第20話 薬屋による簡単な抗生物質の作り方



「リポキロの作り方を教えろ? 

別に構いやしないけど、リポキリア草が無いと新しい薬は作れないよ?」


 リポキリア草と言うのが異世界版抗生物質「リポキロ」の主原料となる、例のお貴族様の土地にしか生えない薬草の名前らしい。


「構いません、教えてくだサイ! 

他の材料で似た効果を出す薬を知っているんデス!」


「ほう? リポキロに似た効果……ね。」


 それを聞くと、エリシエリさんは、いたずら好きな悪童と同じような笑みを浮かべ、


「良いだろ。ついて来な。」


 と、僕たち二人を促した。




 薬屋の製薬スペースは、ちょっとした錬金術師のアトリエの様相を呈していた。


 くるくる螺旋を描くチューブ状のガラスに似た謎素材が何本も差し込まれている壺、薬剤名を張られて整理されている薬棚、天井から吊るされている蝙蝠とトカゲを足して割ったような生き物の干物、加熱に使う大釜と魔法陣の描かれている加熱台、

鹿の角が生えたオーブンのような機械……


 ふおおおおお!?


 何か、無駄にテンション上がる部屋だな!

 

「こっちだよ。」


 エリシエリさんは大きなじょうごや樽、壺などが並んだ一角で説明を始めた。


「まずは、新鮮な『リポキリア草』を3枚用意するんだ。」


 流石に、貴重なリポキリア草の現物は無い。

 エリシエリさんは指を3本立てて、それを強調する。


「別に3枚以上有っても作れるんだけど、『リポキリア草』は数が少ないからね。

そう何枚も余分に買えるもんじゃないよ。でも、これ以下だと薬効が安定しないんだ。」


 確かに、この設備ではクリーンベンチ的な物は無いみたいだから、ある程度「タネ」となる菌株を多量に入れないと上手く培養できないのだろう。


「次に、この壺に『フォス芋』の煮汁と『シャーリ』のとぎ汁を合わせて8分目まで入れて、そこに刻んだ『リポキリア草』を入れて、よく混ぜる。」


 「フォス芋」っていうのは、僕も食べた事があるけど、ジャガイモみたいな食感の

ホクホクしたお芋だった。

 「シャーリ」は、最初におかゆでいただいた雑穀の事らしい。

 感覚的にはコメのとぎ汁みたいなものかな?


 この液体が、培養液「グルコース10g、ポリペプトン10g、アデニン0.4g、酵母抽出剤5グラム、寒天7.5g」に当たる部分だ。


 グルコースって雑に言うと糖分の事だし、ポリペプトンはタンパク質を酵素で消化したものの一種。

 アデニンは地球上ではごくありふれた有機物で、お茶やコーヒー、ココア、ノンアルコールビールにも、その仲間が含まれている。

 酵母抽出剤や寒天は読んで字のごとくだ。


 つまり、どういう事かと言うと「糖分と栄養分が豊富で微生物が繁殖しやすい液体」と、イコールであると言って良い。


「『リポキリア草』を入れたら、この混ぜ棒で下から上へ休みなく撹拌するんだよ。

結構、大変な作業だから、普段は数人が交代して混ぜてるね。

……リーリス、アンタも混ぜた事あるだろ?」


 エリシエリさんは、そう言うと、お醤油やお酒の樽を撹拌するような逆T型の混ぜ棒を見せてくれた。


「そういえば……この作業、姐さんに怒られたような記憶があるっス。」


「丁寧に上下を攪拌するのがコツなんだよ。それを、このポンコツときたら、た~だ、ぐるぐる回転させるだけなんだから、それじゃ攪拌にならないだろ?」


 エリシエリさんは棒を動かしながら混ぜ方のコツを伝授する。


「混ぜ続けると、4,5日後、この溶液がポコポコと泡立って来る。」


 ……発酵、なのかな?


「何か、最初はお酒の作り方に似てるっスねぇ……」


「そうデスね~。」


 リーリスさんの指摘もごもっとも。確かに発酵食品を作る工程に似ている。

 まぁ、「培養」も「発酵」も微生物の力で有機化合物を分解している訳だから、手法が似るのは当然か。

 多分、なんだけど、リポキリア草に生息している酵母菌みたいなものが「リポキロ」の真の原材料なんじゃないかなぁ……?


「そう言う風に、ぷつぷつと泡が自然に出てきたら、紙と綿をつめたじょうごをここに置き、こっちの樽にその液体をろ過しながら注ぐ。」


 エリシエリさんが指さした先の樽は、上には取り外し可能なじょうご付きの蓋、下には注ぎ口がついているものだった。


 形状としては、ワイン樽に開閉可能なじょうご付き上蓋が付いたものin陶器製……と言うのが正しいかもしれない。


「そうして、ろ過した液体に『ミーブ油』を一瓶入れて、さらにかき混ぜる。」


「ミーブ油を一瓶っスか……」


 ミーブ油?

 あんまり聞いた事が無いけど、リーリスさんの表情が優れない。


「あの、ミーブ油って珍しいんデスか?」


「いや、そんな事は無いんスけど……

一瓶も一気に使うのは、ちょっと勿体ない気もするっスね~。」


リーリスさん曰く、「日常使いとしては割高だけど『貴重品』という程ではない食用油」だそうだ。


 日本で言うとエクストラ・ヴァージン・オリーブオイルみたいなものか?


「そうしたら、陶器を冷やして油を固め、再度ろ過するか、下の注ぎ口から、一番下に溜まった水の部分だけを別の甕に移す。この時、油は入れるんじゃないよ。」


「どうやって陶器を冷やすんデスか?」


 植物油が固まる温度というと、かなり低いぞ。


「【冷却】とか【氷魔法】の【祝福】を持ってる連中に頼むのが一般的だね。冒険者ギルドに依頼を出せば受けてもらえるだろ。」


 な、なるほど・ザ・異世界いせか~い


「冷却の魔道具もあるけど……アレはバカみたいに高いからね。でも、ウチの氷室程度じゃ、今の季節は固まらないだろうし……

冷やさなくても、一旦混ぜ終わってから、しばらく置けば油と水が分離するだろ? 

そうしたら下の水だけ抜いたって構わないよ。そのために、この樽には下の方に注ぎ口がついてるんだからね。」


「じゃ、残ったミーブ油はどうするっスか?」


「残念だけど、それはもう使えないよ。その油に毒の一部が移るのさ。まぁ、肥料の原料だね。」


「毒!?」


 リーリスさんが驚いた声を上げた。

 この作業でおそらく「抗生物質の溶け込んでいる液体」から「油に溶ける不純物」を取り除いているのだろう。


「そりゃそうさ。そもそも『リポキリア草』はそのままだと毒だよ。

第一、どんな『薬』も『量が過ぎれば毒』になるもんなんだからね。」


 エリシエリさんは、次に麻袋に入った炭のようなものを指さす。


「そうやって分けた液体に、この『ログ炭』を加えて優しくかき混ぜる。」


「ログ炭って何デスか?」


「デコボコであんまり使い勝手が良くないっスよ。モーロコシの芯で作ったカス炭っス。」


 見れば、トウモロコシの芯みたいな、中心部がボコボコ、カスカスな植物を炭にした物のようだ。

 間違いない、活性炭だ……!

 ありがたい事に、お値段もかなりお手頃らしい。


「そうしたら、『ログ炭』のみを取り出して、こっちの大きなじょうごのような容器に詰めかえる。

そこに、沸騰させた湯気から出来た水か、【水作成】の【祝福】で作られたばかりの奇麗な水を注ぎ口から流し込んで、不純物を洗い流すのさ。」


 そこまで説明して、エリシエリさんは、「ああ、言い忘れてたね」と蒼銀の髪に飾った青い花に触れながら呟いた。


「『リポキロ』を作る時の『水』は、全部この『綺麗な水』を使うんだよ。もちろん、器を洗ったりする時にもね。」


「それって、俺の水でも大丈夫っスか?」


「ああ、リーリス、アンタが引き寄せた水でも構わないよ。」


 沸騰させた湯気からできた水ってことは……不純物の少ない「蒸留水」って事だと思うんだけど?


「『俺の水』って何デスか?」


「レイニーは知らなかったっスね。俺の【祝福】は【引き寄せ】って言うんスよ。」


 リーリスさんはニコニコ笑いながら自慢気に話してくれた。

 聞けば、【引き寄せ】の【祝福】は、自分の体重の半分以下程度のものを手元に引き寄せられるのだとか。


 ただし、固定されているものや、生えているものの一部、は不可。


 「落ち葉」は引き寄せられるけど、「樹に生えている葉っぱ」を一枚毟って引き寄せることはできないらしい。

 また、隔離された空間内の物を引き寄せることもできないそうだ。


 例えるなら、扉の閉じた戸棚からコップを引き寄せることはできないけど、自分の居る部屋のテーブルの上に置かれたコップならば可能、と言う訳だ。


 そして「水」については、空気中の水分を引き寄せているのか、それとも、近くの川や池などの水源から引き寄せているのか……

 そこはよく分からないらしいが、結果として、不純物の混ざらない水分だけを引き寄せることが可能らしい。


 冒険等でダンジョンに行く際に狭い個室に閉じ込められない限りは、いつでも新鮮な水を引き寄せられるのでかなり助かっているそうだ。


 確かに。お水ってたくさん持ち歩くと重いもんね。


「それに、矢を【引き寄せ】られるのも便利なんっスよね~。」


 案外「矢」は、お高いらしい。


「だからって、しょっちゅう矢筒を忘れて冒険者ギルドに走る弓使いがどこに居るんだい。」


「だって【引き寄せ】を使えば、どっかに1本くらいは矢が転がってるんスよ~。」


 【祝福】としては、あまり珍しい部類でも強い部類でもないと言われているそうだが、使い勝手は良いらしい。


「その『どっかに転がっているはずの1本の矢』の為に魔力を使い尽くして、ぶっ倒れて、簡単なはずの仕事を失敗したのは誰だい?」


「はぅぅっ!」


 リーリスさんの耳がしよしよ、と萎れる。

 そりゃあ……弓使いが矢を忘れるのは……ね。


「話が逸れたね。

それで、リポキロの作り方の続きだけど、水洗いした『ログ炭』をさらに、この手桶で2杯分の水にこっちのさじ2杯分のお酢を入れた水で洗うんだよ。」


 エリシエリさんが桶とさじを手に説明してくれる。


 さじは料理用の大さじ・小さじみたいに、いくつかのサイズのスプーンが小さな鎖でつながれ、セットになっている。

 その中で一番大きなさじを使うみたいだから、忘れないようにしないと。


「最後に、綺麗に洗った『ログ炭』この樽に移す。そん時に、下の排出口に紙と綿を詰めたじょうごをセットしとくのを忘れんじゃないよ。」


 ミーブ油を混ぜる時に使ったものと同じ樽を指さす。


「それから『サワダ粉』をこの手桶1杯の水に対して、さじ2杯分入れて『サワダすい』を作る。」


 手桶とさじの大きさは同じだから、酸性水の時とはちょっと濃度が違うんだね。


「その『サワダ水』を『ログ炭』が全部浸るまで満遍なく注ぎ掛ける。お茶を沸かす程度の時間漬けて置いたら、排出口を開け、綿を詰めたじょうごの先から出て来る液体が『リポキロ』さ。」


 大体、御猪口おちょこ一杯分で小金貨3枚分とのこと。

 ちなみに、症状が重い場合は複数回飲む必要が有るので、小金貨3枚はあくまでも最低価格。


 世知辛せちがらし。


 だけど『ログ炭』が登場してからの作業内容は日本で行った抗生物質を単離する作業にそっくりだ。


 となると、最後に使った「サワダ粉」と言うのは、重曹か炭酸水素ナトリウムに当たるアルカリ性の物質のはず……!


「もしかして、『サワダ粉』ってお掃除とかお菓子作りに使われていたりしマス?」


「お菓子は知らないっスけど、掃除では使うっスよ。」


「何言ってるんだい、お菓子にだって調理にだって使うよ。」


 こちらも、生活用品として一般庶民が入手可能なレベルの品だそうだ。


 いける……!

 いけるよ!!


 これなら、「ペニシリン」の原料となる菌株さえあれば、何とかなりそうだ……!


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