第15話 薬屋の弟子、キーウィと和む。



 ちょうど、薬草を分け切った所で、オズヌさんが戻ってきた。


「……ただいま。」


 扉から、オズヌさんの落ち着いた低い声が響いた。


「あ、お帰りな……サ、イ?」


 開いた出入り口に居たのは、キーウィによく似た長いクチバシのもふもふした鳥。


 !?


 梅毒の話で軽くしっとりとしてしまった薬屋の空気を、あっという間に粉砕する。


 なんだこれカワイイ!!

 ほ、本当にキーウィだあぁぁぁっ!


 ニュージーランドの国鳥キーウィとの大きな違いは、そのサイズ!


 で、で、デカイッ!!!


 小さめな軽乗用車サイズはあるだろう。

 だが、そこまで大きく見えるのは、羽毛がもふもふしているのが原因のようだ。


 本体部分はそこまで大きい訳では無いらしい。

 実際、普通の人間サイズの扉から、にゅるり、と、そのもふもふのキーウィが室内に入って来た。


 うわぁ、足の爪とか、恐竜並!!!

 スゲェ!

 しかも、その足首に凄い高そうな宝石の付いた足環をしている。


 でも、瞳は超つぶらでプリティ!

 うきゅ? と、首を傾げる感じがめちゃめちゃ癒し系っ!

 うわぁ、な、撫でたいっ!!


 キーウィさんは、長~いクチバシで不思議そうに僕の区分けしていた薬草をつつく。

 あ、右側は構わないですけど、左側はダメです。

 僕が全身で左側を触らせないようにカバーするのを見て、不思議に思ったのだろう。


「……な、何をしてるんだ?」


「薬草を分けてマス。こっちは、毒だから、触っちゃダメ、デス。」


「ふむ。」


 キーウィさんは、薬草の前でしゅるしゅる、と縮んで行くと同時に、毛色は濃い茶色から、鮮やかな金茶に。

 羽毛でたっぷりしていた素肌からは鳥の羽が消え、浅黒く筋肉質な成人男性の物へと変わって行く。

 そして、足首に付けていた足輪のような物から、布が現れ、その身体を覆う。


「へ!?」


 気が付いたら人間姿のオズヌさんが不思議そうにしゃがみ込んで薬草を眺めていた。

 思わず、眼鏡を外して確認しちゃったよ。


 おおおおお!?

 他人の変身を始めて生で見たけど、こんな感じなんだね。

 キーウィ状態だと、左目から頬の傷は全然分からなかったけど、優しそうな瞳の色は変わっていない。


 オズヌさんの場合は、獣の姿より人間の姿の方が小さいから、僕のような変身移動は出来なさそう。

 しかし、変身を解いても服をきちんと着ているのが不思議だ。


「……オズヌさん、どうして、服を着ているんデスか?」


「ん、その……服を、着ないと恥ずかしいだろうが?」


 オズヌさんが眉間に皺をよせ、目を泳がせる。

 あ、これは聞き方が悪かったな。


「いえ、あの、すいまセン……僕、黒小鳥ブラックロビン族なんデス。

だから、変身すると服が大きすぎて、勝手に脱げちゃって……

戻った時に裸になっているんデス。」


 その台詞にオズヌさんの眉が跳ね上がる。

 オズヌさんってキーウィの時はあんなに、まるもっふとして愛くるしいのに……人間に戻ると、結構、面差しがキツいんだよな。

 歴戦の傭兵長って感じでさ。


 威嚇されてるみたいで、勝手に体がビクリと跳ねちゃうよ。


 あ、そんなに慌てないで、オズヌさん。


 別に、オズヌさんが怖い訳ではないのだが、怯えているように見えたのだろう。

 可愛いもの好きで照れ屋なオズヌさんが、「む」とか「ぬ」とか困惑した声を上げ、不器用に僕の黄緑色の髪を撫でる。


「そ、その……か、勘違いした、悪かった。」


「いえ、大丈夫デス。」


 聞けば、その足首のリングが魔法のアイテムなのだとか。

 人間時の衣類を自動的に収納し、戻った時に着用状態にしてくれたりするそうだ。


 流石に、貴族に仕える騎士様が、変身から戻った途端に全裸、と言う状況は好ましくないらしい。


 そりゃ……そうだ。


「ああ、お帰り、オズヌ。」


 エリシエリさんが、ちょうど、そんな僕達の様子を見に戻って来た。


「あ、エリシエリさん、これ、分け終わりマシた。」


「ほう?」


「こっちが毒草のシフキダマシで、右側はシフキ草デス。」


 エリシエリさんは、光るコインのような物で、両方の束をまんべんなく触れる。

 まるで、金属探知機みたいだ。


 ちなみにそのコインは、シフキ草の束に近づけた時は青い光を、シフキダマシの束に近づけた時は赤い光を発していた。


「ふむ、間違いないみたいだね。……でも、どうやって見分けてるんだい?」


「シフキ草は特徴的なニオイがしマス。」


 エリシエリさんは、それを聞くと満足そうに頷いた。


「確かに、凄いニオイだ。」


 オズヌさんが迷惑そうに首を振る。

 何でも、【毛豊奇異鳥モフキウィ族】は普通の人間より嗅覚が優れているのだとか。


 その反面、強いにおいに近づきすぎてしまうと、鼻が麻痺してしまうらしく、ニオイでシフキ草とシフキダマシを分けるのは難しい。


「鼻が良すぎるのも考えモンだね。」


 ダリスでは、獣人けものびとが多い為、この薬草を区分け出来る人も限られるらしい。

 そのうえ、日持ちさせる為に乾燥させてしまうと、シフキ草からもこのニオイは無くなる。

 そうなると、シフキ草とシフキダマシを見分けるのは、ほぼ不可能になってしまう。


 だから、新鮮な内に分けておかないと大惨事なのだとか。


 その後も僕はエリシエリさんに指示されるとおり、シフキ草の区分けを繰り返す。

 どのくらい区分けしたのだろうか?


 突然、強烈なめまいと体から力が抜けて行く不思議な感覚に襲われた。


 ?!


 な、何だ!?

 この重く、だるい感覚は……日本でよくやっちゃった「徹夜明けハイ」が切れた時の感覚に近い。

 それを10倍くらいキツくした感じだ。


 あぁ~、世界がぐるぐるするんじゃぁぁぁ……


「!? おい、大丈夫か?」


 近くで、お茶を飲んでいたオズヌさんが、僕の異変に気付き抱き上げてくれる。

 ……何気に、この人の抱き上げ方が、一番丁寧だ。


「……ごめ……な、サイ……なんか、急に……ちから、ぬけ、マシた……」


「ああ、何だ、魔力の使い過ぎか?」


 魔力の使いすぎ?


 オズヌさんは、そのまま僕をエリシエリさんに診せる。

 エリシエリさんは、脈を測ったり、熱の有無を確認したり、最後に胸部を触って納得した様に頷いた。


「ああ、間違いないね。魔力の使い過ぎさ。アンタ【祝福】を何か持ってるね?

魔力回路が枯渇してる典型的な反応だよ。

……ほら、胸元のココが、青白く変色してるだろ?」


 エリシエリさんの言葉に、僕は小さく頷いた。


 自分の胸元を覗き込むと、変身すると3分間しか活動できない宇宙人ヒーローみたいな青アザが表れていた。


 エリシエリさん曰く、【祝福】を発動させるのには自分の魔力が必要で、それを使いすぎると、こんな感じで世界がぐるぐる回るのだとか。

 僕の場合、【鑑定】を使いすぎるとこうなるらしい。


「暫く休めば、勝手に回復するし、使い慣れて来ると魔力も増えるから、あまり倒れなくなるんだけどね。」


「む……いや、それは【祝福】の種類によって消費魔力の量が違うからであって、『倒れなくなる』と一概には言い切れないだろう?」


 オズヌさんが、エリシエリさんに異を唱える。

 しかし、そんなオズヌさんの意見をばっさり一刀両断。


「ふん!

アンタの仕えるお貴族様みたいな凄い【祝福】なら、そうかもしれないけど、

亜人であるアタシらが持っているような些細な【祝福】なんかは、大した消費量でもないだろ?」


「……む、うむ、まぁ……確かに……」


 オズヌさんが仕えているここの領主さんは【回復魔法】と言うスゴイ【祝福】が使えるらしい。

 なんでも、僕の切断しちゃった左足の怪我さえ再生する事が出来る程なのだとか。


 当然、その分1回の処置にビックリするくらいの金額がかかるらしいんだけど、それでもどんな種族も差別なく治療してくれる点でかなり善良な部類だそうだ。


 ただ、亜人や獣人けものびとで【祝福】を持つのは全体の半数程度。

 それも、貴族と違って些細な物ばかり。


 例えば、「両手で軽々持ち上げられる程度のちょっとした物を手元に引き寄せる」「トイレで用を足して紙が無い時に限り、少量トイレットペーパーを作り出せる」「親指サイズ以下の大きさで銀貨以下の重さで魔力を持たない無機物を複製できる」

など。使い処がイマイチ分からない感じのものが多いらしい。


 ちなみに、この世界の貴金属や宝石は必ず魔力を持つ、との事。

 現代日本であれば、小さいモノをコピーなんて、チートだと思うけど、この世界では複製コピーする価値のある物が相当限られるようだ。


「とりあえず、そこの椅子で休ませときな。

……回復したら、残りのシフキ草を分けておいておくれ。」


 ……こくり。


 僕は小さく頷く。

 この会話を聞いているだけで、確かにめまいと疲労感は薄くなっていっている。


 暫く休憩すれば、やりかけのシフキ草を分ける事は容易だろう。

 ぽへー、と休憩していると、オズヌさんがポツリと話しかけて来た。


「……そうか。……レイニーも【祝福】を持っているのか。」


 あれ? どうしたんだろう? ちょっと寂しそう?


「ハイ、そうデス。

……オズヌさんも……何か【祝福】を……お持ち、なんデスか?」


 ちょっとダルくて口調がゆっくりになっちゃうけど、オズヌさんは気にせず僕の言葉を待ってくれた。


「ああ……いや、有ると言うか、無いと言うか……」


 聞けば、オズヌさんは、ちょっと特殊な能力の持ち主らしい。

 それは、【無効】と言う「【祝福】そのものを無効化してしまう」珍しい力なんだとか。


 この能力は貴族には決して現れない在野ざいや異能いのうとして、有名らしい。

 例え【時空魔法】【創造魔法】などと言う伝説級に凄い祝福であっても、オズヌさんに触れていると発動しない。


 この世界では「魔法」=《イコール》【祝福】なので、彼には魔法そのものが「全く作用しない」と言う事になるそうだ。


 攻撃系の魔法も自分に当たった部分は無効化できる反面、回復魔法のような「自分にメリットのある魔法」も全く受け付けない……と言うデメリットも存在している。


 そして、この能力……【祝福】の中では、かなり嫌われている力であるらしい。

 まぁ、突然、自分の力が使えなくなったら、ビビるよな。


 特に貴族からは蛇蝎だかつのごとく忌み嫌われている。


 【無効】持ちが獣人けものびとに限定されるのもその原因の一つだが、貴族からすると、ある意味、脅威の存在なのだ。

 だって、お貴族様の間では持っている【祝福】の数や強さで格付けをしてるって話だけど、それを根本から覆されてしまう。


 つまり、便利な【祝福】の持ち主になればなるほど、オズヌさんに近寄りたがらないのだとか。


 この能力の別名が「摂理崩し」だとか「獣の大地の穢れ」だとか言うんだから、その嫌われっぷりは、お察しである。


 反面、対貴族の最強カウンターにもなりえるのは事実。

 そのため、獣人けものびとに偏見の無い、ここ、ダリスの領主さまはオズヌさんを雇っているのだとか。


 良いよね。適材適所。


「あ、僕は【祝福】持ちデスけど、大丈夫デス。

……僕の場合は『見た物の概要が分かる程度』なんデスよ。

気にしないでくだサイ。」


 たいして外に影響する能力ではない。


「む、そ、そうか……。」


 お? 笑うと、強面の眉が下がって、案外優しそうな感じになるぞ?


「オズヌさん、笑った顔の方が、良いデス。」


「む。うむ……」


 オズヌさんは不器用そうに頬を人差し指で掻くと、いつもどおり目を泳がせて、耳を赤く染めたのだった。


 そんな訳で、その日はゆっくりと休憩をはさみつつ、薬草の分別に精を出した。


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