第29話 カビの子、義足に喜ぶ。


 リーリスさんは、ナイフの先でちょん、と僕の指先に小さな傷をつけると、そのまま、輝く魔法鉄にその血を付ける。


 てっきり、こんなオレンジに発光している鉄だから、ヤバい位熱いのかと思っていたが、ありがたい事にそれほど熱さは感じない。


 ……それでも、指が触れた瞬間、ジュッ! と言う肉が焼けるような音がしたんだけどね。


 驚いて指先を見つめても、特に火傷の跡は増えてはいなかった。

 ただ、その触れた瞬間、一気に魔力を引き抜かれたみたいで、あの【鑑定】を使いすぎて世界がぐるぐる回る感覚が襲ってくる。


「……っ!」


 ぽふっと、リーリスさんの腕の中に全身を預けると、ぎゅっとまぶたを閉じて、くらくらする視界をシャットアウトする。


 小休止、小休止。

 あー……うん。何か、抜かれた感、あるわ。


「レイニー、大丈夫っスか?」


 リーリスさんが心配そうに、ぐでっと力を失った僕の身体をやさしく揺する。


「だ、ダイジョブ、デス。」


 多分、しばらくぼんやりしていると回復してくるだろう。


「ま、魔法鉄の量が多かったから、この子の魔力を吸い過ぎちゃったんだな。

でも、少し足りないんだな。

リ、リーリスお前の無駄に有り余っている魔力を分けてやればいいんだな。」


「ん、これで良いっスか?」


 薄く瞳を開けると、リーリスさんが魔力を注ぎ込んでいる姿がぼんやりと目に飛び込んできた。

 すると、オレンジ色の光を発していた魔法鉄が奇麗な淡い緑色の光に変わる。


「う、うん。これで良いんだな。」


 そこからの作業はあっという間だった。


 ポポムゥさんが、僕の左足の切断面に合わせて、柔らかな動物の皮のような物を傷口に当てると、シュッと縮んでそこをカバーする。


 長さは太ももくらいまで。


 柔らかなニーソックスを履いている感覚で、残っている膝関節に特に干渉してくる訳でも無いし、傷口が痛む事も無い。


 魔法鉄は、量や長さなどを調整して、練っていた半分位を使用するようだ。

 そして、その皮を覆うように魔法鉄が切断面部分を補強し、ぐにょん、と一本の金属を歪曲させた形の義足がセットされる。


 見た感じだと、義足のアスリートみたいな洗練されたデザインだ。

 人の足の形を忠実に模した物とは違うんだけど、個人的にはこのタイプの義足ってカッコイイと思うんだよね。


 暫くすると、発光は収まり、元の魔法鉄のような玉虫色に戻る。

 どうやら、これで完成らしい。


 わーい、うれしいな~。


「こ、これで良いんだな。……ち、ちょっと歩いてみるんだな。」


 ポポムゥさんに促されて、僕は両足で工房の床に立つ。


「お……おぉ~……」


 さっき魔力を抜かれたばっかりだし、義足は初めてだから、多少ふらつくものの、一人できちんと立つことができた。


「レイニー、ちょっと歩いてみるっス!」


 リーリスさんが、転ばないように軽く支えてくれているので、ゆっくり足を前に運ぶ。


 ……右、左、右、左。

 おー! 歩ける!! 歩けますよ!!


 特に切断面の一部が圧迫されて痛みが増す事も無い。


「つ、次は変身してみるんだな。」


「ハイ!」


  僕は、早速、変身! と心の中で、姿を変えるように念じる。


 ぽふゅっ! ばさっ……


 脱げ落ちた服の隙間から、よいしょ、よいしょと顔を出す。


 あれ? 僕、あの時のピンクの完全ズル剥けハゲの赤ちゃんヒナ状態から、ちょっとだけ成長してない?


 グレーのもふっとした羽毛が生えている!! おお、ヒナっぽい、ヒナっぽいよ!

 ぴよぴよ!


 しかも、視力も普通に見えるし!

 それって、あのメガネも小鳥サイズになってるって事か? 流石、魔法の力っ!!


「う、うわぁ……ち、小さいんだな!」


 ポポムゥさんが驚いたように僕の身体を、壊さないように細心の注意を払った様子で掬い取る。


 ……とは言え、やっぱりまだ、寒いな。

 こっちの姿だと、まだあんまり能動的に動けないんだけど、一生懸命、両足を、えい、えいっと蹴り上げる。


 おー……この爪楊枝の様に細い足に、ぴったりとした細い義足が付いている。

 握る事はできないものの、フック状にカーブしていて、木の枝に引っ掛ける事も出来る作りだ。


 凄いな、魔法鉄。


 ポポムゥさんは、足と義足の接続部分を観察して、大きく頷いた。


「こ、これなら良いんだな。」


「こっちの姿でも、義足は大丈夫そうっスね。」


「ハイ、ダイジョブ、デス。……あ、あの……リーリスさん、さ、寒いデス……」


 めっちゃ体がぷるぷるしてる。

 小動物がぷるぷるするのって、体感温度も結構重要なファクターなんだな、と思い知りましたよ。

 おかしいな、そろそろ半袖でも良い時期じゃん、って人間型の時は思ってたのに。


「おっと、ゴメンなんだな。」


 急いで僕をリーリスさんに渡すポポムゥさん。

 と同時に、柔らかいタオルのような生地の布で僕を覆い隠す。


 ぺふゅ~……


 人の姿に戻っても、義足はしっかり装着されておりました。

 万歳!


「ま、魔法鉄がかなり余ったから、腕輪にしとくんだな。

そ、その子の成長に合わせて継ぎ足してあげれば良いんだな。

ま、また、成長したら、調整してあげるから、く、来ると良いんだな。」


 ひょいひょい、っと余りの魔法鉄はシンプルな腕輪に加工され、リーリスさんの腕におさまる。


「ありがとうございマス。」


「ありがとっス、ポポムゥ!」


「お、お酒のお礼なんだな。」


 義足が完成して嬉しかった僕は、市場から歩いて帰る事にした。


「リーリスさん、今日は、僕、歩いて帰りマスよ!」


 だって、この足なら、ジャンプもしゃがむのも出来るも~ん。

 いつもリーリスさんから抱っこ移動って言うのも申し訳ないし。


「そ、それは……まだ、やめておいた方が良いんだな。」


 おや?

 まさかのポポムゥさんからのストップに僕達は顔を見合わせる。


「何でっスか? 使いすぎると足が痛くなったりするんスか?」


「い、いや、その子……『カビの申し子』なんだな?」


 ぶっ……!!

 ま、まさか、その名がここで出るとは……


「ギ、ギルドに珍妙なカビ集めのクエストが出たって、話題になってたんだな。

それで、サ、サイドンが、あ、荒れてたんだな。」


 あの後、依頼人とのトラブルと言う事で、あのスキンヘッドのおっさんは、冒険者のランクと言うものを下げられてしまったらしい。


 ふーんだ、自業自得ですよ。


 でも、あの人のご自宅が市場の近くなんだそうだ。

 僕がヨテヨテ歩いている所に絡まれるのは、極力避けたい。


「ありがとっス、ポポムゥ。

ま、もう少し素早く動けるようになってから、街を歩くようにするっスよ。」


 ちえー。

 良いも~ん、リーリスさんに抱っこしてもらうの好きだも~ん!

 これで一人でトイレ行けるも~ん!!


 折角義足ができたのに、その日も結局、リーリスさんに抱っこされての長距離移動を余儀なくされたのであった。


 さて、後は、おカビ様の培養を待つばかり、とのんびり構えていた僕に、現実と言う名の凶器が牙をむく。


 待ちに待ったはずの4日後、リーリスさんが体調を崩したのだ。


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