第2話 実験奴隷、逃亡失敗する。

 瞳の先に映る小さな空を見上げてニンマリとした笑みがこぼれる。


 よし、変身だ!

 ……と、構えた段階で、ぽふゅっと音を立て、僕の身体は小鳥の姿へと変化した。


 どうやら「変身したい」と思えば、掛け声不要で変身できるらしい。

 ありがたや。

 うん、呼吸するのと大差ない感覚だな。


 がちゃん、ぱさっ。


 僕の身体が縮むと同時に、鉄製の首輪と着ていたボロ布が床に落下する。


 よし、これで!

 両腕をパタパタ動かす。

 パタタタタタ~……僕の身体は華麗に宙を……





 舞わないッ!!

 ……無理ィっ!!!

 さ、寒ッ!!!


 ぺひゅぅ。


 マヌケな音を立てて、人間の姿に戻った僕はでした。


 おぉぅ……体も傷や痣がヒデェや……予想はついていたけれども!

 女の子の身体になんて事をしてくれる!

 あ、ウエスト部分に奴隷の焼き印らしきものまで入ってる……とほほ。


 骨が浮き出るほど痩せ細った身体を見ていると寒さが増してくるような気がする。

 雑巾以下のボロ布でも、無いよりマシ。無いより。

 そそくさと脱げ落ちていたワンピースを着込む。


 まぁ、そりゃ、そーですよねぇ~。

 僕は自分の小さい手足を見て大きなため息をついた。


 変身は、できた。

 無事、小鳥の姿になれた。


 だが、悲しいかな、僕の今の身体は完全に子供のものだったのだ。

 人間だと何歳だろう? 小学校低学年くらいかな?


 でも、小鳥の姿になると、完全無欠に「ヒナ」状態だったのである!


 小鳥と言ってもさ、カルガモとかウズラのヒナは卵から孵って直ぐに親の後をついて歩けるじゃん?

 かわいいじゃん? ぴよぴよ・もふもふじゃん?


 だけど、ツバメとか、タカみたいな「生まれてから巣立つまで、ほとんど巣から出ないタイプ」のヒナって、ある程度大きくなるまで、羽毛も無くて、ずるむけじゃん?

 かわいいって言うより、可哀そうな感じじゃん?


 はい、僕の形状は後者でしたぁぁ!!!


 空を飛ぶなど、夢のまた夢!

 小鳥の姿になってしまえば、羽毛一つ無いような、まピンクの身体。

 歩行すら困難! 全力で、もがいても……転がる事が精いっぱい!


 おかしいな……

 鳥マニアの友人が、産毛も無いような状態のヒナは、人間でいう新生児くらいって言っていたのに……せめて、そっちの姿も、もうちょっと育っててくれよ……!


 くっ……

 僕の綿密かつ完璧なザルすぎる逃亡計画が!

 思わず、石畳の床に手を叩きつける。


 だん!

 ……かちゃん。


 ん?


 右手に硬質なものが当たって小さな音を立てた。

 あ、外れた首輪だ。


 コレ、良く見ると、鍵穴は溶接されている。

 本来は、どちらかを切り離さないと外れない仕様なんだよね。

 そう、この首輪そのものか、僕の首を。


 この世界……とことん人権さんの息の根を止めに来てるなァ……


 ……あ! 待てよ?


 今の僕……例え小鳥に変身したとしても飛んで逃げる事は、できない。

 だけど、「変身」を「単に体を小さくする事ができる能力」と考えたら行けるんじゃないかな?


 そう! この、首輪をするっと外したように!


 視線の先の鉄格子。

 当然だが、碁盤の目が狭すぎて、人間の姿で通り抜けることはできない。


 しかし、子供の手のひらサイズである小鳥の姿ならばどうだろう?

 ころりと一、二回転くらいすれば鉄格子の向こう側に出れるのでは?!


 早速試そう!!


 どげしゃっ!!


 勢い勇んで鉄格子に駆け寄ろうとしてコケたでござる。

 うぅ、左足の感覚がおかしいなぁ……。


 じっと自分の下半身を見つめると、驚愕の事実が浮かび上がってきた。


 【鑑定】

 名前:№021

 状態:ステイタス異常

 「感覚麻痺:痛覚(大)・味覚(大)……魂が砕けた事による。効果:2日」

 「下肢損傷(左足):移動にペナルティ」

 「発熱:行動にペナルティ」

 「下痢:行動・体力回復にペナルティ」

 「弱視:目を使う技能にペナルティ」

 「円形脱毛症:魅力値にペナルティ」

 「皮膚炎」「打ち身」「打撲」「火傷」「裂傷」etc……


 ふぁっ!?


 待って!?

 ゲームみたいな表現満載だから実感湧きにくいけど、僕、ヤバくない!?

 これ、軽く死にかけてないかなっ!? 


 つーか、魂ィィ!! 

 くだけてるんかーいッ!?

 それ、絶対アカンやつじゃん! 絶対アカンやつじゃん!!


 え? もしかして……そのせいで『長野 令ぼく』の人格が蘇っちゃった訳?


 こんなにボロボロなのに、あんまり痛みは無いな~、と不思議に思ってたよ!!

 それって、ショックで麻痺してるだけなのねっ?!


 ……い、急ごう。


 感覚が戻ったら、逃げ出す気力が残っているか疑問だ。


 痛みが麻痺していたとしても、左側に体重をかけると、バランスを崩してしまうことに違いはない。

 なるべく、右足に体重をかけてひょこ、ひょこ、と移動する。


 鉄格子にぴったりと身を寄せて可能な限り廊下側をのぞき込むと、特に見回りなどはいない様だ。


 ラッキー。


 僕は、急いでボロ布を脱ぎ、それを鉄格子の隙間から廊下側へ押し出す。

 そして、鉄格子の一番下から右腕だけ廊下側の床に出し、ボロ布に触れた状態で変身した。


 おお、視界が一気に変わる。


 鉄格子の黒が、大きく視界の端に映り込む。完全にくぐれそうなサイズ感だ。

 右手……いや、右の手羽先がまだボロ布に触れている。

 これで、この布側に転がって、変身を解けば、人間に戻った僕が廊下に居る、と言う寸法ですよ。ふふふ。


 ……て、あれ?

 右の手羽先が、布に触れている?

 おかしいな、これ、廊下に押し出したはず。


 もしかして、変身の「起点」って自分の身体のどこにするか選べるのかな!?


 つまり、僕が右手をめいっぱいのばして、指の先を「起点」に小鳥に変身する。

 そうすると、小鳥の姿は、その「右手指先の場所に現れる」と言う訳だ。

 その状態で、今度は「小鳥の身体の中心部を起点にして変身を解く」事ができれば、僕自身は一切移動していないのに、腕の長さ分だけ移動している、と言う事になる。


 急いで変身を解くと、ビンゴ!!


 僕の身体は、廊下側、押し出された布のすぐ隣に移動していた。


 よしよし。これを『変身移動』とでも名付けよう。

 人間から小鳥になると、一旦全裸になっちゃうのが少し不便だけど、致し方なし。


 僕は、右手に握りしめた衣類と言う名の尊厳を身に纏い直して、更なる逃亡ルートを探る事にした。


 そのまま、左足を引きずりながら廊下を進む。

 僕が居たのは、L字になっている牢の右端の一番奥に当たる部分らしく、進む方向は一方向しかない。


 隣接する牢に、他に捕らえられている人はいないかな? とのぞき込む。

 だがこの辺りは他に人がいないようだ。


 ……どす黒いシミが嫌に目立つ部屋や、抜け落ちた緑色の長い髪が大量に散っている部屋はあったけどな。


 怖ぇよ。


 唯一、この牢から別の所へ繋がっているであろう曲がり角の所まで歩みを進める。


 ……ちらっ

 顔だけで、こそっとのぞき込む。

 誰かに見つかってしまったらこの逃亡劇もおしまい。ひっそりと進めないとね。

 ドキドキするなぁ。


 あ、上り階段だ。


 階段の上では、簡易的な寝台の上で大いびきをかいているおっさんの足が見えた。

 おっさんの足の脇には、小回りの利く短めの槍と盾らしき丸い影。

 どうやら、彼は門番的役割の人なんだろう。


 爆睡するおっさんの横では、鞭と鍵の束を下げたお兄さんが階段に腰かけて報告書のようなものを読んでいる。


 あばば……あばばばばばばば……


 僕の身体は、その報告書を読んでいた男を一目見るなり、豪快に震え出した。

 どうやら、アイツが僕の身体をここまで痛めつけた拷問官の一人であるらしい。

 ねっちゃりとした嫌らしい笑みが記憶の片隅で凄まじい恐怖と苦痛を主張する。


 いや~、健全な精神は、健全な肉体に宿る、って言うよねぇ……

 僕個人としては、あの報告書を読む男に対し、特に何も感じなかったとしても、身体の方はそうではない。


 まぁ、つまり……何が言いたいかと言うと……

 この、股間を濡らす液体の責任は、あの男にある! と言う事だ。

 びびってお小水漏らしたのは、僕のせいではない。

 断じて違う!


 社会人6年目にもなるいい大人が、そこまでチキンハートな訳が無いではないか!!

 そう、これは汗だ!! 僕の股間は汗っかきなのだ!


 び、びびってないもん! ……ぐすっ。


 僕の頼りない下半身事情は、ともかく!! 

 眼から勝手に溢れてきた体液を雑にぬぐいつつ、僕は頭を振って切り替える。

 この身体で、大人が二人も見張っているあの階段を抜ける事は難しいだろう。


 うーん、どうしたもんかな。


「おい、貴様、どうやってここまで抜け出した?」


 びくぅッ!?


 突然背中に向かって掛けられた声に全身が引き攣る。

 おそる、おそる、振り向くと、上にいたはずの拷問官の男が僕の真後ろに立って居た。

 で、デケェ!? な、何コイツ!? 巨人族か??


 お、おぅ……考えてる内に後ろ姿が階段から見えちゃったのかな~……

 うかつッ!!!

 じりじりと後ろに下がる体が、ガクンと倒れ込む。


「あっ!?」


 ずべちっ

 あああああ……そうでした、左足ッ!


 がっ!!


「ひっ!?」


 男は、僕の身体を引っ掴むと階段上に向かって怒りの声を発した。

 逃げようにも、首根っこから胸にかけてガッシリと一握りにされていて、抜け出しようがない。

 この巨人の腕力なら、僕程度の身体は握り潰せそうだ。


 何とか変身移動で逃げ出そうとしたんだけど、どういう訳か変身する事ができない!!


 くっそー!

 もしかしたら、変身と言う能力は、誰かに触れられていると発動しないのかもしれない。


「おいっ! お前がきちんと鍵をしないせいで奴隷№021がココまで出て来ているじゃねーか!」


「ふがぁっ? ……ん、あー、わりぃ、わりぃ……」


 上の兵士さんが、巨人拷問官の怒鳴り声を受けて、大きく伸びをする。

 兵士もデカイ! 僕にとっては実に絶望的な状況だ。

 

「まぁ、そのチビ起きたんなら、さっさとヤろうぜ。」


「ったく……」


 えっ? な、何? ヤるって何を!?

 こんなにボロボロの僕にこれ以上、何をする気!?

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