第21話 薬屋の弟子、市場へ向かう。


 翌朝、僕はリーリスさんに抱き上げられて、町の市場へ向かった。


 あ、そう言えば、ダリスに来てから、きちんとした外出って初めてかも……!


 外はからりと晴れた青空。

 今の季節は梅雨に当たる春と夏の境目らしいんだけど、今日はスッキリとした晴れ間が広がっている。


 気が早い人は半袖でも十分なくらいに温かい。

 僕とリーリスさんは念のため長袖の服にしたけど、これなら半袖でもよかったな。


 さて、ここ、ダリスの町は、貴族が住む『精霊樹の丘』を中心に町が広がっている。

 この世界では、「町」と言うとそれが普通らしい。


 この『精霊樹の丘』周辺は何故か危険な魔物やモンスターみたいな生き物が寄り付かないのだとか。


 ただ、このダリスは、精霊樹の丘が本当の中心……と言うよりは、町全体が少し東側に偏った楕円形をしている。


 理由は簡単。

 東側には、海があり、港があるのだ。

 当然、海にも魔物は居るが、陸地近くの浅瀬は、まだ危険は少ないらしい。


 『精霊樹の丘』も、僕が捕らえられていたエルズの町程高くはなく、ビルで言うと10階に相当する程度かな?


 あれなら「丘」って呼んでもおかしくない高さだ。

 まぁ、形状的に断崖絶壁なのは変わらないので、あれを「丘」と呼ぶには、僕の感覚だと違和感があるんだけどね。


 ちなみに「リシスの薬屋」はダリスの町で最も西端に位置しているので、海までは少し距離が有るけど、ここって、港町だったんだね。


 見晴らしの良い小道から、町の向こう側に海が広がっているのがチラリと見える。

 東側に近づくにつれて、風に潮の香りが混ざり始めた。


 ふおおおおおぉぉぉぉ……!!


  海なし県育ちだから、大量の液体が流動している様はテンションが上がるぜ!!


 市場が開かれるのは町のほぼ中央部……精霊樹の丘のすぐ東側にある公共広場だそうだ。


 大概、どこの街でも精霊樹の丘の直下は、森か公園になっている事が多いらしい。

 そこまでは、東の港から水路も引かれていて、かなりの賑わいなんだとか。


 この季節はほぼ毎日のように市場が開かれている。


 一応、7日に一度訪れる「祝福の日」は、市場がお休みらしい。

 元の世界で言う、日曜日が存在しているようだ。


 そこに近づくにつれて、少しづつ人影も増えてゆく。


 だけど、まさにダリスは「亜人の町」!!


 行き交う人々も、半分はもふもふのしっぽが有ったり、ケモミミが頭の上に鎮座していたり、肌の色がブルーだったり、うろこが生えていたりと、バリエーション豊富!


 特に、人間の1,5倍ありそうな大型のカモノハシさんが、ぺてぺてと歩く姿には、思わず視線を釘付けにしてしまった。


 か、かわええ……


 しかも、市場に近づくとそのカモノハシさん、シュルっと変身を解いて、ちょっと派手な服を着た綺麗なお姉さんに変わりましたからね?


 おお……二の腕にキーウィに変身するオズヌさんみたいな、服をしまえる宝石のついたアイテムを装備してる。


 変身できる人は、これを持つのがデフォなのか。


 僕がカモノハシさんに見とれていると、背後からリーリスさんの知り合いらしき人が声をかけて来た。


「お、おはようなんだな。

リ、リーリスがこんなに早く市場に来るなんて、め、珍しいんだな。」


「あ、おはよーっス、ポポムゥ!」


 ポポムゥ、と呼ばれた青年は、糸の様に細い目をさらにニコニコと細めて、リーリスさんの横に並んで歩きだした。


「ん? に、人形……じゃ、ないんだな? な、何を連れているんだな?」


 リーリスさんの腕に抱かれた僕を見て、不思議そうに首を傾げる。

 リーリスさんに比べると、身長は低く、ずんぐりとしていて、手足が大きい。

 髪の色は温かみのある、やさしいサーモンピンク。


 【鑑定】

 名前:ポポムゥ・ムート

 特徴:マイペース・正直者


「にゃははは~、この子、レイニーって言うんスよ。

今、ウチで一緒に暮らしてるっス。」


 どうやら、リーリスさんのお友達らしい。

 何となく人が良さそうな所が似ている気がする。


「はじめまして、黒小鳥ブラックロビン族のレイニー、デス。」


ぺこりー。


「しゃ、しゃべったんだな! ボ、ボクはドワーフ族のポポムゥなんだな。

ブ、黒小鳥ブラックロビン族って事は、ハ、小人ハーフリンクじゃなくて、へ、変幻へんげん種なんだな? 

め、珍しいんだな。」


 んん??

 どういう意味だ?


 僕が首をかしげたのを見て、この世界に住む住人について教えてくれた。


 この世界では基本的に言語が1種類しか存在しない。

 表記方法は複数存在しているらしいが、あくまで会話での言葉は1種類。


 何故かと言うと、この世界には『コトダマ』と呼ばれる魔法の力があって、どんな種族であっても、一定以上の知能がある種族は意思疎通ができる、と言うものだ。


 そのため、「言葉の通じる生き物」全てをひっくるめて「ヒト=人類」と称しているらしい。


 その中で最も数が多く、繁栄している種族が「人間ニンゲン」。

 いわゆる元の世界の「ホモ・サピエンス」に当たる種族だ。


 そして、彼等「人間」とは身体的特徴が異なる種族をひっくるめて「亜人あじん」と言う。


 「亜人」イコール獣人けものびと」と思われているようだが、実際はちょっと違う。


 ケモミミや尻尾が生えていたり、変身できたり「獣の属性を持っている種族をまとめて獣人けものびと」と呼ぶのだ。


 その獣人けものびとの中で、僕やオズヌさんのように「変身」が出来る種族を「変幻へんげん種」

 「獣」と「人間」を混ぜた様な外見の種族を「獣人じゅうじん種」と言う。


 そして、リーリスさんの「エルフ」やポポムゥさんの「ドワーフ」ような人間とはちょっと異なる外見上の特徴を持っている種族を「異人いじん族」と。


 また、エリシエリさんのような見た目は全く人間と変わりなく、変身もできないが、「植物の成長を促す」ような特殊な性質を持つ種族を「特質とくしつ族」と呼ぶらしい。


 ちなみに「小人こびと族」と言うのは、あくまでも俗称。

 大人になっても体の小さい種族をまとめて呼ぶためのもので、単に「小さい奴ら」と同意語だ。


 最も有名な小人族が「ハーフリンク」と呼ばれる「異人種」なんだけど、「変幻種」にも僕みたいな体の小さい種族が稀に居るらしい。


「ポポムゥは真面目っスね~。

ヒトなんて、言葉が通じるんだからそんなに細かく色々分けなくても良いのに……

覚えきれないっスよ。」


「リ、リーリスはおおらかすぎるんだな。」


 ポポムゥさん曰く、本来のエルフ族はもっと排他的で、種族の違いには神経質なくらい、細かいのだそうだ。


 でも、リーリスさんがもっと排他的だったら、僕はあそこで死んでただろうから、種族に対して雑なくらいおおらかな人で良かったよ。


「ところで、リーリスさんとは、どういうご関係なのデスか?」


「う、うん。リ、リーリスとは、飲み仲間なんだな。

コ、コイツはエルフの癖に、ボ、ボクより酒に強いんだな。」


 ドワーフより酒に強いエルフって凄いな。

 

「にゃははは~。ポポムゥは手先が凄く器用なんスよ~。

今日も細工物を市場に出すんスか?」


 確かに、彼の腕にも薬指にもかなり凝った細工のアクセサリーが輝いている。

 背負っている大き目な籠にも商品が詰め込まれているのだろう。


「そ、その通りなんだな。

で、でも、この子に合うサイズは、さ、流石に今は無いんだな。」


 ポポムゥさんは、僕の小さな指に触れて、申し訳なさそうに断りを入れた。

 どうやら「亜人の街」と呼ばれるダリスでも小人族は少ないようだ。


「にゃは~……悪いっスけど、今日は、細工物を買う余裕が無いっスよ~。」


「リ、リーリスが細工物を買う余裕が無いのは、い、いつもの事なんだな。

た、たまにはこう言うものを、お、女に渡してみたら良いんだな。」


 ポポムゥさんが呆れたように、奇麗な大粒の真珠が付いた指輪を取り出す。

 木の枝を編み込んだような意匠、滑らかで繊細な細工、輝く黄金色、虹色に煌めく真珠は、なるほど「高そう」と異世界歴の短い僕でさえ感じられる代物だった。


「姐さんはあにさんのアクセサリーがあるから、他の細工物を貰っても

使わないっスよ。」


「え、エリシエリ姐さんじゃなくて、い、意中の女性とか渡すんだな。

こ、これだからリーリスはモテないんだな。」


 そうなの?

 リーリスさんってこの見た目だから、女性が放っておかないかと思ったけど……? 

 この世界的には凄いハンサムって訳でもないのかな?


「お、男は最初に必要なのが顔と清潔感なんだな。

で、でも、女を射止めるには顔より性格、性格より経済力なんだな。」


 お、おぅ……。ある意味、真理だ。

 最低限の外見と清潔感が無いと、中身せいかくの審査に移って貰えないもんな。


「だ、だから、こう言う細工物や、ほ、宝石・魔道具なんかを渡して、

け、経済力をアピールするんだな。」


 で、トドメは札束で刺せ、と。


 ……どっちの世界も絶妙に世知辛いな。


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