第12話 逃亡奴隷、薬屋を手伝う。



「兄貴、この子はレイニーって言うんスよ。」


「あ、ああ。」


 そう言われてよく見ると、黒目が泳ぎまくってるし、お耳の先端がほんのり赤い?

 もしかして、照れてる!?


「よろしく、おねがい、しマス。」


「レイニー、兄貴は【毛豊奇異鳥モフキウィ族】っス!」


 キーウィ!?

 えっ、あの、ニュージーランドの国鳥!? 

 スーパーに並ぶフルーツのキウイによく似たまんまるボディ。

 なが~いクチバシに、翼の無いあのユーモラス・プリティ!!!


「変身すると、大きくて、もっふもふで、強いっスよ~!」


 デカイ!? 強い!?

 いや、それ、僕の知ってるキーウィ鳥とは違うな……


「はいよ、さっさと食べとくれ。……レイニーの分はこっちだよ。」


 エリシエリさんが、カレーの香りの紫スープと黒いお饅頭とサラダを入れたボウル、それに、雑穀のおかゆのようなものを僕達の前に持って来てくれた。

 おかゆ以外は、お隣のオズヌさんが食べているものと一緒だ。


 つまり、このおかゆが僕の分なのだろう。出汁の優しい香りが食欲をそそる。


「あ、姐さん! 俺、飲み物はいつもので!」


「はいよ。レイニーは……白湯か薬湯にしときな。」


「ハイ。」


 僕はその言葉に素直に頷く。

 ちょっと、リーリスさんやオズヌさんが食べている紫スープや黒いお饅頭も気になるけど、お腹の調子が万全とは呼べない僕は無茶しませんよ。


 人様のフトコロの中で、もよおした前科持ちだからな。

 しかも、この足だとお手洗いまで行くのも大変だろうし……


 自分で持つには、結構大きなスプーンを握り締めて、一番小さい器なんだろうけど、僕にとっては大きな器に盛られたおかゆをいただく。

 何か……スコップで食べてるみたいだ。


 ……はふはふ。


 うん、中華がゆみたいな味付きおかゆで美味しい!

 ところどころ、松の実みたいな、コリコリした木の実が混ざっている。

 うまし。


「ところで、兄貴、今日はお休みなんスか?」


「ああ。」


 聞けば、オズヌさんはこのダリスの領主に仕える騎士様なんだとか。

 普段は『精霊樹の丘』と呼ばれる領主の館で、生活しているんだそうだ。

 ただ、週に1,2回は休暇を貰えるので、その時はこちらに戻って来る、との事。

 お仕事お疲れ様です。


 逆に、リーリスさんは「冒険者」と言う、この世界では割とポピュラーな仕事をしているらしい。


 僕の感覚だと、オズヌさんが公務員、リーリスさんがフリーランス、エリシエリさんが個人事業主……みたいなものだろうか?


 まぁ、フリーランスと個人事業主は同じような物なんだけどね。

 でも、1階に店舗を構え、3階で家賃収入を得ている彼女の方が、何て言うか……格上な印象だ。


 リーリスさんとオズヌさんは、気心の知れた友人同士らしく、和気あいあいと会話を交わしている。


「……そうか。行き倒れていた子供を……

それは良い事だが、自分自身の方は大丈夫なのか? 

リーリス、お前さん、来月の家賃はきちんと払ったのか?」


「もちろん! 今月は姐さんの薬を売って来てバッチリっス!」


 いつも、いつも兄貴に借りてばっかりじゃないっス~、と口を尖らすリーリスさん。

 その様子から、普段の月末はてんやわんや、としている事が伺わせていた。


 リーリスさんって、案外、金銭にルーズなのかな?


「そうか、ならよかった。家賃が大丈夫なら、ユイシアの酒場も問題無いか。

確か、お前、先月は大銀貨7枚ツケて貰ってたって……」


 がたんっ!!


 !?


 オズヌさんのその台詞を聞いたリーリスさんが、笑顔のまま椅子から立ち上がる。

 気のせいか? 顔色が優れないような……?


「ど、どうしたんデスか?」


 ぎぎぎ、と音が鳴りそうな様子で首を僕へ向けるリーリスさん。


「ちょっと、俺、ギルド行って、仕事、さがしてくるっス!」


 ガバッ!


 そして、リーリスさんは、オズヌさんの右手をガシッと、両手で握りしめ、


「兄貴、お願いっ!!! 今日だけでいいから、レイニーの事、頼むっス!!」


 と、叫んだ。


「はぁ!? お、おい!?」


「忘れてたっス~!

俺、あそこ出禁にされたら、他にお酒が飲める場所、なくなっちゃうっス~!!」


 そう宣言するなり、出されていた朝食をすさまじい勢いでかっ込む。


「レイニー、悪いっス! でも、オズヌの兄貴は優しいからッ!!」


 それだけ僕に伝えると、あれよ、あれよ、と言う間に、リーリスさんはご本人の武器であるらしい弓を片手に飛び出して行った。

 口元にパンの食べカスが付いたままですよ……


 あれ、おかしいな……?

 エルフって、もっと、こう、知的でクールなイメージなんだけど……?


 えーと……リーリスさん、矢を持っていかなかったけど、大丈夫なのかな?

 ダイニングに残された僕とオズヌさんは顔を見合わせる。


「……。」


「……。」


「……まったく、あのアホエルフは、本当にいつまでたってもポンコツだねぇ」


 エリシエリさんがしみじみ呟いた声がキッチンにこだました。


「ほら、オズヌ。あのポンコツに矢筒を届けてやんな。」


 エリシエリさんがそう言うと、矢筒をオズヌさんに投げ渡す。

 あ、やっぱり、矢は必要なんだ。


「……まったく、リーリスのヤツ……」


 オズヌさんは呆れた様子で、残りの朝ご飯を口に放り込むと、矢筒を抱えて部屋から駆けて行く。


「レイニー、あんたは薬飲んだら寝る。……って、その足じゃ、一人で3階まで上がれないね……まぁ、オズヌが戻って来るまでここで休んでな。」


 そう言うと、エリシエリさんは、僕にお薬を飲ませる。

 この薬は傷の回復を早めたり、血を増やしたりする効果があるそうだ。

 そして、1階の薬局の隅に吊るされていたハンモック型の椅子の上に乗せた。


 おお……ここ、待合室なのかな?


 ハンモック型の椅子が4つ並んで吊るされている。お座布団もふかふかで気持ちがいい。

 でも流石に、ほとんど三日間爆睡していたせいで、眠くは、ない。


「……あの、エリシエリさん、何か、お手伝いできる、事、ありマスか?」


「ん? ……そうだね、アンタ、シフキ草と毒草を見分けられるって言ってたね?」


 シフキ草……たしか、ドクダミに似た薬草の事だ。

 僕は、こくり、と頷く。


「ハイ、大丈夫、デス。」


「じゃぁ、無理しなくて良いから、シフキ草を分けてみてくれないかい?」


 エリシエリさんは、そう言うと一旦、部屋を出て行く。そして、新鮮なシフキ草をその腕に一杯、抱えて戻って来た。

 特徴的な香りが部屋にふわっと広がる。


 エリシエリさんは、奥で他の作業があるそうだ。

 終わったら声を掛けるように指示され、僕は手の届く範囲に積み上げられたシフキ草を区分けしていく。


 【鑑定】を使うと完璧だけど、これ、ニオイでも分けられるんだよな。

 シフキ草にソックリな毒草には、あの特徴的な匂いが無い。


 でも念のため【鑑定】と併せて、シフキ草をポイポイ区分けして行く。分量がちょうど3対1の割合で「シフキ草:シフキダマシ」になっている感じだ。


 シフキ草を右側、シフキダマシを左側に置いて行く。それだけの簡単なお仕事です。


 ……カララン……


 その時、薬屋の扉が開いた。


「……あら? 見慣れない子ね。今日は、薬屋はお休みかしら?」


 そう言って中に入って来た女性は、泣きぼくろが色っぽい、つややかな色気を纏ったお姉さん。

 薄い紫色のゆるふわロングストレートに、胸元が大きく開いた煽情的な服。


 確かに、美人さんなんだけど……少し、疲れたような、と、言うか……たぶん、お薬を購入希望の方だ。


「あ、イイエ、あの、エリシエリさ~ん!」


 僕は、奥に向かって声を張り上げる。


 彼女を見れば、あずき大で赤褐色の盛り上がった皮疹が胸元、首筋そして、手のひらにも広がっている。

 化粧で奇麗に整えられていて、ぱっと見は分からないけれど、顔にも同じ直径1cmくらいの薄い発赤があるのだろう。


 ……じんましん?

 どんな病気なんだろう? 

 【鑑定】で、診察できないかな?

 この能力、使ってみて分かったんだけど、どうやら「自身が知りたい、と強く念じた内容」が表示されるらしい。


 じっと目を凝らすと、例の半透明な文字が浮かび上がって来た。


 【鑑定】

 名前:ウィーリン・ディーヴァ

 状態:ステイタス異常

 「梅毒」感染第2期


 ふおおおおおぉぉぉぉっ?!


 お、思わず息が上がった。

 こ、これは、僕でさえ知っている「早く治療しないとヤバイ病気」ですよ!?


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