第28話 カビの子、義足を作る。


「レイニー、これで培養が進むまでは、特にすることは無いっスよね。」


「ハイ、エリシエリさんの話デスと、四日くらいはかかるみたいデスし……」


 翌朝。

 培養壺に魔蓄石を新しく入れ終わった僕に、リーリスさんがそう確認をしてきた。


「じゃ、今日はポポムゥの所に出かけるっスよ。」


「へ?」


 あのギルドでの騒ぎがあったため伝え忘れていたそうだが、あの日、リーリスさんはダンジョンで魔法鉄を入手してくれていたらしい。


 一応、右足だけでぴょこぴょこ移動できなくもないが、現在、お手洗いに行くのも、お風呂に入るのもエリシエリさんかリーリスさんに手伝ってもらっている。


 言うなれば、僕は今、要介護状態。


 義足が装備できれば、一応この家の中でなら、一人で何でもできるようになる。


「い、良いんデスか?」


「もちろんっスよ。」


 僕は、リーリスさんに抱っこされて、例の市場に向かった。


 今度向かうのは市場の西側だ。




「……の、はずなのに、どうして南側へ進んでいるんデスか?」


「ん~? いや、ポポムゥの所に行くなら、準備が有るんスよ。」


 足取り軽く、南側の一角……大量の壺が並ぶ辺りで足を止めるリーリスさん。

 ここは……答えを聞かなくても、ニオイで分かるぞ。


「おう、リーリス! 今日は濃いヤツが入ってるゼ……ウィ~、ヒック……」


 酒屋さん、と言うより、酒問屋さんみたいだ。

 ほんのり……いや、ガッツリ紅色に染まった頬のネズミ型獣人のお兄さんが声をかけて来た。

 声の印象で「お兄さん」と言ったけど、正直、性別は分からない。


 【鑑定】

 名前:ハネオーツ・パイン

 性別:女


 ……あ、女性の方でしたか……失礼しました。


「おはよーっス! ハネオーツさん! 

今日はポポムゥにお土産を持って行きたいんスよ。

ルイスティの古酒って有るっスか?」


 なるほど、そういう事か。


「ん~、ルイスティの古酒。……ヒック……こいつはどうだい? 

バイス樽で20年以上熟成させたヤツだよ。」


 ハネオーツさんは先が鳥の羽ペンのようにふわふわ広がっている尻尾をぴこぴこ揺らして、茶色い壺をひょいっと持ち上げる。


「じゃ、それをお願いするっス。」


「いくつにする?」


「そっスね~……ふた……3つっスかね?」


「リーリスが3つ、ってことは6壺分だね。……ヒック。」


「いや、俺は今ちょっとお酒を控えてるんスよ。

だから、本当にポポムゥの分だけで良いっス。」


 その一言に、ハネオーツさんが分かりやすく目をひんむき、ぴこぴこ、ぴくぴく、口ひげを動かして「アンタ、本気かい!?」と何度も念を押している。

 おぉ……ネズミさんの顔でも驚愕ってきちんと伝わるんだね。


 リーリスさんは困ったように笑っているが、彼女の確認をくどい程肯定する。

 どうやら本気のようだ。うんうん。エライ、エライ。


 僕は手を伸ばしてリーリスさんの頭……は、ギリ届かないので、耳をなでなでする。


「? どうしたっスか? レイニー。」


「いえ、偉いデス、と思って。なでなでしマシた。」


 リーリスさんは面食らったように瞳を見開いた後、とろりとその瞳をとろけさせる。

 褒められてここまで素直にニコニコしてくれると、褒めた甲斐があると言うものだ。

 思わず、褒めた側の僕の顔もほころぶ。


 僕達は、ポポムゥさんへのお土産をゲットして、今度こそ市場の西側へ向かった。


 そこは、武器や防具が並び、まさにロールプレイングゲームの中に入ったみたいな

風景が広がっている。

 こちら側はかなり水路に近いため、船の上に簡易的なお店を開いている所もある。


 行き交う人々も中々引き締まった肉体をお持ちの猛者ばかり。

 おー……女性も凄いカッコイイ……!


 女の人に筋肉付くとボディビルみたいになるかと思いきや、そんな事は無い。

 ウエストはきゅっと引き締まり、恐らく六つに割れている。


 でも、お尻とか、お胸とか、そういう女性のシンボルにはキッチリ脂肪が乗っていて、重力に逆らい、ぷりんぷりんのばいんばいん。


 うわぁ……いいなぁ……! ある意味、憧れのボディですよ!


 日本のアイドルさんや女優さんみたいな華奢な可愛さ、というよりアスリートの美しさって感じ。

 つーか、この辺りを通るとリーリスさんが華奢に見えるんだから凄いよな。


 そんな並びを通り抜け、少し武器・防具よりはアクセサリー類の目立つ店舗の中に、ポポムゥさんのお店があった。

 てっきり、もっと簡易的な出店を想像していたんだけど移動式ではあるものの、かなり、しっかりした作りに見える。


 日本で言う、トラック型店舗みたいな感じ、とでも言うのかな?

 大きな車輪の付いた小屋に、竈や簡易的な作業スペースが設えられている。


 中には、その移動式店舗を引くための大きいけれど大人しい爬虫類のような生き物が、のんびりと草を食んでいるお店も、そこ、ここに見かける。


 そして、各店舗の手前部分は、奥様方憩いの喫茶スペースのようなものが緑の芝生の上に広がっていた。


 ポポムゥさんのお店の周りはそう言うタイプの移動式店舗が主流みたいだ。


「おーい、ポポムゥ~!」


「あ、リ、リーリスなんだな。ま、魔法鉄が手に入ったんだな?」


 丁度、接客が一息ついたらしく、お客様らしきカップルさんがホクホク顔でポポムゥさんの元から去って行く。


「そうなんスよ。だから、レイニーの義足を頼みたいっス。これ、お土産っス」


 リーリスさんは、さっき購入した3壺のお酒と、背負っていた布カバンから、不思議な玉虫色の光を放つ鉄鉱石のようなものを取り出し、ポポムゥさんに渡す。

 どうやら、あれがその魔法鉄らしい。


「お、おぉ~! こ、このニオイはルイスティなんだな。

リ、リーリスはこう言う所は気が回るんだな。」


 ポポムゥさんは、糸の様に細い瞳を三日月型に細め、嬉しそうに壺にほおずりする。

 ……酒飲みの心、酒飲みが知る……か。


「これだけあれば魔法鉄も足りると思うんスけど?」


「うん、じ、十分なんだな。」


 ポポムゥさんは魔法鉄を受け取ると、その固そうな、どう見ても石のようにしか見えないそれを大きな手で、もにもに、とマッサージするように揉み解し始める。


 ん? わずかに、角が取れて、魔法鉄に丸みが……


 ……ぐにょん。


「おぉ!?」


 むにむに、ぐにぐに。

 まるで柔らかい粘土を弄るように、ポポムゥさんの手のひらの中で魔法鉄がその姿を変えて行く。

 ひょいっと魔法鉄をまるめて、にっこりと頷いた。


「うん……質も悪くない魔法鉄なんだな。こ、これなら、直ぐに出来るんだな。」


 そう言うと、ポポムゥさんは、店舗の奥にいた女性に声をかける。


「フェム、義足の依頼が入ったから、ちょっと工房に行ってくるんだな。

こっちは任せて構わないんだな?」


 奥さまだろうか? ふんわり明るいピンク色の髪の女性がニコニコと頷いている。

 だが、他の女性の接客中なのだろう。ここから姿は見えないが、キャラキャラと、複数の女性の輝く笑い声が混ざる。

 かすかに、ポポムゥさんに向かって「いってらっしゃい」と言う女性の声が聞こえた。


「リ、リーリスこっちなんだな。」


 ポポムゥさんの案内で工房、と呼ばれる作業場へ移動する。

 距離は市場からそれほど離れていない町の一角だった。


 そこは、まさに、工房と呼ぶにふさわしい作りをしていた。

 鉱物を加工する事が容易になりそうな、重厚そうな道具やレンガ造りの密閉できる窯のような物が鎮座している。


 うわ……このハンマー、僕の身体くらいの大きさがある……


「こ、ここは、共同工房なんだな。

ちょっとした加工やサイズ変更はココで作業するんだな。」


 そう言うと、ポポムゥさんは、大きな石のこね鉢のような物の上に魔法鉄を置くと、ねりねりと、お蕎麦でも練るように、その大きな手でこね始めた。


 みるみるうちに魔法鉄の塊の色がオレンジ色に変色……と言うか、鉄が溶けるような感じの発光するオレンジに変わって行く。

 その鉄の塊は、ところどころに黒い星のような粒が入っている。


 ポポムゥさんは、それを器用に練り寄せて、黒い星だけをぷちぷちと鉄の塊から除去する。

 魔法鉄は、すっかり滑らかなオレンジの発光する水あめのようになってしまった。


「うん。こ、これに使用者の魔力を馴染ませるんだな。

リーリス、その子の魔力、ちょっとココに入れて欲しいんだな。」


「へ!?」


 えっ? 魔力を入れるってどうするの?


「あ、あの、僕、魔力を入れるってどうすれば良いのか分からないデス。」


 僕は、ポポムゥさんの所へ僕を連れて行こうとしていたリーリスさんに訴える。


「あー……そっか【鑑定】って自分自身に使うタイプの【祝福】なんスね。

ねぇ、ポポムゥ、レイニーの魔力タイプは『内側消費うちがわしょうひ』なんスけど、

どうしたら良いっスか?」


 内側消費というのは、どうやら自分自身に対して魔力を使うタイプの【祝福】持ちを指すようだ。


 このタイプだと、自分の外に魔力を放出するのが苦手なんだとか。

 ちなみに、リーリスさんの【引き寄せ】みたいに外部に対して干渉するタイプを

外側消費というらしいんだけど、むしろ【祝福】の大部分はこっちのタイプらしい。


「う、内側消費? め、珍しいんだな。

そ、そうなんだな……

こ、これを舐めてもらっても良いんだけど、ぜ、全部舐めるのは大変なんだな。

だったら、ココに、血を一滴でも良いから付けて欲しいんだな。」


「了解っス。」


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