第31話 カビの子、優しさに包まれる。



 【鑑定】

 名前:ペニシリン水溶液

 効果:β-ラクタム系抗生物質、抗菌剤。


 待ち望んだ文字が煌々と輝く。


 や、やったー!!!

 出来た! 出来たよ! リーリスさん!!!


「……で、出来まシタ……!!」


 色々あったけど、無事、ペニシリンの単離が、出来て良かったよおぉぉぉ!!


 踊り狂いたい身体を必死に押さえ、僕は、この世界ではじめて作ったペニシリンの水溶液が注がれた器を握りしめる。


 よし! 残るは、最後のテストだ。


「リーリスさん……お願いがありマス。」


 僕の口からは、思わず固い声が出てしまった。


「ん? どうしたっスか?」


「僕の傷を舐めてくだサイ。」


 ブッ!!


 あれ? リーリスさんが豪快に噴き出した。


「と、と、と、突然、どうしたっスか?!」


「いえ、あの、『唾液』がダメなら『精液』なんデスけど……『精液』を僕にかけてくだサイって言うのは、流石に、ちょっと、倫理的な問題があるかと思って……」


「それは、ちょっとじゃなくて大いに問題があるっスよ?! ホント、突然どうしたっスか?!」


 リーリスさんは、職務質問を受けた犯罪者の様に、挙動不審になる。


「いえ、あの、ペニシリンは無事出来たんデスけど……」


「ペニシリンって、レイニーが、言っていたお薬っスよね? 無事に完成したんなら、何であんな発言が飛び出て来るんスか?!」


 だって、新薬が本当に効くのか、自分の身体で試してもいないのに他人に飲ませる、なんて怖い事出来ませんよ?!

 となると、僕も梅毒に罹患するしか無いじゃないですか。


 リーリスさんにそう主張したら、【祝福】で確認が取れていれば、大丈夫ッスよ?! とのこと。

 この世界……【祝福】に絶対の信頼が有るのな。


 僕の手から、さっさとペニシリン水溶液の入った器を受けとると、リーリスさんは、躊躇無く、その液体を飲み下した。


「あっ!」


「……特別、味はしないんスね。薄いサワダ水みたいっス。」


 赤い発疹の広がる手で口元を拭う。


「ちょ、ちょっと待ってくだサイね。」


 僕は、再度力を込めてペニシリン水溶液を鑑定する。


 【鑑定】

 名前:ペニシリン水溶液

 効果:β-ラクタム系抗生物質、抗菌剤。

 備考:

 「梅毒」第1期……治癒までの必要量、一日コップ1杯を2週間~4週間。

 「梅毒」第2期……治癒までの必要量、一日コップ1杯を4週間~8週間。

 「梅毒」第3期……治癒までの必要量、一日コップ1杯を8週間~12週間。

 「梅毒」第4期……治癒までの必要量、一日コップ1杯を12週間~14週間。

 ただし、投薬のみでの完治は難しく、すでに変形し、壊死した内部組織を完全に元に戻す力は無い。


「ッ……!」


 あーっ! めっちゃ集中してガン見したから、ちょっとクラッと来たぞ。

 多分、読み取れた情報量的に、魔力を大量に使ったんだろう。


「分かりました。リーリスさん、この水溶液を毎日コップ1杯、4週間から8週間飲み続けてくだサイ。」


「……そんなにかかるんスか? このお水、腐らないっスか?」


 抗菌剤だから腐らないとは思うけど……

 本当は保管するなら、フリーズドライしたいなぁ。


「多分、大丈夫だと思うんデスけど……

でも、本当は、ここから水分を取り除きたいんデスよね。」


 ただ、フリーズドライをするなら冷凍した上で「真空状態」を作り上げないといけないし……


「じゃ、お水だけ俺が【引き寄せ】るっスか?」


「ファッ!?」


 リーリスさん曰く、水だけを全部【引き寄せ】してしまえば、中に溶け込んでいる物質だけが残った状態になるのだそうだ。


 以前、海水を汲んでおいたコップから、水を引き寄せた時に、コップには塩の結晶が残った事があるとのこと。


 も、もしかして、それって、フリーズドライがフリーズさせなくても、真空にしなくても出来るって事!?


 す、すげぇ!! ふぁんたじぃ万歳!!!


「お、お願いできマスか?」


「良いっスよ。何か、さっき飲んだ薬でちょっと気分が良くなった気がするっス!」


 いや、流石にそこまで即効性は無いはずだ。

 でも、プラシーボ効果はすぐに出ているのかもしれない。


 まだ、全身に斑点がしっかり出ているリーリスさんだが、ベッドから起き上がり、台所で【引き寄せ】を使う。


「【引き寄せ】『水』!」


 じょぼぼぼぼぼ……


 リーリスさんの手のひらの上に水が引き寄せられる。

 固形物と違って、一旦水蒸気になった水が、手のひらの上で再び液体の形に戻っているのだろう。


 パッと見、水を手の上から湧き出せているように見える。


 リーリスさんが排水を続けると、じょぼじょぼ、と言う速度とほぼ同じ速度で、ペニシリン水溶液の量がみるみる減って行く。

 そして、最後に、壺の底に透明な薄い黄色の結晶が残った。


「あ、ありがとうございマス!」


「こんなもんっスかね?」


 僕は、その薄い黄色の結晶をしっかりと見つめる。

 今度は意識的に魔力を瞳に込めるつもりで目を凝らした。


 【鑑定】

 名前:ペニシリン結晶

 効果:β-ラクタム系抗生物質、抗菌剤。

 備考:

 「梅毒」第1期……治癒までの必要量、

 一日大豆1粒分をコップ1杯の水で薄めて2週間~4週間。

 「梅毒」第2期……治癒までの必要量、

 一日大豆1粒分をコップ1杯の水で薄めて4週間~8週間。

 「梅毒」第3期……治癒までの必要量、

 一日大豆1粒分をコップ1杯の水で薄めて8週間~12週間。

 「梅毒」第4期……治癒までの必要量、

 一日大豆1粒分をコップ1杯の水で薄めて12週間~14週間。

 ただし、投薬のみでの完治は難しく、すでに変形し、壊死した内部組織を完全に元に戻す力は無い。


 よし!!! できたっ!!! 

 これで、本当にペニシリンが出来たぁぁぁぁぁ!!!!


「ッ!!!」


 思わず、全力でガッツポーズをしてしまった。


 よっしゃぁぁぁぁ!!

 しかも、流石の894倍おカビ様ッ!!


 水分を全て飛ばした壺の底には、かなりの量のペニシリン結晶が残っている。

 これならリーリスさんだけじゃなくて、あの薬屋に来たお姉さんにも十分に渡せる!


 しかも、オズヌさんからいただいた「タネ」となる「おカビ様」は、残りの三分の一を大切に育てているので、あの木箱の中でしっかりと根付いてガッチリ増えている。


 これなら、原材料のお値段も安いし、かなりの量が作れる!!


「リーリスさん! 大成功デス!!」


「良かったっス~! じゃ、これは姐さんに返さないと。」


 リーリスさんが取り出したのは、小さな小瓶。


「なんデスか? それ?」


「へ? リポキロっス。」


 !?

 ちょ、まって……え?


「いや、出世払いって言われて、一応、最初にレイニーに診断された直後に姐さんから貰ってたんスよ。でも、レイニーの薬が無事出来たから、これは姐さんに返すっス。」


「え~……そういう事なんデスかぁ~……」


 ぷしゅ~。


 思わず力が抜ける。

 ここ数日の焦りは一体何だったんだろう……


 エリシエリさんも、言ってくれればよかったのに……


 いや、でも、それを飲まずに、できるかどうか分からない僕の薬を待って居てくれたリーリスさんは、本当に、本当に……人が良い!!


 もう! 

 信じてくれるのは嬉しいけど、だったらさっさと既存の薬リポキロを飲んでくれれば、第2期まで進行しなくて済んだのに!!!


 自分の命をすり減らしてまで僕に付き合う事無いのだよッ!!!


「あれ? レイニー、何で泣きながら笑ってるんスか?」


「リーリスさんの、リーリスさんのッ!! アホリガトォーッ!!!」


「ちょ、何っスか!? そのアホリガトウって!?」


 僕は、もう、何か、色んなものが溢れて溢れて止まらなかった。


「うわーーーーーん!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る