第290話 エルフのノエル

「人族だと⁉ 一体、どうやってここにきた?」


 数十の弓に矢が番えられ、その倍のエルフが魔法を放つ体勢をとっている。

 背後にまわり込まれ、木に登り上からも狙いわれている。まさに一触即発といった様子だ。


「ご、誤解なんです⁉ 僕たちはただ、アルカナダンジョンを探していただけで……」


 結界を取り除いて、まさか目の前にエルフの里があるなんて想像もしていなかった。僕は相手を刺激しないように理由を告げるのだが……。


「十日も森を彷徨って散々な目に遭った。この恨み晴らさずにはいられない」


「誰に向かって矢を向けているのですか、その魔法で誰を撃つつもりですか? マスターへの叛意をイブは許しません」


 目の前のエルフ以上に興奮したルナとイブが敵意を漲らせており、僕の渾身の説明は意味をなさなくなっていた。


「ええいっ! 訳の分からぬことを!」


 言動が違う僕らの様子に、エルフの一人が怒鳴り声を上げる。僕らが現状を認識できていないのと同じくらい、彼らもまた状況を把握していないようだ。


 自分たちを守っていた結界が突然破壊され、妙な連中が紛れ込んで来たとすれば当然の反応かもしれない。

 このままでは聞く耳をもたれず、なし崩しに戦闘に突入する気配を僕が感じ取っていると、


「待ってください!」


 若い女性の声がして全員が動きを止めた。


「そちらの方にお聞きしたいことがあります」


 思わず聞き惚れてしまいそうな美声が耳をくすぐる。


 エルフの間から現れこちらに近付いてきたのは、銀の瞳に色素の薄い金髪、緑色のドレスに身を包んだエルフの女性だった。幼さ残る頬の輪郭に、白い肌。儚げで、幻想的な雰囲気を漂わせる妖精のような人だ。


「何でも聞いてください!」


 ここが争いを回避できる最後のチャンス。イブとルナが余計な言葉を発する前に、僕は返事をする。


「その首飾りはこの里で作られた御守り。どこで手に入れたのでしょうか?」


 彼女の細い指先が僕の胸元を示す。僕は、首飾りを手に取るとそれをまじまじと見た。


「これは、ジンと言う友人からもらったんです。この森に入るのなら邪霊避けに使えるはずだからと」


 その言葉に、エルフたちは表情を一遍させる。警戒心は解かれていないが、腕をおろし魔法を放つのを止めてくれた。


 ジンさんの名前を出してどうなるかはわからなかったが、今より最悪になることはなさそうだ。


「どうやら、戦う必要はなさそうですかね?」


「まだ、わからない」


 一方、こちらもルナとイブが警戒を残している。

 どちらかというと、この二人に注意をしておいた方が良いのかもしれない。


「ひとまず、話を聞かせてもらおうか」


 先程まで指示を出していたエルフの男性が僕に話し掛けてきた。


「僕に話せることなら何でもお話ししますよ」


 僕がそう答えると、エルフの男性はゆっくりと頷いた。


「兄さんは、兄は元気なのですか⁉」


 先程、質問した女性が質問をする。


「落ち着け、ノエル」


 エルフの男性がノエルさんの肩を掴んで止める。


「兄さんって……もしかして、ジンさんのことですか?」


 目の前のエルフはジンさんの妹だという。兄妹揃って美形だ。

 思わぬ人物との遭遇に僕が驚き、ジンさんについて説明しようとすると……。


「その辺の話も聞かせてもらいたいから、長の下へ連れて行くぞ」


 僕らはエルフに囲まれると、長のいる家へと案内された。





 小屋に入り、里長に紹介された僕らはテーブルを挟みお茶を飲んでいた。


「まったく、一向に消息がわからぬと思ったら、まさかそのような遠くまで行っていたとはのぅ」


「兄が生きていると教えていただき、ありがとうございます」


 驚くことに、ジンさんは里長の息子だった。


「ジンさんは、モカ王国の探索者ギルドにある大手クランに所属しているエースです。神技のように弓を扱い、針の穴を通すように矢を放ちモンスターを倒すので、ダンジョン探索には欠かせない一員ですよ」


 僕が知っているジンさんの評価を二人へと話しておく。


「ふむ、少しは精霊を上手く扱えるようになったようじゃな」


 里長は顎髭を撫でるとポツリと呟いた。


「精霊……ですか?」


「我々エルフには精霊が見えています。エルフは精霊と契約することで精霊の力を借り、自然現象を操ることができるようになります」


 ノエルさんが説明をしてくれた。


 人族が扱う魔法のようなものらしいが、精霊に力を借りるということで少し違うものらしい。


「息子は人族のとある女性に憧れて、今から百年程前に里を飛び出したのじゃよ」


「……それって」


 里長から聞かされたジンさんの事情に僕は何とも答え辛く言葉を詰まらせた。


「でもマスター、ジンさんって銀の盾の治癒士さんと付き合ってましたよね?」


 イブは僕の耳元で囁く。


 僕らが出発する前、顔見知りの治癒士さんと仲睦まじい姿を見せていた。彼が里を出た経緯が知れるとひと悶着あるかもしれない。


「人族に憧れるって、ジンはどこでその人族と出会ったの?」


 僕らがそんなことを考えていると、ルナが質問をした。確かに、結界で護られたこの場所でどうやって知り合ったのかという疑問が浮かぶ。


「今から百年程前じゃったかな、結界をこじ開け、外部から人族が入ってきたことがあったのじゃよ」


「へぇ、それはまるでイブたちみたいなことをしたんですね」


「……まあ、あそこまで派手ではなかったがな」


 イブの言葉に、里長は少し言葉を詰まらせてから答えた。


「それって、もしかして……」


 百年前と言う年月に僕は引っ掛かりを覚えた。


「その者たちは全員黒髪で、それぞれ凄まじい力を持っておった」


 どうやら間違いない、セレーヌさんの先祖の転移者だ。


「この森の奥に用があると言ってしばらく里に滞在することになってな、その時にいた一人の女性に心を奪われたジンは、彼女たちが立ち去ってしばらくして、里を出て行ったのだよ」


 その後、ジンさんがその人物に会えたのかはわからないが、転移者がここに来たという情報は思わぬ収穫だ。


「その人たちは結局、ここで何をしていたんですか?」


 イブが転移者たちの目的を聞いた。

 少しして、里長は値踏みするように僕らを見ると告げる。


「この森の奥にある【神の試練】に挑む為じゃよ」


 僕らが捜しているアルカナダンジョン、その手掛かりがようやく見つかった。

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