第24話 薬屋の弟子、カビの子と呼ばれる。


「えっ? ……もう一度、うかがってもよろしいですか?」


 翌日、リーリスさんに連れられ、冒険者ギルドに着いた僕が、受付のお姉さんに依頼を伝えた第一声がこれである。


 ちなみに、リーリスさんはダンジョンでの仕事を請け負って、すでに郊外の方へ出発している。


 夕方には迎えに来てもらう予定だ。


 明るいオレンジ色のストレートヘアに頭の上に揺れる4本のうさ耳。

 きゅるんとした大きな瞳にショーモデルさんのようなナイスバディ。

 異世界の受付嬢って顔面・容姿偏差値レベル高ぇ……


「えっと、デスから、『アオカビの生えた物』が欲しいんデス。」


「アオカビの生えた物……」


 聞き間違いじゃなかったのね……と、その可愛い唇から困惑の音がこぼれる。


 お姉さん、お姉さん。

 小さく呟いたつもりかもしれないけど、こっちの耳にもバッチリ届いてますよ。


 うん。こっちの世界だとそんな事を頼むのは変人だって自覚はあるから、その気の毒そうな目、止めて貰って良いかな?


「えーと、その『アオカビの生えた物』に、本当に『小銀貨1枚』報酬を

出されるんですか?」


「ハイ。」


 小銀貨1枚が、現在僕の投資できる限界金額である。

 もし複数「有望な株」が見つかったら、可能な限り全部お持ち帰りしたいじゃない?


 この金額設定だと最高でも持ち帰れるのは5個くらいが限度……でも、それも含めて、小銀貨1枚なのだ。


 金額としては、約1000円くらいだが、腐って売り物にならないようなものを1000円で買い取る、と言われれば多分、集まって来るに違いない。


 この世界、小銀貨1枚あれば、大人の外食1~2食分くらいにはなる。

 自炊する気があるなら4~5人分の材料を買う事も可能だ。


「ただ、欲しいカビちゃんが限定されるので、ここで見させていただいて、

気に入ったカビちゃんだけ持ち帰る方法でも良いデスか?」


「……カビちゃん……」


 呆然とそれだけ呟いた後、しばらく考え込むお姉さん。

 それでも、気を取り直して笑顔で対応してくれる辺り、接客業に対するプロ意識を感じる。


「そうなりますと、お客様は『ご自身の気に入られた……カビ』をお求め、と言う事ですね?」


「ハイ、そうデス。」


「で、それ以外の『ご自身の気に入らないカビ』は不要、と言う事なんですね?」


 こくり。

 僕は大きく頷いた。


「では、その『気に入る・気に入らない』の違いは何ですか?」


「『ぺニシリウム・クリソゲナム』って言うカビが欲しいんデス!」


 分からねぇよ! と、お姉さんの顔に書いてあるのが分かる。

 僕は、必死に実験室で作った時のカビの形を思い出す。


「えっと……青と灰色を混ぜた様な色で、ふわっとした円形になっている事が

多いデス。

それで、カビの表面が波打ったり、別の色が混入しておらず、表面にビッシリ短い毛の生えた繊維のような形状デスね……

あ、あと、自分以外のカビや微生物を近寄らせない物質をたくさん作ってるので……これ1種類だけで生えているか、このカビを避けるように他のカビが生えマス。

僕が見れば一発で分かるんデスけど……」


 すらすらと立て板に水をかけたようにカビの特徴を語る僕に、お姉さんは頷きながら、何かをメモしている。


「……なるほど、特定種類のカビをお求めなんですね。わかりました。

でも、『カビの生えた物』に、この報酬金額なら成立する可能性は十分ありますね。何かのついでに受けられますし。」


 お姉さんは、にっこりと微笑んで僕の依頼を掲示板のような所に張り出してくれた。



 【探索クエスト】

 ●『カビの生えた食べ物』

 ただし、カビは特定種「ぺニシリウム・クリソゲナム」に限る。

 特徴は青と灰色を混ぜた様な色、表面にビッシリ短い毛の生えた繊維のような形状、このカビを避けるように他のカビが生えるか、単体でのみ生えている。

判断は依頼主による。

 ●成功報酬:小銀貨一枚。

 ●期日:先着順5名様まで。

 ●受付可能:本日夕方まで。ギルド内待合スペース。

 ●冒険者ランク:制限なし。



 ちなみに、これを張り出すための事務手数料も小銀貨一枚だったので、是非とも誰か受けて欲しいものである。


 なお、さらにギルドへの料金を割り増しで支払う事で【緊急クエスト】に分類してもらう事も可能。

 そうなった場合は、優先的にギルド専属冒険者さんが対応してくれる仕組みだ。


 ただ、まぁ、そっちは、結構、お値段が……ね。

 リポキロを買うよりはずっと安いけど……最低でも大銀貨1枚、つまり約1万円ほど必要になってしまう。

 無い袖は振れない。


 僕は、依頼品の鑑定が必要なため、ギルドの待合スペースで待たせて貰う。

 待合スペースには、この手の依頼人が何人か居るようだが、それぞれ手仕事をしながらのんびり待って居るらしい。


 僕は、空いている奥の方の席で、エリシエリさんに頼まれた薬草の種の区分け作業をしつつ、待つことにした。


 この薬草、僕も最初に飲まされた、あの痛み止めの主原料に使われているらしい。

 半月型でゴマみたいな細かさだけど、ちょっとアサガオの種に似ている。


 ちまちまと区分けをしつつ、さりげなく、掲示板の様子をうかがえる程度の場所をキープして作業してたんだけど……


 僕の出したクエスト……やっぱり、ちょっと異質だったようだ。


「カビた食べ物が!? マジかよ」とか「腐った物を小銀貨1枚!?」とか僕の依頼を指差し爆笑するパーティとか、そんな人たちの多い事!


 他の探索クエストは、明らかに薬草と分かるような植物とか、毛皮とか、希少な鉱物とか、そう言うものを求めている依頼しか見当たらない。


 そりゃ……まぁ、浮くよね。


「すいませーん! カビの生えた物の依頼主さーん!」


「あ、ハーイ!」


 暫くすると、4人のパーティの少年たちが声をかけて来た。

 竹のような木の素材で作った素朴な鎧を着ている。

 まさに、「駆け出し」を絵にかいたような4人組だ。


 僕が手を上げると、少年たちがぞろぞろと近寄って来た。

 そして、興味深そうに僕を見回す。

 多分、彼らが視線からビームを出せたら、僕は跡形もなく消えているに違いない。


「えっと? 君が依頼主?」


「ハイ、そうデス。」


 想像より小さかったので驚いたんだろう。彼らは顔を見合わせて一斉に噴き出した。


 ええー? ちょ、それ、どう言う反応な訳? いきなり爆笑は失礼じゃないかい!?


「あはは……あー…ねぇ、君、これ、本気?」


 4人の少年の内、黒に近い茶髪の子が例の依頼書の写しを指差して問いかける。

 どうやら、彼がリーダーみたいだ。


「ハイ、もちろんデス。

ただし、僕のお眼鏡にかなうカビちゃんでなければ報酬はお支払いしマセんよ!」


 くいっと、メガネを正してそう宣言してやると、どうやらその様子が滑稽だったらしく、彼等の笑い声が一層大きくなった。

 むむむ……! 僕は大真面目ですよ!?


「あー……ゴメン、ゴメン……じゃあさ、これでも良いの?」


 明らかに謝ってない謝罪を投げかけ、茶髪の少年は薄汚れた袋からカビの生えたお餅のような食品を取り出す。


 おお!

 思わず瞳が輝いてしまったのが、自分でもわかった。

 青と灰色を混ぜたような色! 丸くモフっとしたコロニー! 

 これは期待大ですよ!!


「【鑑定】させていただいてかまいまセンか?」


「どーぞ、どーぞ。」


 【鑑定】

 名前:アオカビ

 特徴:ペニシリウム・クリソゲノムの亜種。

 ペニシリン作成能力は高い。ペニシリン・クリソゲノムの3分の1程度。


 おおおおおおお!? 作成能力は高い!?

 いきなりキターッ!!!


 あぁぁぁぁ、でも、3分の1かぁ……


 いや、でも、ほとんどが有毒なカビの中で、それでも一応、有益な株が出た事はありがたい事ですよ!?


 僕は、ニッコリ笑うと、彼らに告げた。


「ありがとうございマス、これは僕の希望のカビちゃんですね。

報酬をお支払いしマス。」


 僕は、茶髪の少年の手に小銀貨一枚を渡す。


「マジかよ!?」


「ほ、他にもあるんだけど、どうかな!?」


 少年たちは、同じ袋に入れられていたお餅のような食品を全てテーブルの上に広げた。

 その半分くらいがカビてしまっているが、他の半分は奇麗なままだ。


「? こちらは、特に何もないデスね……」


 僕は、その中で奇麗な半分を相手に戻す。


「うん。実は、これ、一袋小銀貨1枚で買ったんだけど……騙されちゃってさ、

半分がこんな風にカビてたんだ。」


 この量で小銀貨1枚は安い、と思って購入したらこのザマ、との事だ。

 ……悪徳業者や詐欺師ってどこの世界にでも居るのね。


 くぅぅ……! こっちが先日市場で、必死に探した時は見つからなかったのにィ!!


 カビてしまったものを鑑定すると、最初に買い取ったものと同じカビは2個程

見つかったが、他は有害なカビだった。


 どうしようかな? 

 僕個人としては、できればもう少し生産性の高いのカビちゃんを探したい。

 資金に限度が無ければ同じヤツでも買い取っちゃうんだけどね。


「うーん、残念ながら……他は僕の求めるカビちゃんではないデスね。」


「そっか。

でも、1個でも売れれば良いや。残りのカビたヤツも全部お前にやるよ。」


「え!? いいんデスか?」


「うん、これ1個で俺たちは元が取れたし。」


 そう言って、渡した小銀貨を器用に指で弾いてはキャッチする。


「じゃ、お礼に……

そっちの奇麗な方デスけど、カビた物と一緒の袋に入れられていたので、硬く絞った布で良く拭いてから、火を通して早めに召し上がった方が良いデスよ。

あと、その袋じゃなくて、別の袋で保管してくだサイ。」


「へー? じゃ、そーするわ。元々、今日の夕食にしようと思ってたし。」


 少年たちは、素直に別のもう少し奇麗な袋にカビていないお餅をしまい込む。


「じゃーな、カビの子! サンキュー!」

「お前、カビみたいな色の髪してるよな! 良く似合うぜ!」

「だからカビが好きなのか?」「カビの申し子……か。」


 口々に、お礼なんだか悪口なんだか褒めてるんだか、よく分からない事を言いながら去って行く。

 やかましいわ! 誰がカビの申し子じゃ!!


 しかも、このやり取りが結構ギルド内に響き渡っていたらしく、僕を指差し「あれがカビの子か」とか「カビの申し子……ぷふふ」とか、そんな声が聞こえて来るんですけど!?


 でも、ペニシリウム・クリソゲノムの亜種が手に入ったのは素直にうれしい。

 ほくほく笑顔で、その3つのカビちゃんをそっと自分の袋にしまい込む。


 ちなみに、有害なカビの生えたお餅は、ギルド内で破棄させていただいた。


 奇妙な二つ名を貰ってしまったが、結果的に、このやり取りが良い方向に働いたらしい。


 本当にカビの生えた物がお金になる、と言う事を周知させる事ができたらしく、それからは、ぽつ、ぽつと僕に声をかけて来てくれる人が増えて来たのだ。


 うれしい!



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