第11話 逃亡奴隷、左足を失う。
タオルの上でぐったりと横になる内に、ガッツリ寝入ってしまったらしい。
僕が、次に目を覚ました時には、辺りはすっかり早朝の様相を呈していた。
キラキラ輝く窓の外、小鳥のさえずり、凛と澄んだ空気……あら、爽やか。
「ん~……おはよーございマス~。」
僕は大きく伸びをする。
「レイニー! 大丈夫っスか?」
「あ……リーリスさん……」
寝すぎたのかな? ……体がバキバキだ。
いつの間にか、柔らかい白の貫頭衣を着せて貰ったらしい。
ちょっと渦巻文様が縄文っぽくて、日本で使ってた全身、
どうしよう、現代日本人の僕、女子力で異世界に完全敗北……って、え?!
起き上がろうとして、僕は、ようやく自身の現状に気がついた。
そう。
僕の左足は、ヒザから下が無かったのだ。
……ふぇ??
思わず、無事な右足と、ヒザのすぐ下でぐるぐるにまかれている包帯の両方に触れてみる。
もちろん、その先が透明になった訳では無い。
左足……ヒザから下は、痛みが麻痺して、強い痺れみたいな……えーと……?
……ま、マジで、左足のひざから下が無いんだけど……
え? これ、どういうリアクションしたら良いんだ??
「うん、熱も大分下がったっスね!」
そんな葛藤を知らないリーリスさんが、僕の額から、頭にかけて手を当て、ちょっと嬉しそうに微笑んだ。
「えっと、あの……これ?」
「あー……」
流石に、聞かれるだろうなぁ、と言うバツの悪そうな表情を浮かべるリーリスさん。
いや、そりゃね!? 聞くよ!? 問い合わせますとも!?
「……ゴメンっス、その左足、傷が酷すぎて、そのまま治療ができなかったんス。」
目の前で両手を合わせて頭を下げるリーリスさんの姿に、スーっと混乱が引いて行く。
いや、リーリスさんは何も悪くない。
「何度もぶつけたり衝撃を受けたみたいで……
骨も滅茶苦茶になってたし、裂傷は腐って来てたし……
姐さんも、そのままだとそこから悪い血が全身に回って危険、て言ってたっスよ。」
そりゃ……そうか……。
確かに、元々酷い傷だったところ、あれだけ無茶して逃げ出したもんな。
僕は、逃亡中「痛みを感じないチートタイム!」とばかりに、傷を顧みず散々、酷使した足の事を思い返した。
リーリスさん曰く、この足の切断処理はエリシエリさんが施してくれたらしい。
確かに違和感はあるけれど……膝は一応動かせるし、切断されたにしては痛みも少ない。
良いじゃないか! 左足のヒザから下と引き換えに命を拾ったと思えば!!
生きてるだけで丸儲けじゃぁぁぁぁぁっ!!
「いえ、ダイジョブ、デス!……おかげさまで、すごく、スッキリしマシた。」
そうなのだ。
風邪のような喉の痛みとか、体の芯に居座っていた寒気とか、熱っぽいだるさとか、息苦しさとか、その辺の不快感は奇麗さっぱり消え去っている。
流石に、背中や腕など、体のあちこちにある酷い裂傷はまだ痛みによる存在を主張しているが、体調面は、かなり改善されている。
ただ、喉……と言うか、舌と言うかに、引き攣るのような違和感がある。
そのため、まだちょっと呂律がおかしい気がするけど、かなり滑らかに喋れるようになってきた。
「昨日は、途中で寝ちゃってスイマセンでした……」
「昨日? 途中? いや、レイニーが意識を失ってから3日半っスよ?」
「ふぁっ!?」
その間、何度か、目薬を差したり、半ば無理矢理食事を摂らせた、とリーリスさんは言っていたが、記憶に無い。
そんなに寝てたの!?
そりゃ、体もバッキバキになるはずだ。
「今日は、普通にごはんも食べれそうっスね。安心したっス。」
見回せば、今いる部屋も、最初の広いダイニングのような所とは違う部屋だ。
ごちゃごちゃと色んな荷物が置いてあり、ベッド・テーブル・作業用の机、棚と調理場らしきスペース。
一人暮らしのワンルームをファンタジー仕様にしたような部屋になっている。
特にふぁんたじぃなのが、この、壁を支えている柱の木がばりばり成長中な点だ。
柱の枝に緑が茂ってるってスゲェ。
まぁ、その枝にも、ランプのようなものが掛けられていて、絶賛活用中だ。
『エルフさんのお家』と考えると、その自然と調和……つーか、融合している所が、すごく似合っている。
聞けば、リーリスさんの住んでいるこのワンルーム、ここは、エリシエリさんの管理する部屋の一つらしい。
最初に僕を洗ってくれたあの部屋、あそこは、みんなの共用スペースなんだそうだ。
つまり、ここは、エリシエリさんが、管理・所持している「シェアハウス」みたいな形の一軒の集合住宅だそうだ。
1階と地下が、共用スペースとエリシエリさんの経営する薬屋さんスペース。
2階部分が大家であるエリシエリさんの住居スペース、3階がここと同じワンルームがいくつか並んでいて、リーリスさんの他にも、部屋を借りている人が居るらしい。
ちなみに、トイレは1階で、お風呂は無い。
僕サイズであれば、そこら辺のたらいで十分らしいけど、リーリスさんは基本、近くの銭湯通いとの事。
「ところで、レイニー、これ、使ってみるっスよ。」
リーリスさんが取り出したのは、僕にとって、とても見覚えのあるアイテムだった。
「……メガネ?」
そう。しかも、楕円形のフチなしタイプ。
フレームが無いメガネって、強度的には、ちょっと弱くて、しかも、レンズにガラスを使えないはず……
確か、元の世界でも強化プラスチックだったっけ?
あれって結構、文明レベルの高いアイテムだと思うんだけど?
しかも、サイズがかなり大きい……って、何ィ!?
僕がそれをリーリスさんから受け取った途端、しゅるしゅる、と大きさが縮んだではないか!!
えっ!? どういう理屈??
見る間に、小人族と呼ばれている僕の手のひらにスッと収まった。
「それ、視力を回復させる魔道具らしいんスよ。俺が、前に行ったダンジョンで拾ったっス。」
【鑑定】
名前:魔導眼識器
効果:着用した主の視力を回復するアイテム。
お、思わず咄嗟に鑑定してしまったよ。
わざわざ、度を調整しなくて良いなんて、凄いアイテムだな……!
「えッ!? でも、これ……お高いデスよ、ね?」
現代日本だって、眼鏡ってソコソコ良いお値段するもんね?
「それが、なかなか売れないんスよ。コレ、使おうとすると縮んじゃうんス。でも、元々小さいレイニーなら使えるかも、って思ったんス。」
「?」
さらにそのメガネをじっくりと【鑑定】すると、こんな文字が浮かび上がって来た。
限定:使用者・小人族
特徴:
お、おぅ……何か、すごそうだ。でも、使える人が限られるのね。
「じゃぁ、お言葉に甘えマスね。」
すちゃっ。
リーリスさんから受け取ったメガネを着用してみた。
すると、耳にかけるフレーム部分がするるっと伸びて、後頭部でカチリ、と繋がる。
でも、フレームも細くて繊細だから、特に痛いとか、レンズがずれて見ずらい、とかそう言う心配はない。
おお……おおおおお……!
よ、良く見える! めっちゃピントが合って見えるよ!!
視力検査もしてないのにピッタリと度があっているのはスゴイな!
リーリスさんが3割増しイケメンに見えますよ!
「わぁ……すごく、よく、見えマス!」
「良かったっス! じゃ、そろそろ朝食っスよ。」
どうやら、朝食は有料でエリシエリさんが作ってくれるらしい。
前日の朝までに予約しておく必要があるそうだ。
この辺りは、シェアハウスって言うか、寮に近いのかもしれない。
「おや、今朝はその子も起きれたのかい?」
「おはよう、ございマス。」
「そうなんスよ~。この魔道具も結構似合ってカワイイっスよね?」
リーリスさんに抱きかかえられて1階まで下りて行くと、エリシエリさんが美味しそうな香りのスープを混ぜていた。
カレーみたいな、スパイシーな感じの香りですよ。
……色は紫だけど……
「……ん、リーリス、と……?」
「あ、兄貴も! おはよーっス!」
カウンターの様になっている台所には、エリシエリさんの他に、ガタイの良い強面のお兄さんも座っていた。
おお!?
まるで、外人さんの特殊部隊員みたいだ……!
左目の上から頬にかけて、ざっぐりと傷跡が残る浅黒い素肌。
金茶色の髪をオールバックみたいにしている。
リーリスさんとは別の魅力でカッコイイ!
ただ、ちょっと迫力があり過ぎる外見だから、夜道で出会ったら怖いかもしれない。
手も大きいし、腕も太いから、この人が持つと、普通の器が小さく見える。
「……おはようございマス。」
ぺこり。
ご近所づきあいは大切ですよね?
僕は、リーリスさんの腕の中から、兄貴と呼ばれた男性に挨拶をする。
「む……あ、あぁ。」
男性は、少し驚いたように目を見開くと、眉間に皺を寄せた。
あれ? 僕、気に障るような事したかな?
もしかして、此方の方も
思わず【鑑定】を発動しようとしたが、その前にリーリスさんのフォローが入った。
「にゃはは、オズヌの兄貴はこう見えて、可愛いもの好きで照れ屋さんなんス。」
「オズヌ・ルミスだ。……余計な事を広めるな、リーリス。」
ムスッとした様子で答えるオズヌさん。
あ、でも、否定はしないんですね……
そっかぁ、可愛いもの好きで照れ屋さん……外見と性格の不一致が著しいっ!!
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