第293話 ノエルの心中

 陽の光が届かない鬱蒼とした森を歩き続けて半日が経過した。


 目印もなく、生物の気配すら希薄なこの場所に四人の呼吸が耳を打つ。


「はぁはぁはぁ」


 ルナは息が上がっており、仕切りに苦しそうな表情を浮かべていて、そんなルナをイブは支えていた。


 前を歩くノエルは首を傾げしきりに周囲を気にしている。

 森の奥に入ってから何度か彼女のそのような仕草を見るのだが……。


「はぁはぁはぁ……まだ?」


 ルナの質問がノエルに届いた。


「まだ森の奥に侵入して半日です。伝承にあるダンジョンは丸二日は歩かないと到着しません」


「取り敢えず、一度休憩にしない?」


 ルナの様子を見て、ここで無理をすべきではないと判断した僕は皆にそう提案をした。


「イブも賛成です。ここで無理に進んでももう陽が落ちます。夜は魔物の活動が活発になりますから」


 強力なモンスターは日中は姿を潜め夜中に行動する。

 今の内に休憩を取っておくのがベストだろう。


「皆さんがそうおっしゃるのであれば……」


 ノエルも僕たちの意見に同調してくれた。


「それじゃあ、アイテムボックスから食材を取り出すからそれで料理でもしようか」


 森の中の活動となるので、準備は最小限にしたい。

 アイテムボックスには出発前にあらかじめ作って置いた料理があるので、そちらを利用することにしよう。


 鉄鍋を取り出すとそこにはホカホカのクリームシチューが並々入っていた。


「このシチューは若鹿の肉を煮込んだイブ特製です。隠し味にハーブを入れてあるので疲労回復にもよいです」


 イブがそう説明をすると、


「何でもいいから早く食べたい」


 ルナはぐったりとした様子でシチューを要求する。


「もう、何でもいいだなんて失礼ですよ、ルナさん」


 頬をぷっくり膨らませるとイブはシチューをよそった器を全員に回してきた。


 シチューをよそうと、イブはルナと食事をしながら仲良く話を始めた。


「それにしても、エリクさんの魔法は本当に凄いですね?」


 そんな二人を見ていると、ノエルが話し掛けてきた。


「すべては周りの人たちのお蔭ですから」


 僕は最初に入ったダンジョンのことを思い出す。

 あの時レックスとミランダが誘ってくれなければ、魔核を手に入れることができず自分の恩恵に気付くこともなかったかもしれない。


「私はこれまで人族には良い印象がありませんでした」


 彼女は憂いを帯びた瞳で僕を見る。


「人族は野蛮で大地の恵みをまるで自分たちの所有物のように扱うと聞いていましたので」


「それは……」


 自分が人族である以上言い返すことができない。


「もっともよくない印象を持った理由は兄さんが人族の女性を追って里を出て行ってしまったからです」


 ジンさんの幸せそうな顔が思い浮かんだ。

 転移者とおぼしき人物に会えたのかどうかは解らないが、少なくとも最後に会った彼は幸せそうで、クランの治癒士の女性と仲睦まじい様子を見せていた。


「ですが、エリクさんを見ていて兄さんの気持ちがようやくわかりました」


 ノエルさんはじっとこちらを見た。


「人族もエルフも違いはありません。お互いを尊重しあえる関係なのだと……」


「そうですね、僕も皆が笑っていられる世界があればと思っています」


 彼女が柔らかい笑みを浮かべたことで緊張が解け、僕らは和やかな雰囲気を出していた。


 しばらくの間二人で話、その後イブとルナを交え話をすると、時間が遅くなってきたので今日は休むことにする。


「それじゃあ、ゴッド・ワールドに戻って温泉にでも浸かりましょう」


 歩み寄る意味も含めてノエルをゴッド・ワールドに招待しようと考え、イブが入り口を開こうとするのだが……。


「マスター!? 入り口が開けません!!!」


 イブの叫び声が森に響いた。


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