第22話 薬屋の弟子、カビを探す。


「いや~……男女の間のホレたハレたは、ホント懲り懲りっス。」


 リーリスさんが疲れた様な顔でため息をつく。


 以前に所属していた冒険者のパーティーメンバーがリーリスさんを含め、男性3人、女性1人だったらしい。その中で恋愛関係のいざこざがあり滅茶苦茶苦労したそうだ。


 最終的には、その1人の女性の心を射止めようとしたリーリスさん以外の男2人から、彼女と無理に関係を持ったと勘違いされ、パーティーから半殺しの状態で追放となったのだとか。


 結局その女性には、別のパーティーに本当の恋人が居たと言うのだから、なんとも救われないオチである。


「や、やれやれなんだな。

よ、嫁は可愛くて良いものなのに、き、気の毒なんだな。」


 どうやら、ポポムゥさんはご結婚されているようだ。

 もしかして、薬指の指輪ってこっちの世界でもそう言う意味でつけているのかな?

 単に装飾見本的な意味でしてるのかと思った。


 ポポムゥさんは、アクセサリーを仕舞いながら、僕達を不思議そうに見つめる。

 そして、僕の左足で視線を止めると、納得した様に頷いた。


「ああ! こ、この子の義足なら、いつでも受けるんだな。

ふ、普通の技工士に頼むよりも、この子の小ささなら細工師の資格も有る、

ボ、ボクの方が適任なんだな。」


 おお? そんなものまで出来るのか。

 ポポムゥさんは、細工師だけでなく、技工士としての能力も高いみたいだ。


「今日の買い物は違うっすけど、それはお願いしたいっスね。」


「ま、まいどありなんだな。 

へ、変幻種なら『魔法鉄』で作る必要があるんだな。」


 魔法鉄と言うのは、オズヌさんの服を仕舞っていたあのアイテムみたいな特殊効果を持たせられる鉱物の事らしい。


 僕の場合、人間の状態だと人の足の形の義足、小鳥に変身したら小鳥の足の形の義足に変化させなければならないそうだ。


 しかし、そんな凄いアイテム……た、高そう。


 当然だけど、そんな義足は小金貨4枚~……が、相場のお値段。


 ちなみに、この世界のお金の種類と価値をまとめるとこんな感じらしい。

 昨日、リーリスさんに根掘り葉掘り確認したので、リーリスさんの感覚がずれてなければ、正しいはずだ。


 小銅貨…10円

 中銅貨…50円

 大銅貨…100円


 小銀貨…1,000円

 大銀貨…10,000円


 小金貨…100,000円

 大金貨…500,000円


 魔金貨…1,000,000円~


 銅貨は子供のお小遣いレベル、銀貨が一般庶民が生活で使うメイン通貨、金貨は大商人やお金持ち、魔金貨と言うのは、ほぼ貴族専用……だそうだ。


「あ、あの、でも……今、お財布に余裕が無いんデス。」


 小金貨4枚もあったら、さっさとリポキロを買っている。


「あははは、わ、分かってるんだな。

ま、『魔法鉄』を手に入れて来たら、か、加工料金は割引にしてやるんだな。

だ、大銀貨4枚くらいで手を打つんだな。」


 おお、一気に10分の1の価格!


「流石、ポポムゥ、助かるっス!」


 ちなみに、魔法鉄はリーリスさんが良く行くダンジョンでそこそこ手に入るアイテムなのだとか。

 こう言った素材類をギルドに売る事がリーリスさんの大きな収入源らしい。


「そ、素材を手に入れたら、う、ウチに来るんだな。」


「そうするっス。ありがとっス!」


「ありがとうございマス。」


 ぺこり。

 僕もリーリスさんの腕の中から頭を下げる。


「と、ところで、本当に何を買いに来たんだな?」


「ん~と、今日は、フォス芋・シャーリ・ミーブ油・ログ炭・サワダ粉っスね。」


「……か、菓子でも作るつもりなんだな?」


「お菓子じゃないっス~! 薬っスよ!」


 リーリスさんがむぅ、とほっぺを膨らませる。

 一応、リーリスさんもエリシエリさんの弟子みたいなものと認識されているらしい。

 ポポムゥさんは納得したように、頷いている。


 あ、そうだ! 

 この町の市場に詳しそうなポポムゥさんに聞いておきたい事があったんだ。


「あの、ポポムゥさん……」


「ん? ど、どうしたんだな?」


 僕が声をかけると、糸のような細い瞳に人が良さそうな微笑みを浮かべて僕を見つめる。


「何か、カビたパンとか果物とか持って無いデスか?」


「ふぁっ!? も、持ってる訳ないんだな!?」


 暖かそうなサーモンピンクの髪がビクンと揺れ、突然、何を聞いてくるんだ? と言わんばかりに細い目を見開くポポムゥさん。


「あ、えーと、そう言うカビのコロニーってどこで手に入るか、ご存知デスか?」


「か、カビのころにぃ、なんだな?!」


 あ、この人、瞳の色……紫だったんだ。

 ずっとニコニコ細い目つきだから分からなかったわ。

 その紫色の瞳が困惑に揺れる。


 あれ?

 そんなに変な事、聞いたかな?


「ハイ、腐ってアオカビの生えた果物とか、欲しいんデス。」


「リ、リーリス……こ、この子……大丈夫なんだな?」


 おい。

 僕の目の前で、頭を指差して「大丈夫か」不安そうに聞くな。


「にゃ、にゃはは~……ま、悪くはないっスよ。」


 リーリスさんも、もっと強く否定してよ!

 昨日あんなに微生物の可能性について、ガッツリ・みっちり語ってあげたじゃん!!

 むぅ。思わずほっぺを膨れさせて不満を示してみる。


「い、傷んだ果物なら八百屋……い、市場の南側にあるかもしれないんだな。」


 どうやら、市場は、南側が生鮮食品や保存食などの食料品を取り扱う店が立ち並んでいるらしい。

 他の材料も、そのほとんどが南側で取り扱っているようだ。


 装備品や装飾品は西側らしいので、僕達は市場の入口でポポムゥさんと別れた。



 市場の雰囲気は輪島の朝市から和風を抜いた感じと言うか、現代文明の抜け落ちたフリーマーケットと言うか……そんな感じだ。

 明らかに簡易的な移動式の手押し車で、商品を持って来て、地面に小箱やら、テーブルやらを置き、そこに商品を並べて売っている。


 流石に港町だけあって、魚介類らしき鮮魚や干物の販売ゾーンが広く場所を取っていた。

 紫色に輝く大きなエビ、サザエのような尖った巻貝、足が10本生えているタコ、海苔や海藻の佃煮らしきもの……


 うーん、美味しそう……。


 今朝は、市場に来るために急いで出て来たから、エリシエリさんの朝食を食べれなかったんだよね。

 お腹の虫がきゅーきゅーと切なそうに鳴いている。


 嗚呼!! 

 新鮮な魚介をそのまま串に刺して素焼きにして売るってどこの世界も一緒なのね!

 この香ばしい匂い! 空腹時には、もはや凶器だわ。


「ん~……お腹空いたっスね。

レイニー、もう少し南に行った先に、安くて美味しい焼きシュリプナのお店が

有るんスよ。そこで腹ごしらえしないっスか?」


 こくっ! こくっ!


 勢い込んで頷いてしまった。

 焼きシュリプナって言うのが何か分からないくせに。


 でも、この状況下! 新鮮魚介だとは、想像がつきますよ!

 海のものなら何でも喰うと言われている日本人のDNAが万歳三唱をしている。


 待っていろ、胃袋!

 もうすぐ、たらふく魚介を入れてやるからな。


 リーリスさんが案内してくれたお店は、まさに「漁師のおかみさん」が切り盛りしているような露店でした。


 メニューは「焼きシュリプナ定食」1種類だけ、と言うストイック・スタイル。

 他のお客さんを見れば、シュリプナと言うのは大型のエビの一種であるらしい。


 やった!! エビ、大好き!


 ほっこり焼かれて頭を毟り取られた大きなエビが、まるまる5尾!!

 これに、毟られた頭で出汁を取った具沢山の野菜スープ、

 海鮮の出汁たっぷりで炊かれたリゾットのようなご飯がついて大銅貨5枚は破格。

 朝食は二人で約500円分、と言う懐に優しい仕様。


 しかも、僕みたいな小人族は、シェアしてOKと言う優しい心遣いまで!

 ありがたや~。


 あ、もちろん、リーリスさんの朝・昼の晩酌代は強制的に貯金ですよ?


 いくら僕がペニシリンを作る、と言ったって成功する保証は無いのだ。

 初期であれば、確実に「梅毒」を治せる「リポキロ」と言う薬がこの世界には存在してるんだから、両方の手段を使えるように努力するのが普通でしょ?


 流石に、これだけ年下の僕が、涙ながらに貯蓄を訴えれば、リーリスさんだって嫌とは言えなかったようだ。

 しかも、かかっているものはご本人の命だからね。


「うまぁ~……美味しいっスね~。

このスープが有れば、お酒が無くてもガマンできるっス。」


「良かったデス。本当に美味しいデスね~。」


 僕達は注文した定食をわしわしと平らげる。

 エビは甘くて、ジューシーで、ぶりんぶりんで、最高!

 僕は1尾で十分だったので、残りの4尾はリーリスさんがペロリ。


 しかも、このスープ……!


 ブイヤベース風味噌汁みたいで、何か、美味しいうえに懐かしい。

 リゾットも美味しいんだけど、白米が欲しくなる味だわ……!


 エリシエリさんの朝ご飯も美味しいけれど、たまには、お外ゴハン……いいね!



 そんな訳で、お腹も満ちた僕達は、無事ペニシリンの材料を買い揃える事が出来た。の、だが……



「カビたパンが欲しい!? 

おいおい、チビ介……お前さん、ウチに喧嘩売ってるのか?」


「腐った果物? あたしの店にそんなもの置いてないよ! 全部新鮮そのものさ! 美味しいよ!」


「ふふふ。これかい? 別に腐ってはいないよ? 

これは、魚の内臓を発酵させた調味料だよ。」



 ぐ、ぐぬぬ……!

 か、カビた物が無い……!!



「にゃは~……ま、生鮮市場なんだから、それが当然っスよねぇ~。」


 リーリスさんは、アオカビを市場で見つけるのは早々に諦めているらしい。

 だけど、そこは諦められないのですよ! 僕はっ!!


「ううぅぅぅ……アオカビ~……アオカビぃぃ……」


「ねぇ、レイニー……アオカビって、普通に果物とかを買って行って、

ウチで放置しとけば良いんじゃないっスかぁ?」


「確かに、無理に買う事は無いんデスけど……」


 ただ、色々な環境下で育ったカビを集めたいだけなのだ。

 「アオカビ」と一口に言っても、抗生物質であるペニシリンを大量に出す株とそうでない株があって……


 実際、有効成分を大量に作り出す株を見つけ出すのは、元の世界だと「宝くじに当たるような物」と言われていたくらいだ。


 そのため、自宅で育成したカビちゃんの中に、その「優良株」が居てくれればいいけど、そこまで運が良い自信は無い。


「自宅以外の所で育ったカビも欲しいんデス……」


「だったら、市場よりも明日以降、廃品回収系の仕事を当たってみるっスよ。」


「廃品回収系デスか?」


 聞けば、冒険者の仕事にも「廃品回収系」は存在しているらしいのだ。

 いわば「ゴミ収集」や「下肥買取の手伝い」に当たる作業で、ランクの低い冒険者や駆け出しでも受けられる仕事として、週に1~2回は依頼があるらしい。


 ただ、元の世界と大きく違うのは、生ごみは畑の肥料と認識されている点か。

 そのため、大概のお家で下肥と一緒にぼっとん便所に棄てられている。


 糞尿まみれのカビちゃん……


 う、うーん……

 さ、流石の僕も、それを薬の原料にするのは気が引けるな……


 しかも、尿とかに含まれるアンモニアはアルカリ性。

 多分、有効成分も流されちゃってるだろうし。


 生活習慣的に「カビの生えた状態の生ごみ」はなかなか回収が難しそうだ。


 しかし、希望が無い訳では無い。

 一応、今日の所は買い物を切り上げる事にした。

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