトロドトキシンは全身を麻痺させるけれど、意識の方を速攻奪ってくれるタイプの毒ではない。
僕は、酸欠による血流内の酸素濃度が低下するまで、意識が途切れないのだ。
何だろう……この、転生を自覚した直後、死亡確定とか。「第一話が最終回」って言うコントかよ。
運命にケチをつける気力は残っていても、徐々に毒が回っていっているみたいだ。
当然、まぶたを持ち上げる事もできないし、聞こえる音も徐々に小さくなっていっている。
暫くすると、別のオッサンが部屋に入って来たらしい。
何やら、年取った男の笑い声が聞こえた。
「キシシシシシ……
指示通りアテクシがフクフク魚から取った21番の毒を使ったんじゃな。」
「はい、ラオバス様」
「ふむ。」
男の筋張った指が僕の全身を丹念にまさぐる。
何やら脈と呼吸を調べているようだが、この頃には触られている感覚すらほとんど消えていた。
「キシシ……死んだか。死亡日時はきちんと記録しておくんじゃぞ。」
「はい。」
「遺体はいつもの安置所で良いじゃろ。」
そして、そのまま僕の遺体は死体安置所へと移され、どさっと乱暴に投げ出される。
男達は、これにて仕事完了、とばかりにそこから立ち去った。
そして、僕の感覚は完全な漆黒に包まれた。
どのくらい時間が経過したのだろうか……。
「ぐ……ふっ、ごほっ、げほっ……!」
はい、どうも~、おはようございまーす。
「ぷはっ!! すー……はー……」
僕は、ゆっくりと麻痺していた横隔膜を動かす。
よし、動く。動く。
ふ、ふ、ふ。
ようやく動けるようになった僕は、肺いっぱいに新鮮な空気を取り込み、死体安置所でニタリと笑う。
いやー、まさか、あの咄嗟の判断が本当に成功するとはね!
ぺっ!
僕は、喉の奥に引っかかっていた小さな石を吐き出す。
【鑑定】
名前:魔蓄石(緑)
性質:風属性の魔力が籠っており、新鮮な空気を出す。
それを再度確認して、ほっと、ひと息ついた。
本来、フグ毒テトロドトキシンを誤って摂取してしまった場合、胃洗浄などをして毒を体外に排出するしか助かる方法がない。
しかし、この毒……実は、単に「麻痺」を起こしているだけで、細胞そのものをテトロドトキシンが攻撃して破壊しているわけではないのだ。
極論を言えば、毒を飲んで呼吸停止してしまっても、間髪入れずに人工呼吸を行い、テトロドトキシンの麻痺効果が無くなるまでの間、ずっとそれを続ける事ができれば、助かるのである。
原理的には。
昔、好きだったアニメで見た記憶が蘇る。
僕は吐き出した小さな石がぷしゅ~、ぷしゅ~、と一定のリズムで空気を送る音を指の隙間から感じる。
まさに、間一髪。
使い方なんてわからなかったけど、あの時、口に含んだ瞬間に空気の流れを感じることが出来て、僕は少しだけ希望が湧いたのだ。
予想通り、飲み込んでしまっていても
まぁ、大分麻痺が回ってきていたせいで、胃まで石が行く前……喉の奥の方で引っかかってくれていたのも功を奏したようだ。
ふぅ。アイツ等が、毒の特性を知らなくて良かった。
一息ついた僕は、ふと周りを見回す。
どうやら「死体安置所」の、名前に間違いは無い様だ。
「……っ! おえぇぇぇっ!!」
お、思わず吐き戻してしまった。
冷静になると、ある種独特なニオイが胃袋をひっくり返そうと押し寄せて来る。
ずらりと居並ぶ遺体の山は恐らく、僕と同じ【
あの拷問官や兵士とは違う僕と同じ縮尺サイズの大人や子供の遺体。
腐敗が始まっているが、並んでいるご遺体は、記憶の中のお父さんと同じ特徴的な黄緑色の髪の色。
そして青白い素肌。
……たぶん、血が通えば記憶と同じような透き通るような肌の色になるのだろう。
僕は、震える身体を叱り飛ばし、何とか出入口らしき扉へと歩みを進める。
幸い、足の痛みはほとんど無い。
まだ痛覚マヒが残っているって事は、あれから2日以上は、経過していないはずだ。
【鑑定】
名前:№021
状態:ステイタス異常
「感覚麻痺:痛覚(大)・味覚(大)……魂が砕けた事による。効果:半日」
etc……以下略
痛みを感じ無いのも、あと、半日か……
急ごう……!
でも、さっき見つかっちゃったようなミスはしないようにせねば……!
警戒しながら進むも、ここには、流石に人が張り付いている事は無いらしい。
廊下側へ出て、真剣に周りを観察する。
どこか抜け出せる隙間でも無いかな~?
目を皿にすると、通気口の開いていた壁の下の方には外側へ抜けられそうな溝が有るではないか!
もしかして、これ、用水路?
用水路、と呼ぶにはちょっとお粗末だが、確かに水を外に流せるような構造になっているようだ。
むしろ、下水路かな?
しかし、頭を地面に擦り付けるようにしてのぞき込めば、奥に明るい光が見える!
よっしゃー!! 神様ありがとうっ!
壁を雑にうがった下水路に手を突っ込む。
こんな時は小さな細い腕がありがたい。
難なく二の腕まで通すことができる。
手で触れた感じだと、壁の向こう側は一応、地面が広がっているようだ。
手ひらから伝わる感覚は、ひやりとした石。溝の内側と同じ冷たさだ。
これなら、壁の向こう側へ変身移動ができそう。
そう考えて、頬を緩めた瞬間だった。
カツ、カツ、カツと言う足音が遠くから響いた。
!?
心臓の三段跳びが炸裂する。落ち着け、マイ・ハート。
誰かは分からないが、ここに人が近づいてくる音がする!!
この先は例の「死体安置所」だ。
しかも、明らかに腐敗が始まっているようなご遺体も大量に存在している。
そんなところに用のある人間など、ろくでもない目的のヤツに違いない。
僕は、迷いも躊躇もワンピースと一緒に脱ぎ捨て、小さく丸めたそれを右手に握りしめる。
全裸のまま、四つん這いで用水路に可能な限り右腕を突っ込み、
変身! と、心の中で叫んだ。
集中するのは、右手羽先の布だ。
かつん、こつん、と響く足音を置き去りに、僕の身体は壁の向こう側へとすり抜けた。
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