第4話 逃亡奴隷、獣人に助けを求める。

 寒ッ!!


 あー、やっぱり、小鳥の身体になると、体温が急上昇でもするのか?

 外気温がめっちゃ寒く感じるんだよね。


 汚水や下水を流す用水路に押し込んだボロ雑巾は「服」と呼ぶには無残な仕様に磨きがかかっているが、致し方なし。


 さくっと人間の姿に戻って、周りに人が居ない事を確認すると、急いでワンピースを被る。


 そして、改めて見回した世界は、びっくりするほど、異世界だった。

 何だココ!?


 地平線まで広がる広大な大地には緑が広がる。

 その地面に無数に突き刺さるビル、のような……角材を無造作に突き刺した形状の不思議な台地。


 まぁ、一つ一つは、ビルと呼ぶには大きすぎるのだろう。

 屋上に当たる部分には、こんもりとした森や、砦のような城が築かれているものまである。

 その柱を中止に裾野に広がる街らしき人工物。


 視力0.5なのが惜しい。

 日本では、まず目にしない絶景だ。


 振り返ると、ココもたくさん生えている断崖絶壁台地の一つであるらしい。

 その側面に突き出した階段の一部のようだ。


 僕が居た地下牢は、地中ではあるものの、地下ではなく、地上数十メートル部分だったみたいだ。


 この、屹立する角材のような土地を穿って地下牢を作ったのだろう。


 そして、この壁面部分に、かなり巨大な階段代わりの石が等間隔にくるくると螺旋を描いている。


 この階段、一段、一段の高さは僕の身長程にもなる。

 でけぇ…!


 そろり、そろり、と下り始めるが、これ、なかなかアグレッシブで怖いですよ!?


 だって「階段」とは言っても、絶壁に、こう、板替わりの岩をどすっと「ぶっ刺しただけ」の代物なのだ。

 強風が吹いたら、ふっ飛ばされそう!

 しかも、この高低差! 左足がへにゃへにゃな僕には、かなりキツイ。


 半分、ダメージ上等! で、ずり落ちながら進んでいるんだけど……


 ずりずり……どべちっ!

 ぞりぞり……ごへちょっ!


 うぐぅ……痛覚麻痺とは言え、流石にこの調子でくだるのはキツイでござる。

 十数段も下ると両手両ひざとも、打ち身と擦り傷だらけになってしまった。


 でも、他に方法も無いしなぁ……。

 痛みを感じないチートタイム、有効に使わねば。


 と、そんな僕を後目に、目の前をワイヤーのような物で吊るされたカプセル状の乗り物がするするする~、と上にあがって行く。

 一瞬、ヒヤッとした感覚が胸を走り抜け、無意識に体を縮めた。


 とっさに【鑑定】をしてみると、こんな半透明の文字が現れる。


 【鑑定】

 名前:魔道エレベーター

 特徴:上り専用・貴族用(定員:3名)


 わーぉ、貴族とか居るんだァ……。


 確かに、エレベーターには、一人の男性の影が有る。

 この人が、貴族なのだろう。

 あの兵士さんや拷問官と違い、ゴージャスな衣類に身を包んでおり、ふわふわの金髪ウェーブの髪には、キューティクルが輝いている。

 ……後ろ姿が見えるだけで、心音がうるさいくらい主張する。


 こっち見るな、こっち見るな~!


 僕の願いが通じたらしく、貴族さんは遠くの景色を眺めており、僕とは眼も合わないどころか、顔も見えなかった。

 まぁ、こんな絶壁階段の隅っこに逃亡奴隷が潜んでいるとは考えていないのだろう。


 ふぅ。……セーフ!!



 両手両足にダメージを蓄積しながら、しばらく進むと、少し広い踊り場のような所が見えてきた。


 ざわざわと人の動く音がする。


 ん? だけど、何だ……この臭い。

 アンモニアが醗酵したような、かなりの悪臭が立ち込めている。


 こそこそ覗くと、其処で作業している人たちには、全員、狐のようなしっぽが生えているではないか!!

 ただ、頭には手ぬぐいを巻いてるから、狐耳が生えているかどうかは分からない。


 この人たちは……?

 思わず、リーダーらしき男性に【鑑定】を発動させる。


 名前:ゴムレス

 技能:【変身:赤炎狐レッドフォックス族】…赤い狐に変身できる。

 特徴:真面目・堅物


「おい、どうだ? 下肥の汲出しは。」


「へい、順調でさ、おかしら。あと半分くらいでさ。」


 どうやら、お頭と呼ばれたこの赤い髪の男性がゴムレスさんと言うらしい。

 他のメンバーさんより、一回り大きいがっしりした体つきをしている。


「まだ半分も残ってやがるのか? 

さっき貴族の旦那様の乗り物が上がってったからなァ。

急がねぇと門番の野郎がまたイチャモンつけてくるぜ。ただでさえ、ここの連中は、俺たち獣人けものびとに辛辣なんだからよ。」


「それはそうですね、お前たち! 全力で汲み取れィ!!」


「「「へい!!」」」


 副長さんらしき、青い髪のお兄さんの掛け声で、若い作業員の動きがアップする。


 ……日本で言うゴミ回収業者さんみたいな方々かな?


 「下肥」と言うからには、多分、回収しているのは、尿やう○こ。

 そりゃ、臭う訳だ。


 この台地、最上部が貴族さんの住居、地下に牢、そして、ゴミや糞尿はさらに下に貯まるような構造になってるのかな?

 階段から、台地の中へ続く扉の中から、いくつも樽を運び出している。


 彼等が荷物を積み込んでいる先には、さっきの貴族さんが乗っていた物とは明らかに作りが違う箱状のエレベーター。


 貴族用あちらは、曲線を多用したフォルム、装飾も施され優雅で洗練された雰囲気だったのに対し、こちらは実用一辺倒。


 パッと見、高層ビルとかで窓ふきに使うバスケット……を、木製にして、さらに使い古しました、って感じ。


 屋根も無いし、操作盤みたいなものも剥き出しだ。


 鑑定してみると、


 名前:魔道ゴンドラ

 特徴:下り専用・作業用(定員:10名)


 となっている。

 作業員は5人程度だが、すでにゴンドラの三分の一は臭気を放つ樽が占領している。


 この人たちなら、僕の逃亡に手を貸してくれないかな?

 一応、変身が出来るって事は、同じ獣人けものびとみたいだし。


 このまま、何段あるか見当もつかない階段を、ダメージ蓄積しながら下って行くより生存率が高いかもしれない。


「ァ、~す、セ…げほっ、けほっ、けほっ……」


 『すいません』 と、声を掛けたつもりだったのだが、擦れて殆ど音が出ない。

 むしろ、肺の奥でゼロゼロ言う淡と、ヒューヒュー空気の漏れる音の方がうるさい。


「はぁ、はぁ……はぁ……」


 あー、そっか。

 拷問受けてた時に泣き叫び過ぎて声が枯れたのか?


 これは、根性入れて発声しないと、相手に聞こえないな。


「す、ずびば、ぜ~んっ!」


「……何だァ?」


 僕の擦れた声に、お頭さんがキョロキョロと瞳を巡らせる。


「あのっ、ぼくを、タスケて、いただけ、ま、センか?」


 その声に、ようやく階段の数段上でうずくまる僕の姿を認めたのだろう。

 目が合うと、ぎょっとした顔をした後、ゆっくり階段を上って近づいてくる。


 ……って、デケェ!!!

 何、このおっさんも巨人?? 縮尺おかしくない!?


 このおっさんのサイズだと、この巨大な階段が普通の階段にしか見えない。

 僕の身長はこのおっさんの膝下くらいなのだ。


 うおぉ、この、皮が分厚くなった労働者の手!!

 僕の顔より、おっさんの握りこぶしの方がデカいぞ!?


 すぐ傍まで来たおっさんは、首を傾げて僕を見つめる。


「こんな所に小人族のガキ?」


 小人族? 

 あれ? これ、おっさんが巨人な訳ではなく、僕が……いや、僕達『黒小鳥ブラックロビン族』が小さいんだ。

 このおっさんが標準的な人間サイズだとしたら、僕は身長30~40センチ程度といったトコロか。リカちゃん人形の倍くらいかな?

 黒小鳥ブラックロビン族って例え大人でも60センチくらいにしかならないんじゃないかな?


そんな事を考えていると、おっさんの手が伸びてくる。


「ひっ!」


 ぐわしっ!


 おっさんは、片手で僕の胴体を掴むと、コップでも持ち上げるように軽々と僕の身体を持ち上げる。


 そ、そう言う持ち上げられ方は、生まれて初めてだから!!

 やさしくっ!! 優しくしてぇっ!


 おっさんは、くいっと、僕の被っているワンピースの襟元を引っ張り眉根を寄せる。


「こいつぁ、ココの伯爵様の奴隷印じゃねぇか?」


 どうやら、あの腰にあった焼き印……右の鎖骨付近にも同じものが有るようだ。

 いくつ押してんだよ、人の身体に! 一回押せば十分だろうに!


 おっさんの声に、青い髪の副長らしき男性も僕を見つめて、嫌そうに顔を歪めた。


「おかしら、厄介なモン拾わないで下さいよ。

奴隷を盗んだ、なんて悪評立てられたら、商売あがったりでさァ。」


「わかってるさ。」


 うん? これは……風向きが怪しい?


「コレは下り専用だから、下まで行ったら門番の野郎に引き渡せば良いだろう。」


 引き渡す!?

 いやいや、ちょっとそれは勘弁してくださいよ!


「イや、デス、ぼく、あそこ、戻った、ら、殺され、マス!」


 助けて、お願いっ!!

 両手を合わせて必死に懇願するも、おっさんたちは聞く耳を持たない。


 鬼―! 悪魔ーっ!! 冷血漢っ!!


 こんな傷だらけの子供の命がけの懇願を聞けないなんて、お前の血は何色だよっ!!

 ご自身の業務に忠実で真面目なのは評価できる点かもしれないけど、人としての格付けは最低だーっ!!


 あああああ、ココまで来てスタートに戻るのは嫌ぁぁぁっ!

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