第30話 カビの子、ペニシリンを作る。
確かに、先日の夜辺りから「ちょっと怠いっスね~」と話していたのだが、今朝になってあの特徴的な赤い斑点が全身に表れたのだ。
……やっぱり、進行が速い。
エルフってこういう病気に弱い種族なのかなぁ……
リーリスさんの状態を【鑑定】すると、梅毒がしっかりと第2期に突入していた。
「……っ!」
思わず、息をのむ。
心臓の不協和音が酷い。
震えて白くなった自分の手のひらを思わず見つめてしまう。
【鑑定】
名前:レイニー
特性:【変身:
状態:ステイタス異常「不安障害・パニック発作(小)」
ぶっ……!
じ、自分の不安な気持ちを「ステイタス異常」って言われると何か逆に冷静になるのね。
あ、名前も「№021」から「レイニー」に変わってる。
それに「魂が壊れた者」なんて言う称号まで貰っちゃってるよ。
魂が壊れていたって僕は僕だし、こんなに簡単に人なんて、……ステイタスなんて、変わるんだ! と思ったら、ちょっと気が楽になった。
よし、作るぞ! ペニシリン!!
「ん~、ちょっと熱っぽくて怠いっスけど、動けない程じゃないっスよ。」
そう言っていつもの通り、へしょん、と笑ってくれるリーリスさんだが、いつもピン、と立っているお耳に元気が無い。
「リーリスさんは、寝ていてくだサイ!
ここから先は、僕一人でもダイジョブ、デス!」
ぺしぺしっとお布団の上で横になるように促す。
口では大丈夫と言っても、やはり怠いのだろう。
リーリスさんは「お言葉に甘えるっス」と言うと、ゴロリと布団に横になる。
まぁ、作業しているのは同じ部屋だから、お互い様子は見えるし。
僕は、緊張しながら、培養液の様子をうかがう。
……お願いします。無事、おカビ様が育っていますように……!
可能な限り雑菌が入らないよう風の魔蓄石を投入する時以外は、乗せていた紙の蓋を取り、壺の中身を恐る恐る覗き込む。
すると、すでに風の魔蓄石の効力は無くなっているはずなのに、ぷつ、ぷつ、と小さな気体が発生していた。
色は薄い白が、僅かにクリームがかった程度で大きな違いは無い。
ただ、明らかに最初の時のイモの煮汁と、シャーリのとぎ汁だけだった時とは違う、発酵したような腐敗したような独特の香りが漂っていた。
おぉ!? これ、良いんじゃない?
【鑑定】
名前:アオカビ培養液
効果:ペニシリンを大量に含む。ただし、不純物が多く毒性が強い。
よしよし、悪くないぞ!
次の行程は、この下に注ぎ口の付いた特殊な樽に「ろ過」した培養液を移す作業だ。
じょうごにはキッチリ紙と綿を詰めて、僕は少しづつ培養液を「ろ過」しながら樽に移していく。
じょうごに注ぎ入れられる量はそれほど多くない。
余り一気に流し込んでも溢れてしまう。
あせらない、あせらない。
一壺分を移動させるのは結構時間がかかってしまったが、何とか移し切る事ができた。
壺の底には、魔力を失って真っ白になった魔蓄石が残っている。
キチンと壺を傾けて、お玉で汲み取り、一滴残らず移動させたからね!
僕の力だと壺を傾けるだけなのに、ホント、限界に近い筋力を使った気がする。
やっぱりこういう作業は、義足だと、ちょっと踏ん張りが効かないね。
あー、重かった!
ろ過した紙の上には、最初に入れたおカビ様のコロニーの残骸や、カロンの皮の一部、魔蓄石などが残った。
これらは、ゴミ箱さんへGOである。
さて、じょうごは、また使うよな。
「リーリスさん、お水だけ出して貰えないデスか?」
「あ、うん、その位は良いっスよ。」
そう言うと、流し台の桶の中に奇麗な水を【引き寄せ】で並々と注いでくれた。
体調悪いのにありがとう!
僕は、そのお水を鍋に移して、何とか火打石で炎を点ける。
ま、まぁ、火を点けるまでに軽く30分くらいはバッチン、ゴッチン、奮闘した気がするけどね……
点火って、案外、力が要る作業でしたよ。
僕の力だとなかなか火花が飛んでくれないんだもん。……とほほ。
じょうごは水洗いした後、ようやく沸かしたお湯で煮沸消毒! どぽん。
引き上げは15分後だ。
その間に「ろ過」した培養液に、ミーブ油を惜しげもなく1瓶分を流し込む。
ミーブ油も一気に入れるだけの力の無い僕は、器に数回に分けて注ぎ込んだ。
「ろ過」した培養液の上に奇麗に油の層が出来あがる。
このミーブ油、色とか香りの感じだと、オリーブオイルじゃなくて、
ほんのり黄色がかってて、ニオイに癖が無い感じ。
そして、ゆっくりと天地を返すように混ぜ込む。
これで、培養液の中の「油に溶ける不純物」がミーブ油に移るはずだ。
……よく混ぜとこ。
僕は、くどい位、ばっちょ、ばっちょと天地返しを繰り返す。
一時的に乳化したんじゃないか? と思えるくらい混ぜたら、しばらく放置。
僕が、ちょうど分離を待つまでの間で、別の壺を洗ったり、じょうごを取り出したりしている時に、階段から人の登ってくる気配がした。
「リーリス、レイニー、昼ご飯だよ。」
そう言って部屋の扉をノックしたのはエリシエリさんだ。
「ハーイ!」
僕は、大急ぎで扉を開ける。
今日は、リーリスさんの体調が悪いので、特別に3階まで食事を持って来て貰えるようにお願いしたのだ。
あ、今日はトマトみたいな赤くて甘酸っぱいスープだ! やったね!
「あ、姐さん、ありがとーっス~」
「やれやれ、まったく……さっさと薬を飲んで治しな。
大体、ポンコツってのは病気にならないモンなんだからね。」
エリシエリさんは、呆れた様子で二人分の食事をテーブルに乗せてくれた。
口ではそんな事を言うけれど、エリシエリさんがリーリスさんを心配してくれているのは、この丁寧な病人食で良く分かる。
今日は、リーリスさんが雑穀のおかゆで、僕が通常メニュー。
「にゃは~。大丈夫っス、直ぐに飲むっスよ~。」
そうですよ、上手くいっていれば、これで午後にはペニシリンができるはず!
「そうかい。ま、薬を飲んだら、今日はゆっくり休むんだね。」
エリシエリさんは、食事を置くと、直ぐに1階へと戻って行く。
よし、これ食べて、午後もひと頑張りだ!
「さあ、リーリスさん。はい、あーん、デス。」
「にゃはは~……いや、大丈夫っスよ、一人で食べられるっス~。」
ぽふぽふ、と僕の頭を撫でて匙を受け取るリーリスさん。
……ですよね?
いや、この手のシュチュエーションってリアルにやると普通は、そうなるよね。
ガチで手も動かせないような時は別とすると。
僕は、サクサクと昼食を済ませ、僕は油を混ぜた培養液を覗き込む。
お昼ご飯の間、ずっと静かに休ませておいた為、水と油が奇麗に分離していた。
本当は、これをもっと冷やした方が分離が楽かもしれないけど、その余裕は無い。
慎重に下の注ぎ口から、培養液部分だけをゆっくりと別の甕に移していく。
この際、多少培養液が残ってしまっても油が混入しない事の方が重要だ。
ちょっと用心しすぎかな? と思えるような所で、僕はストップをかけた。
お陰で、甕の中には一切油は浮いていない。
よしよし。
ここから先、活性炭ことログ炭が登場してからの作業は、元の世界の単離と似たような作業だ。
体が小さいからそれなりに大変だけど、それでも原理が解っているだけあってやりやすい。
さぁ! 活性炭だよっ!! 894倍のおカビ様より創られし抗生物質さんッ!
ここにべったりくっついてね~!!
「くっつけ~、くっつけ~……」
ちょっと怪しい魔女みたいだけど、炭を壊さないように、ゆ~っくり丁寧にかき混ぜる。
しっかり満遍なく炭と培養液のマリアージュを堪能させたら、炭だけをキレイに全部引き上げる。
カスみたいな小さい炭も忘れないよ!
そして、水洗い。さらに、酸性水で洗浄。
さぁ、後は炭酸水素ナトリウム……もとい、サワダ粉を溶いた、このサワダ水を掛けて「ろ過」すれば、抗生物質であるペニシリンさんがたくさん溶けた溶液が完成するはず……!
気のせいか、僕には、この活性炭がキラキラ輝いているように見えるよ。
あのミーブ油を分離する時に使った下に注ぎ口のある樽をキレイに洗った後、下の注ぎ口に例のろ過用じょうごを置いて、スタンバイは完成である。
ちなみに、ミーブ油は廃油用の容器に保管してある。
これも一応肥料として売れるらしいからね。
この世界でもお金は力なのですよ……!
最後の仕上げとばかりに、活性炭が詰まっている樽の上からサワダ水を注ぎ入れる。
しばらくペニシリンが炭から溶け出すのを待つと、ゆっくりと下の注ぎ口を開けた。
余り一気に開き過ぎてもろ過が間に合わないから、慎重に、慎重に……
き、キ、キターーーーっ!!!
じょうごでろ過された液体は、無色透明……と言うよりは、僅かに黄色がかっている。
リポビタンを水で1000倍に薄めたような色、とでも言えば良いのだろうか?
か、鑑定結果はどうだろう?
あああ、両手が勝手に微振動してしまう。
ごくり……
僕は、心音の獰猛な熱演を聞きながら、瞳に力を籠めた。
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