第25話 カビの子、カビを燃やされる。
だが、ちょっとばかり目立ってしまうと、良い事ばかりでないのは何処の世界も一緒か。
「おぅ!? チビ助!!
どうして俺様の持ってきたモンは買い取れねぇって言うんだ? あぁ!?」
腐ったパンのようなもの……
だって、カビ過ぎてて、元の形状が分からないんだもん……をテーブルに叩きつけて怒鳴るスキンヘッドのおっさん。
外見的特徴は普通の人間なんだけど、普通の人と比べるとかなり体格が良い。
もし、この人が日本でボディーガードとか、警備員の制服を着ていたら、犯罪者が尻尾を巻いて逃げ出したくなるような立派な体躯だ。
……僕みたいな、ちんまい子供に対して全力で怒鳴らなくても良いでしょうよ……
うーん、勝手に体が震えるのはどうしようもないね。こりゃ。
「で、デスから、依頼にも記載させていただいたとおり、僕の欲しいカビちゃんは『ぺニシリウム・クリソゲノム』なんデス。」
「カビなんて、どれでも一緒だろうが!」
「違いマス。こういうカビちゃんデスよ。」
僕は、今朝、少年たちから買い取ったお餅のようなものに生えたカビを、怒鳴るおっさんに向けて突き付ける。
ピンク、白、青、黒、オレンジ。
様々な色が入り混じったおっさんのカビと比べると、その違いは一目瞭然。
「ふんっ!」
スキンヘッドのおっさんは、面白く無さそうに鼻を鳴らし、僕の手からぺニシリウム・クリソゲノムを取り上げる。
そして、顔の傍でまじまじと見つめると、突然、にやりと不気味に笑った。
「【
ぼっ!!
おっさんの声と同時に、僕のカビちゃんが宿る餅を炎で包む。
「ああああああああッ!!!」
思わず、絶叫してしまった。
な、なんてことをしてくれるッ!!!
思わず、おっさんを睨みつけた。
【鑑定】
名前:サイドン・ドーエス
祝福:【炎魔法】……
くっそ、よりにもよって、炎だと!?
カビ……微生物の最大の弱点は炎だ。
これから培養するためのタネだと言うのに……あのお餅に宿ったカビちゃんは全滅だ。
「おおっと、こりゃ悪い。手が滑ったな。」
いや、お前、絶対ワザとだろ!?
男は、おどけた様子で、僕の袋……残りのぺニシリウム・クリソゲノム種の宿ったお餅の入った袋を奪い取る。
「あっ!?」
「いやぁ、悲しいなぁ、
俺様が苦労して取って来たモノが買い取って貰えないなんてなぁ……」
「か、返してくだサイっ!!」
思わず、右足一本でテーブルの上に立ちあがり、僕のカビちゃんを取り戻そうとするが、僕の身長では、高く掲げられた男の手には、とてもではないが届かない。
ここ数日の間で、唯一と呼べる戦利品!!
それを焼かれる訳にはいかない。
「お願い! 返してっ!! それ、ぼくのデスっ!!」
「思わず、また、手が滑って焼いちまうかもしれないなぁ……」
「ヤメテっ!! わかりました、買い取りマス!
買い取りマスから、それを返してっ!!」
僕の叫び声を聞いて、ギルドのお姉さんが駆け寄って来てくれた。
「サイドンさんっ! ギルド内で依頼主とのトラブルはご法度ですよっ!?
冒険者ランクの降格や、はく奪の可能性もありますからね!」
「ちっ……」
おっさんはわざとらしい笑みを浮かべると、お姉さんに向き直る。
「別に、揉めては居ないさ。
単に俺様の持ってきたモノを買い取って貰おうとしていただけだ。
このチビが買い取ると言えば、何の問題も無いはずだぜ?」
「それより、その袋は僕のものデス! 返してくだサイ!」
「サイドンさん!」
「ふん、ほらよ。」
おっさんは、高く掲げていた袋を僕に向かって投げ落とす。
「あっ!?」
がた、どてんっ! ごしゃっ!
一応、その袋をキャッチする事は出来たが、ここはテーブルの上。
そして、すっかり忘れていたが、今の僕は、左足のヒザから下が無い。
豪快に転がり落ちて、したたか左半身を床に叩きづけてしまった。
……痛っぁぁぁぁ……
でも、何とか、お餅に宿ったぺニシリウム・クリソゲノムを取り戻すことが出来た。
ほっと一息ついた瞬間、
「【
男の放った炎の玉が僕の抱えていた袋に直撃した。
えっ?
「だ、ダメェーーーッ!!」
ばばばばばばばっ!!!
ぎゃーっ!! 消えて、消えてっ!!!
僕は、思わず着ていた服の裾で袋を何度も叩く。
ダメだ、もっと、強く煽るように叩き消さないとッ!
僕は咄嗟に変身を使い、脱げ落ちた服を確保すると、元の姿に戻り必死にその服で酸素の遮断を試みる。
おっさんの笑い声や、がっちゃん、どったん、何かの衝撃音、お姉さんとか周りの人が叫んでいるような音は聞こえたが、こちらはそれどころではない。
あーッ!! ダメダメっ!! 炎に弱いカビちゃんがぁぁぁぁっ!!!
半ばパニック状態の僕に理性を取り戻す液体が浴びせかけられた。
ばしゃんっ!!! ……ぷしゅ~……
「……き、消えたぁぁ……」
どうやら、誰かが水をかけてくれたらしい。
だが、黒焦げになった袋と、焼けてちょっと香ばしいニオイを漂わせているお餅の姿に思わず涙が溢れた。
うぅ……僕のカビちゃん……
能力は本家様の3分の1とは言え、折角、見つけたのに……
一度、決壊してしまったダムはそう簡単に元に戻らない。
僕の涙腺の仕様もそれとかなり近い構造をしているらしい。
「うぅ……ぐしゅっ……ふえぇぇ……」
ふはり……。
その時、突如、柔らかい大きな布が頭の上から降って来た。
「これは、どういう事っスか?」
え? この声はリーリスさん?
「い、いや、その……これは……」
浴びせかけられた水と涙でメガネがべちょべちょ。視界がぼやぼや。
僕は、降って来た布の端でメガネを拭き、響いて来た声の方へ向き直る。
目に飛び込んできたのは、床に尻もちをついて引き攣った笑いを浮かべるスキンヘッドのおっさん。
そして、表情は見えないけれど、いつもの見慣れたミルクティー色。
その髪を後ろで束ねたエルフの青年。
おっさんと僕の間に割り込み、僕をかばうように立ちふさがるその手には弓と矢が握られている。足元に転がっているのは、カラッポの桶。
あ。あのおっさんのスキンヘッドに足跡みたいなアザが付いてる。
どうやら、この水をかけてくれたのはリーリスさんのようだ。
「お、俺様は、だた……その、商談を……」
「商談? 俺には子供をカツアゲして虐めていたようにしか見えなかったっス。」
あ、あれ? 何か……声の調子が違う?
どちらかというと、ほわほわ弾んだ調子で話すリーリスさんとは思えないような、低く、暗く、鋭い音色。
エ……エリシエリさん直伝の威圧?
ほ、本当にリーリスさんだよな? 別のエルフさんじゃないよね?
おもわず、口をあんぐり開けてピンといきり立った長い耳の後ろ姿を見つめる。
「わ、悪かった、悪かったって!! ひぃぃぃっ!」
おっさんが、情けない悲鳴を残して、だばだばと走り去る。
それを目の当たりにして、ようやく、僕の感覚が帰って来た。
両手は、ピリピリと痛みを訴えていて、火脹れのような火傷が広がっている。
テーブルから落下した時に打ち付けた半身は、打撲のような鬱血の影を感じられる。これは、後々立派な紫色のアザになりそうだ。
「ふぇくしっ……」
あー……ずぶ濡れだから、冷えて来た。
「レイニー! 大丈夫っスか?」
「リーリズざん……」
あ。良かった。やっぱりいつものリーリスさんだ。
僕を振り返って心配そうにしゃがみ込むリーリスさんの耳はへしょん、と降りていて、威嚇のいの字も感じられない。
「あー、もう、レイニー……一体、何が有ったんスか……」
「うぅ……」
僕は、あのおっさんの外道な仕打ちを洗いざらいリーリスさんにぶちまけた。
「ぞれで……ひっく、ぼぐの、がびぢゃんがぁぁ……ぐしっ」
くぅぅ!
事情を説明していたら、また悔しさが液体になって顔中から溢れ出るじゃないか。
「うん。うん。それは災難だったっスね。
アイツみたいな、無理やり依頼料をカツアゲしようとする質の悪い奴が来た時の
対処法を伝え忘れてて、悪かったっス。」
曰く、依頼達成でトラブルになりそうな気配が有ったらすぐにギルドの受付嬢か、ギルド役員に助けを求めるべきだったらしい。
そう言いながら、わふわふと、僕に投げかけられた大きなタオルのような布で、体を拭いて行くリーリスさん。
さらに、あの桶には、新しい冷水を汲んできてくれて、両手の火傷を冷やす。
「でも、最近は、ああ言う奴はかなり減っていたんスよ。」
「……ぐすっ。ひぐっ」
僕は、下唇を噛みしめて小さく頷く。
くそっ、横隔膜の痙攣が収まらない。
「あー……あと、レイニーは、もう少し羞恥心を持った方が、良いっスね。
その……せっかく可愛いんだから……」
ん? 羞恥心?
あ、そういえば、袋に着いた炎を消す為に、服を脱ぎ捨ててましたっけ。
そうそう、服を、ね。公衆の、面前で……
わーっ!! わーっ!! わあぁぁぁぁっ!!
……冷静、客観的になると、顔面に熱が集うのがわかる。
は、恥ずかしい!
これも全部あのおっさんのせいだ!!
僕は必死だっただけなんだよ!! 信じて、リーリスさんっ!!
僕、別に露出狂じゃありませんからッ!!
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