第23話 薬屋の弟子、カビを渇望する。
「……ただいま、っと……リーリス、レイニー……何をしてるんだ?」
「あ、兄貴、おかえりっス。」
「オズヌさん、お久しぶりデス。」
僕とリーリスさんが市場で購入してきたメロンと柿を足して割ったような果物を半分に切り、洗面台に並べている所にオズヌさんが帰って来た。
「カロンは足が早いから、切ったらすぐに食べないと悪くなるぞ?」
このメロンと柿を足して割ったような果物、カロンって言うのね。
お手頃価格な果物の中で一番腐りやすいものを教えてもらって買ってきたのだ。
「良いんデス。今、腐らせているんデス。」
「うん?」
僕の言葉に、オズヌさんは困惑の度合いをより深めた顔で固まった。
「薬の材料にしたいので、腐らせているんデス。」
「薬の材料なのに腐らせるのか?」
「そうデス、このカビが材料になるんデス!」
「へぇ……」
あっ……何か、完成しても自分は使いたくないって顔してる……。
「兄貴、レイニーが新しい薬の作り方を知ってるって言うんスよ。」
「ああ、そう言えば、薬草の区分けをしていたな。……まぁ、頑張れよ。」
オズヌさんは、僕が薬草を分けていたことを思い出したのか、胡散臭そうだった視線が氷解する。
「あの! オズヌさんもカビの塊を見つけたら、僕にくだサイませんか?」
「ああ。見つけたら取っておいてやるよ。」
「ありがとうございマス!!」
オズヌさんは、カットされたカロンを汚さないように手を洗うと、そのまま自室に戻って行った。
これで今日できる作業は終わってしまった。
あとは、優良株なカビちゃんが生えるのを祈るばかりだ。
そんな訳で、ここ数日リーリスさんは「廃品回収系」の仕事を請け負っている。
しかし、なかなか「カビの生えたもの」をゲットしてくるのは難しいらしい。
「廃品回収」も毎回、必ずナマモノを扱うって訳ではないしね。
ちなみにこの「廃品回収系」は、冒険者でなくても受けることが出来るらしいので、僕も手伝おうかと言ったのだが、全員から止められてしまった。
「やめておけ、レイニーの体格だと、下手したら他の奴に踏みつぶされるぞ?」
「絶対無理っスよ。
『廃品回収系』は、危険が少ない代わりに、体力的にはキツイんス。」
「その足で? その細腕で?
自力で3階まで上がれない癖にバカ言うんじゃないよ。」
……との事。
とほほ。
そして、待つ事4日。
ついに、仕込んでいたカロンに待望のカビちゃんが発生したのである。
おほぉ~、生えてる、生えてるっ!!
もふん、と丸くコロニー作っているのがこんなに可愛く見えるなんて!
思わず、ほおずりしたくなるのをぐっとこらえる。
さて……この子達はペニシリウム・クリソゲナム君みたいに、たくさんペニシリンを作ってくれる株かな?
じっと見つめていたら、例の半透明の文字が浮かび上がった。
【鑑定】
名前:アオカビ
特徴:ぺニシリウム・イタリカムの一種。果実に着くカビ。有毒。ペニシリン作成能力は低い。
おっと。残念……!
ぺニシリウム系のカビちゃんは、一応、どの種も抗生物質を作ってはいるんだけど、薬になるほど大量に分泌している種は限られる。
あ、これってミカンとかを腐らせている奇麗な青緑色のカビの事かな?
どうやら、このコロニーはあまり薬には向いていないみたいだ。
じゃ、こっちのちょっと黄緑色っぽいカビちゃんは?
【鑑定】
名前:アオカビ
特徴:ペニシリウム・イスランジカムの一種。肝臓に大きなダメージを与える。有毒。ペニシリン作成能力は極わずか。
コイツも向いていないか~。
その隣は? これ、青と言うより暗褐色なんだよね。
【鑑定】
名前:クロカビ
特徴:クラドスポリウム・クラドスポリオイデスの一種。
食中毒や気管支喘息の原因となる事もある。
あ、違うわ。
まぁ、空気中には黒カビも混ざってるもんね。
そりゃ、こうなるわ。
次々とカビの生えたカロンの実を【鑑定】して行く。
でも、【鑑定】って便利つーか、軽くチートだよなぁ。
見ただけで知りたい情報が解っちゃうんだもん。
元の世界だったら、わざわざ培養するなり、顕微鏡で調べるなり、ある程度の実験を行わないとカビのペニシリン分泌量なんて分からないもんね。
しかし、残念ながら、今回コロニー化したカビちゃんの中に僕が求める株は見つからなかった。
ま、まだあきらめないよ……!
だって、まだカビちゃんが生えていないカロンも残っている。
それに、朝ご飯の黒いパンを残して置いたりして、カビを増やす準備は万端!
明日こそ、良いカビちゃんが生えますように……!
それに、今日の廃品回収はナマモノ系らしいから、夕方にはリーリスさんが生ごみを抱えて帰って来てくれるはずだ。
う~ん、実に待ち遠しい。
新たな生ごみのご来訪……もとい、リーリスさんの帰宅が。
「ただいまっス~。」
「おかえりなサイ! 今日の戦利品はどうデスか?」
「とりあえず、これだけっス。」
リーリスさんが取り出したのは大きなゆずのような柑橘類に生えた青いカビと、よく朝食に食べる黒パンに生えた白いカビだ。
早速、その二つを舐めるように【鑑定】する。
両方とも「アオカビ」ではあるものの、残念ながらペニシリンの「種」になるような有望な株では無かった。
思わず肩が落ちてしまう。
僕のそんな様子に、リーリスさんはそれだけで答えを悟ったのだろう。
にゃはは、といつもの調子で笑っては、やさしく頭を撫でてくれた。
「……残念デスけど……」
「まぁ、直ぐには見つからないかも、って最初からレイニーが言ってたっスよ。」
「うぅ……」
分かっていたけど……何か、生産性の無い課金ゲームのガチャをやってる気分……
「何か、もっと効率良くカビをいっぱい【鑑定】できたら良いんデスけど……」
そう、これはもう数をこなすに尽きるのだ。
下手したらペニシリウム・クリソゲヌムみたいな株を見つけるよりも、小金貨3枚溜めて「リポキロ」を飲んだ方が早いかもしれない。
禁酒貯金の金額は、日々着々と積みあがっていっている。
僕が大きくため息をついた。
「だったら、『冒険者ギルド』に『依頼』を立ててみたら良いんじゃないかい?」
「姐さん! それは名案っスね。」
「ああ、おかえり、リーリス。」
エリシエリさんが、僕が【鑑定】し終わって、破棄が決定した果物をまとめて、ぼっとん便所に放り込む。
「何をしているか知らないけど、こう度々、ウチにカビたゴミばっかり
持ち込まれてもねぇ……」
エリシエリさんが眉間に皺を寄せて言葉を続ける。
「それに、1階の洗面台は共用スペースだよ。
食べかけのカロンを並べておくのは止めとくれ。」
うぅ、それは、ごもっとも。
でも、冒険者ギルドに依頼ってどういう事だ?
「そんな事、できるんデスか?」
「出来るっスよ。
『冒険者ギルド』って要は『どんな事でもお金次第で解決します』ってスタンスの
所っスからね~。」
ただし、その依頼が必ずしも遂行される、と言う保証は無いらしい。
「冒険者ギルド」って漫画やゲームではよく聞くけど……
まさか、自分が「カビ集め」のために利用する事になるとは……
でも、単にカビが生えて来るのをひたすら待つより、良いかもしれない。
詳しくリーリスさんに確認すると、冒険者ギルドへ依頼をするのは誰でも出来るらしい。
以来達成時のお礼の金額を決めるのも、基本的には依頼主。
一応、依頼内容によって、最低難易度がギルド内で設定され、それが高くなると礼金の最低価格が上がって行くように定められている。
あまり難易度の高い仕事を、アホみたいに安い金額で依頼する事は出来ないそうだ。
ただ、今回僕がお願いする内容は「カビたものを集める」事なので、難易度的には最低ランクで十分。
報酬だって銅貨レベルで対応が出来そう、との事だ。
……それなら、僕のお小遣い程度の稼ぎからでも、何とかひねり出せる。
「リーリスさん、明日は僕も『冒険者ギルド』につれて行って貰えないデスか?」
「もちろん、良いっスよ~。」
リーリスさんは、明日は久しぶりにダンジョンに行くっス~、と楽しそうに弓と矢を準備し始めた。
……ちょっと、悪い事しちゃってたかな。
ここ数日、ずーっと「廃品回収系」のお仕事ばっかり受けて貰っていたもんな。
だが、僕のそんな後ろめたい気持ちも、リーリスさんの背中にぽつ、ぽつと薄っすら浮かび始めた赤い斑点を見て吹っ飛んだ。
ちょっと、待って!?
進行、早くない?
普通、第1期から第2期に進行するまで、ひと月以上はかかるはずなのに…!?
あのしこりに気づいてから、まだ1週間ちょっと程度しか経過していない。
ちなみに、右手中指のしこりは、あれから数日ですっかり消えてしまった。
しかし、それは潜伏期間に入った事を意味しているに過ぎない。
急いでリーリスさんを【鑑定】してみると一応、ステイタス異常の部分はまだ「梅毒・第1期」となっていたのだが、不安がぬぐえない。
僕は、持っているだけのお金を握り締めると、
明日、冒険者ギルドへ行く事を心に誓ったのだった。
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