第27話 カビの子、カビを培養する。
「それじゃ、早速始めるっスか。」
その流し台で顔を洗ってスッキリしたリーリスさんと僕は、作業を始める事にした。
まずは、全ての機材をリーリスさんの【引き寄せ】で呼び寄せた水できれいに洗う。
「あ、そうだ、リーリスさん。
この部屋の『目に見えないような微細なごみやほこり』って【引き寄せ】で
吸い取って奇麗にすることはできマスか?」
クリーンベンチが無いなら、クリーンルーム化することはできないだろうか?
まぁ、この部屋、密閉空間じゃないから焼石に水程度だけど、試してみても悪くは無いだろう。
「ん~? ゴミやほこりは出来るっスけど……
目に見えないものはどうっスかねぇ? まぁ、とりあえず、やってみるっス。」
リーリスさんは、そう宣言すると、両手でゴミ箱に使っている木の箱を持ち上げた。
その間に、僕は誤って大切な894倍のおカビ様の胞子が吸い込まれないよう、蓋の付いた木箱におカビ様の宿るカロンを後生大事にしまい込む。
「じゃ、行くっスよ~。
【引き寄せ】!『この部屋の中のゴミ・ホコリ、目に見えない微細なものまで』!」
リーリスさんの魔力に引き寄せられ、小さなホコリやゴミがリーリスさんの持つ木箱に吸い込まれてゆく。
おお……これが【引き寄せ】の【祝福】か。
ふぉおおおおおおん……
多分、目に見えないモノも吸い込まれているのだろう。
まるで、その木箱に吸引されるような空気の流れを感じる。
うん。何か、この能力って掃除機……?
暫くすると、風が収まる。
箱の中には、小さなゴミやチリが溜まっていた。
とりあえず、これで良しとしよう。
「次は、シャーリのとぎ汁とフォス芋の煮汁っスね。」
リーリスさんは、器用にお米によく似た雑穀を、しゃこしゃこ、と米を研ぐ要領で洗う。
そして白く濁ったとぎ汁を培養用の壺に注ぎ入れる。
入れるのは、これから入る「お芋の煮汁」を考慮して、壺の四分目までだ。
「……この、シャーリは姐さんに持って行って料理してもらうっスよ。」
「そうデスね。」
リーリスさんが、シャーリを研いでくれている間に、僕はフォス芋の芽を取って皮ごと四分割してお鍋に入れる。
このフォス芋、ホントに見た目がジャガイモにそっくり。
「リーリスさん、フォス芋の準備、ととのいマシた。」
「じゃ、火をつけるっス」
リーリスさんは器用に竈の中にセットした炭と着火剤に向けて、火打石と鉄の棒のような物を叩きつける。
この着火剤、日本で言う固形燃料みたいな、良く燃える黒い塊だ。
これに火花が飛ぶと、ぽわっと炎の赤ちゃんが生まれる。
流石、手際が良い。
僕は火打石でこんなに素早く着火出来る自信など無い。
あれよあれよと言う間に、リロリロンっと甲高い音を立てて炭が赤く燃え上がる。
へー? 炭の燃える音って、こんなにリンリロ、リンリロ音が鳴るんだね?
何か、鉄琴の演奏でも聞いているみたいだ。
そこそこ火力が強いみたいで、フォス芋はすぐにくつくつと音を立てて煮え始めた。
「普通に火が通って食べれるくらいまで煮れば良いんスかねぇ?」
「多分、それで良いと思いマス。」
まぁ、必要なのは養分の豊富な煮汁なので、お芋の茹で加減はそこまで重要ではないだろう。
僕達は、フォス芋に竹串がスッと通るくらいまで茹でたら、その煮汁を壺の八分目になるまで注ぎ入れた。これで、培養液の準備は完成である。
ちなみに、圧力鍋があるかどうか確認してみたのだが、この世界では、まだ一般的ではないらしい。
なお、このメガネのように、ダンジョンから
そのため、残念ながらこの培養液、ここで滅菌処理を施す事は出来ない。
一応、可能な限り部屋をキレイにしたし、お水も【引き寄せ】ほやほやのH²Oだ。
それに培養するのは本家のペニシリウム・クリソゲノムよりも強いおカビ様だから、その生命力に賭けるしかない。
これで、失敗したらポポムゥさんに頼んでデカイ圧力鍋でも作って貰う事にしよう。
その培養液が体温以下の温度になったのを確認して、大切なおカビ様のコロニー……全体の三分の二を投下する。
残りの三分の一は、このまま新しいカロンに増殖させて、次作る時に使いますよ!
「じゃ、混ぜるっスね。」
「お願いしマス、疲れたら交代デスね。」
リーリスさんは、おカビ様の投入された培養液をゆっくりと、上から下へ空気を含ませるように撹拌させる。
ここからは、根気勝負だ。
エリシエリさん曰く、醸し終わるまで、4日くらいかかるらしい。
その間に、僕は残りの三分の一のおカビ様を増殖させるべく、新しいカロンにちょい、ちょい、と植え付ける。
……こっちはこっちで育ってくれよ。
余計なカビがなるべく入らないように……でも、空気の流れは疎外しないように……僅かに隙間のある蓋付きの箱に優しく入れておく。
これで、このおカビ様は湿度の高めな暗所に保管。
なお、撹拌作業は、二人で交代しつつ、繰り返す。
「この作業……自動化できないデスかねぇ……」
「自動化っスか?」
作業自体はそれほど難しい訳では無いので、こう、機械にセットしたらゆっくり上下混ぜてくれるようなものが出来れば良いのに。
「動きは簡単だから、作れはすると思うっスけど、動力はどうするんスか?」
元の世界だと『電気』が最もポピュラーな動力源な訳だけど、時代を遡れば、最も単純な動力源って重力だよね?
ほら、水を使った水車も、流れる水の力を利用する訳だし、風車で粉を引くのも、重いモノを下に落とすエネルギーを使って脱穀してた訳だし。
「水車とか風車はどうデス?」
「水道管理は貴族の特権っスよ。」
このダリスの街も僕が捕らえられていたエルズの街も立派な水道橋が作られていた。
これら上水道の管理は「水道ギルド」と呼ばれる組織が、維持管理から設計までを一手に握っているとの事。
ちなみに、上水道を汚したり、水道橋を壊した際の罰金は驚異の魔金貨何十枚と言う世界だそうだ。
日本の金額にして、数千万円~数億円。一般庶民の生涯年収に匹敵する勢いだ。
罰金刑の中では多分、一番重い刑罰のため、上水道はとても大切に使われている。
もちろん、それに勝手に水車など付けられる訳が無い。
水道ギルドに相談して、交渉するような案件だそうだ。
ちなみに、管理された上水道ではなく、普通の河川であれば、そこまで厳しくは無いらしいのだが、「精霊樹の丘」から離れれば離れる程、魔物やモンスターと呼ばれる怪獣が闊歩する世界が広がっている。
通称「獣の台地」。
リーリスさんが時々冒険者として狩り等に出かけて行くのは、この「獣の台地」だ。
つまり、この世界……「獣の台地」が広がっている中に、ぽつ、ぽつと「世界樹の丘」が立っている。
そして、その「世界樹の丘」を中心に半径数キロメートル~数十キロメートル内に街があり、街と街をつなぐ街道はモンスターの闊歩する危険地帯、と言う訳だ。
うおぉぉぉ!?
あ、あのボロボロの時に、一人でダリスに向かっていたら完全に、完璧に、完膚なきまでに、死んでたって事か!?
本当に、リーリスさんには感謝だわ。
「風車は、この家だと難しいっスね。」
確かに。このリシスの薬屋さん、大きな大木と融合するように建てられているから、風車を取り付ける余裕が無い。
風向きを考えると、大木が邪魔になってしまう。
しかし、この大木、樹液が薬の材料になるみたいだし、行方不明の旦那様……トキさんとの思い出の木らしいので、絶対に切る事は出来ない。
「一般庶民が使うんなら、『魔蓄石』がポピュラーでは有るんスけど……
あれも消耗品として考えると高いっスからね~」
魔蓄石……?
なんか、どっかで聞いた事あるなぁ……?
魔蓄石とは、名前の通り魔力をため込んでいる石の事で、獣の台地に住むモンスターや魔物の体内より発見される石の事であるらしい。
ため込まれた魔力は、誰でも引き出して使えるらしいのだが、当然、魔力が空っぽになれば真っ白になって何の反応もしなくなってしまう。
要は「魔法」の詰まった電池みたいなものだ。
「……つまり、魔力で凝り固まった胆石とか尿路結石って事デスよね?」
「いや、魔蓄石は魔物の心臓の魔力回路に作られるっスから、
多分微妙に違うっス。」
へー。
心臓に出来るなんて、その方が命の危険な気がするけど、流石、世界が違う。
ちなみに、機械の動力に出来るサイズなら大銀貨1枚と小銀貨5枚~大銀貨2枚程度で販売されている。
日本円で1万5千円~2万円か。
……確かに。買えなくはないが、消耗品としてはちょっと高い。
電池みたいなモンだと思うとさらに高く感じる。
「つまり、労力は惜しむな、って事デスか……」
「……そっスね。」
そんな訳で、僕達は、二人でせっせと撹拌を繰り返す。
だが、この単純作業……
「あー……飽きたっス。」
分かる、分かるよ、リーリスさん。
「なんでこんな事しなきゃならないんスかね~……」
何度目かの交代で、ベッドに横になったリーリスさんがこぼす。
そうだよね。
もう、朝から……お昼休憩をはさんで、そろそろ夕闇が差し迫る時間である。
「多分、これ、培養に必要な新鮮な空気を送り込む作業だと思うんデスよね。」
僕は、培養液をずっちゃ、ずっちゃとかき混ぜながら答えた。
「そうしないと、下の方のおカビ様が息が出来なくて死んでしまうんデス。」
「……空気っスか?」
僕の答えに、いかにもダルそうにベッドに倒れ伏していたリーリスさんがぴょこん、と起き上がる。
どうしたんだろう?
「それって、要は、この甕の下から空気が出ていれば
混ぜなくても良いって事なんスよね!?」
「えっ? ええ、まぁ……そうデスね。」
「じゃ、コレ、使えないっスかね!?」
そう言ってリーリスさんが奇麗に洗ってから、じゃらじゃらと持ってきたのは、大豆くらいの大きさの小さな黒い石。
「?」
【鑑定】
名前:魔蓄石(緑)
性質:風属性の魔力が籠っており、新鮮な空気を出す。
あ!!!
これ、僕がテトロドトキシンを飲まされた時に咄嗟に使ったヤツじゃん!!
「これ、アカトリバードって言う魔物の魔蓄石なんスけど、風の魔蓄石ってもっと
大きくないと、あんまりいい値段にならないんスよ。」
ちなみに、アカトリバード自体は、味も良いし、生息数もやたらと多いし、狩りもしやすいので、庶民の台所の優しい味方だ。
時々、エリシエリさんが鳥料理を出してくれるんだけど、その素材も、大概、コイツらしい。
味は普通の鶏肉よりは、森の風味と言うか、不思議なクセのある香りがするけど、結構おいしい。
リーリスさんも、エリシエリさんに渡すと夕ご飯のメニューが豪華になるので、かなり好んで狩っている。
そ、そうか! これなら、新鮮な空気をずっと送り続ける事ができる……!
リーリスさんは、そう言うと、その小石を培養液の壺の中に5,6粒放り込む。
じゃららッ! ぼちょぼちょっ!
と、その反応はすぐに起きた。
しゅわわわわわわ……こぽぽぽぽぽ……
「おお!!」
そう、金魚の水槽にエアーポンプを沈めた様な泡がぼこぼこ、と出て来る。
「この石、この位の事にしか使えないんスよね~。」
まぁ、フグ毒の無効化に使う、なんて言うのはレア中のレアケースだろう。
この石、ごく稀に魚を飼っている人からの需要は有るらしいが、普段はクズ石として捨てられている事も有るんだとか!
……そこら辺の小石を【鑑定】したら、混ざってるかもしれないな……
他には、お風呂に入れて泡を楽しんだりする活用法があるそうだ。
「じゅ、十分デスよ! す、すごいデス!」
「この魔蓄石の効果は半日くらいだから、半日ごとに5~6粒づつ入れて行けば
良くないっスか?
どうせ、ろ過するなら、その時に使えなくなった石を捨てれば良いっス。」
そんな訳で、リーリスさんの機転で僕達は撹拌作業から解放されたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます