第26話 カビの子、求めるカビを見つける。
しかし、この騒ぎで突然冷水を浴びせられた僕は、見事に風邪をひいてしまったのだった。
ぶえっくしょーいッ!!
お陰様でリーリスさんも今日はのんびりと自室で「矢」を作る作業をこなしている。
リーリスさんもかなり手先が器用だと思うんだ。
だって、ついでに僕の服も作ってくれてるし。
「ふんふんふんふん、ふーふん、ふーふん、ふーふふふーん♪」
しかも、鼻歌交じりに楽しそうだし。
この服ってリーリスさんのお手製だったんですね。
てっきり、こういうサイズが売ってるのかと思ってたよ。
僕は、と言うと……両手の火傷のお陰でほとんど何も出来る事が無い。
まぁ、すぐに冷やして、エリシエリさんのお薬も塗ったから、そんなに酷い事にはなっていないんだけど、安静にしておけ、との事。
仮に火傷が無かったとしても、熱も高いし、頭も痛いし……むしろ、静かに寝ている事こそが、僕が今やらなければいけない事だ。
うぅ……せめて、少年たちから買い取ったカビちゃんが生き残っていれば、今日からでも培養を始められたのに……
あの後、じっくり【鑑定】してみたのだが、残念ながら炎にあぶられたカビちゃん達は全滅していました。
とほほ。 超とほほ。
カビなんて、要らない時には勝手に生えて来るのに、求めるとなると手に入らないんだから嫌になるわぁ……。
コンコン。
その時、リーリスさんの部屋の扉がノックされた。
「はーい、どうぞっス~」
「リーリス、レイニー、居るか?」
ひょっこりと扉から顔を覗かせたのは、オズヌさん。
今日は騎士の服装のままだ。
白地に金色の入った高そうな鎧を着用している。
おぉ……スゴイ。
何か、ゲームや漫画に出て来る聖騎士さんみたいだ。
「あれ? 兄貴、どうしたんスか? 今日はまだ城の予定っスよね?」
「ああ、これ、見舞いだ。」
そう言ってオズヌさんがリーリスさんに手渡したのは丸い5つの玉が集まりドーナツ型になっている黄色い果実だ。
玉の数が多くなれば、某ドーナツチェーン店のライオンマスコットのタテガミに似ているかもしれない。
「わ~、グヤバーノじゃないっスか? ご馳走様っス!!」
おぉ、風邪気味の僕の鼻にもほんわか甘い香りが漂ってくる。
確か、市場でも見かけたけど、アレ1個で、結構良いお値段がしたはずだ。
「いや、実は、ウチの姫さんにレイニーの話をしたら面白がられてな……」
「え? 僕の話デスか?」
「ああ。あの、カビから薬を作る、ってヤツさ。」
あ、そんな話をお姫様にしたんだ……。
しかし、それを面白がるお姫様もお姫様だよな。
「兄貴も食べて行くっスよね?」
「いや、俺は、直ぐにまた城に戻るから、それは二人で食べてくれ。」
そう言うと、オズヌさんは別の袋に包まれたものをリーリスさんに渡す。
「で、これ。姫さんがレイニーにって。」
見れば、そこにあったのは一つのカロン。
ただし、運ばれている途中で傷がついてしまったのか、ざっくりと裂けた実の部分にモッフリと広がる緑色のコロニー。
おお! カビちゃん!!
「詳しく見ても構いませんか?」
「ああ。」
【鑑定】
名前:アオカビ
特徴:ペニシリウム・クリソゲノムの亜種。ペニシリン作成能力はクリソゲノムの894倍程度。
「はっぴゃく、きゅうじゅう、よん倍っ!?
は、は、は、白紙に戻そう遣唐使ーッ!!!」
思わず、跳ね起きた。
ありがとう国風文化っ!!! 超えたよ、
これで勝てるッ!! いや、何に?
ははは、ちゃんちゃら可笑しくなってくるわっ!!
どうしようね、もう、もう、も~!! モォォォォォ~!!!
はっぴゃくきゅうじゅうよん倍ですよ、リーリスさんっ!
「あはははははは!!」
いやー、思わず手にしたカビちゃんを頭に掲げ、踊り狂うのを止められない。
え? 僕、今、片足だけで跳ね回ってる? そんなの関係無いデース!!
だって894倍だもの!
「どうしたっスか!? レイニー!!」
「オズヌさん、ありがとうございマスッ!!
これこそ、これこそっ!! 僕の求めていた至高のおカビ様デス!!
ははぁ~、有りがたき幸せぇ~!!」
熱も体の痛みも吹っ飛びましたよ! いや、マジで。
「是非とも、お姫様には、愚民が至高のおカビ様を賜り、光栄至極に存じマス! とのたまっていたとお伝えくだサイ!!」
「お……おう……そ、そんなに喜んでくれるとは思わなかったが……
まぁ、その、なぁ、リーリス……これ、持って来ちまってよかった……のか?」
思わず不安そうにリーリスさんを見つめるオズヌさん。
え? うーん……とか、不安そうな顔しないで下さいリーリスさん!
良かったに決まってます! 最高です! ありがとう、オズヌさん!!
「嗚呼ッ! 幸せと言う名のフライパンの上で身を焦がされている心境デス!
溺れるっ! 溺れてしまう、この幸運に!! あはははははははは!!!」
ぼふんっ!
「れ、レイニー!?」
バランスを崩してお布団の上にひっくり返ってしまった。
でも、カビちゃんは無~事~!
あはは、お布団の上だから全然痛くないよ~ん、ふへへ~、やったぁ~!
「わーい、うふふふふふふふふふ!!」
うれし過ぎて笑いながら悶えていたら、今日の所は「これ以上興奮したらヤバイ」と、お二人の判断で、おカビ様を取り上げられ、眠くなるお薬を口に注ぎ込まれました。
……解せぬ。
「大丈夫っス。このカビちゃんは逃げないっス。
だから、今日は良く寝て、明日から薬作りをするっスよ。」
「えへへ~……ハイ、そうしマス~。」
ふわふわするような気持ちで眠りに落ちたら、翌日はめっちゃ早朝からバシィっと目が開きました。
おはよーございまーす!
思わず布団から飛び起きる。
うん、体が軽い!
「リーリスさん! リーリスさん! 朝デス!! さぁ、作りましょう!!
ペニシリンっ!!」
むにゃむにゃ、と目を擦りながら起き上がるリーリスさん。
こちとら、風邪も火傷も昨日の段階で吹っ飛んでますよ! どんとこいっ!!
「ダイジョブ、デース!!」
ふと、窓の外を見ると、まだ空には夜の残り香ともいえる濃い紫色の朝焼けが残っている。
でも、小鳥の声がうるさいくらい響き渡っているし、エリシエリさんの朝食準備の香りもするし、もうこれは完全に朝だよね?
リーリスさんの部屋には、一応、調理場スペースが存在していて、火を熾せる竈や水の流せる流し台も有る。
ただし、上水道は装備されていないので、あくまでも水瓶に溜めた水を使うか、【引き寄せ】で水を引き寄せる必要がある。
排水設備が整っているだけでも十分です。
さぁ、さぁ! 作り始めましょう! ペニシリン!!
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