第292話 娯楽の提供

「さて、どうしようか?」


 エルフの里長からアルカナダンジョンに案内するかわりに娯楽を提供するように言われてしまった。


 僕は腕を組むと、この頼みが非常に難しいので眉根を寄せる。


「できれば金銭や宝石で片付くのが楽だったんですけどね」


 それならば手元にあるのですぐ渡してしまえば事足りる。


「エルフが何を喜ぶのかわからないよ?」


 ルナは最初から諦めているのか本を読みながらポツリと呟いた。


「ジンさんに聞きに行ってきましょうか?」


 ここで話しているよりは情報を取りに行った方が早いとばかりにイブはそう提案をする。


「いや、それはそれで往復が大変だし、一度試してみてからでもいいだろう」


 幸いなことに、娯楽に関してはこちらもプロだ。

 アスタナ島では多くの探索者に娯楽を提供してSPを荒稼ぎしている。


 カジノの遊戯をいくつかエルフに紹介して見ればよいだろう。

 そう考え、その日の内に幾つかのゲームを用意すると、翌日僕は里長を訪ねた。




「ふむ……よくわからん」


「なん……だ……と?」


 里長はトランプをテーブルに放ると白けた表情を浮かべていた。


「この……スロットとかいうの? 図柄を揃えて何が楽しいの?」


「コインだっけ? 食べられないし、集めたところで何があるわけでもないよな?」


「ラビットレース? 動物を虐待しているのでは?」


 いくつかのゲームを試してみたところ、エルフたちからは批判の声しか聞こえてこない。

 わりと自信満々で提供したのだが、どうやらお気に召さない様子だ。


「これでは、神の試練場まで案内することはできんな」


 里長は杖をつき欠伸をした。


「これ、兄は楽しんでいたのでしょうか?」


 ノエルさんは首を傾げると僕に質問をする。


「ジンさんはあまりギャンブルをする人ではなかったので……」


 クランメンバーが酒盛りをしている時も一歩離れた場所で見守る。よく言えばクール、悪く言えば盛り上がりに欠ける人という印象だ。


「というか、エルフって普段何して遊んでいるんですか?」


「狩りで獲物を捕ったり、細工物を作ったりとかかしら?」


 ノエルさんは口元に手を当てると返事をする。

 言われてみれば、エルフたちは皆首飾りや羽根飾りなどを身に着けている。


 それぞれが自分で作った物で、御守り代わりなのだろう。


「食事とかは?」


「私たちはそれほど食事に興味がありません」


 特別美味しい野菜やら酒やらを用意することは可能だが、この反応を見る限りあまり意味はなさそうだ。


「うーん、まるで無趣味で定年を迎えた老人みたいですね」


 自分が何をしたいのかわかっておらず、楽しむ気がない。これではこちらも楽しませようがない。


「魔法具にも興味がないみたいだし苦労しそう……」


 イブとルナが冷めた目で彼らを見るのだが……。


「まてよ?」


 確かこのパターンは以前に体験したことがある。


「もう終わりかね?」


 里長が確認をしてくるのだが、


「すみませんが、明日この時間に皆さんを集めてください。本物の娯楽ってやつをお見せしますよ」


 僕はニヤリと笑うと早速準備をするのだった。





 翌日になり、里長の住む木の下にある広場にエルフたちが集まってくる。


 その表情は大して期待していないようで、近くのエルフと雑談をしながら待っていた。


 そんな中、僕はステージに立つと……。


「それでは、これより演劇をご覧になって頂きたいと思います」


 あらかじめ作っておいた舞台の幕を開けた。


 …………。


『このインローが目に入らぬか!』


『ハハーーッ!』


『これにて一件落着!』


 サクラが操るドッペルゲンガーに演技をさせ水戸黄門を上映した。


 演劇の間、集まったエルフは舞台に釘付けになっていたのだが、表情が変わらず楽しんだのかどうかわからない。


 それでも約3時間による演劇が終わってしまった以上、結果を確認しなければならない。


「えっと……それで……どうでしょうか?」


 エルフと言うのはよく考えると高齢者が多い。アスタナ島でも時代劇の上映は思いのほかお年寄りに受けが良かった。


 そちらでは映画上映会だったが、今回演劇にしたのは文明から閉ざされたエルフに高度な魔法具を見せても付いていけないと考えたからだ。


「いやいや、作り話にしても中々面白くできているじゃないか」


 僕が声を掛けると里親は気に入った様子でポツリと呟いた。


『身分を隠して世直しをするというのは面白い』


『あのインロー欲しいかも』


『ちょっと旅に出てきて悪いやつをこらしめたいな』


 すっかり影響を受けたエルフたちが口々に感想を言っていた。


「それで、合格なら、神の試練に挑ませて欲しいんだけど?」


「イブたちは早くアルカナコアが欲しいんです!」


 ルナとイブが里長をじっと見ていた。


「うむ、まあここまでやってくれたのじゃ、案内するくらいはよかろう」


「やった!」


 僕たちが喜んでいると……。


「ノエル。彼らを神の試練場まで連れて行ってやるのじゃ」


「わかりました、里長。必ずしや無事に案内して見せます」


 こうして僕らはノエルの案内の下、アルカナダンジョンへと向かうことになるのだった。



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