第289話 深淵の森

「その森の出身って……そう言う意味ですよね?」


 皆が固まっている間に、僕はジンさんへと確認する。


「ああ、あの森の奥には俺の故郷がある。俺はそこから出てきたんだ」


 僕がモカ王国の図書館で調べた蔵書には、ブルマン帝国北は光も差し込まぬ深淵の森になっており、そこに住むのはハイエルフだと書かれていた。


「ということはジンさんはハイエルフだったんですか?」


「エリク、お前そこまで知っていたのか?」


 僕が彼の正体を言い当てると、ジンさんは鋭い目つきで見てきた。


「いえ、文献で森の様子について知っていたので、単純にエルフのジンさんなら案内できるんじゃないかなと思っただけです。他に親しい方もいなかったので」


 彼の出身地だったのはまったくの偶然だ。


「えっと、結局案内をしてもらえるんでしょうか?」


 僕とジンさんが固まっていると、イブが会話に入り込んで来た。


「僕としては、ジンさんが案内してもらえるのなら頼もしいですけど……」


 住んでいたというのなら、周辺の地形もわかるだろうし、ひょっとするとアルカナダンジョンの入り口を知っている可能性もある。


「里を追い出された時、二度と戻らないと決めている」


 ジンさんはそう言うと、首を横に振った。苦い表情を浮かべており、色々あったことがわかった。


「そうすると、他のエルフの人を雇うしかない」


「うーん、とりあえずブルマン帝国の冒険者ギルドに行って人を探します?」


「それでなくともエルフは希少で優秀な人が多い。パーティーを組んでいる場合受けてくれるかどうか……」


 ルナとイブがどうするかを話し合っている。


「すまないな、俺もエリクには世話になったから、出来る限りをしてやりたいんだが……」


「いえ、それはこちらのセリフですから」


 頼んでいるのはこちらなのに頭をさせるようなことをさせてしまい、申し訳なく思う。


「そうだ、エリクにはせめてこれを渡しておこう」


 ジンさんはそう言うと、自分の首に手を回し首飾りを外した。


「これは、エルフの里に伝わる御守りだ。これを身に着けていれば森の邪霊が近付かないと言われている」


 紐に動物の骨を通した木彫りの首飾りを僕は受け取る。


「ありがとうございます、これはお返しです」


 僕はそう言うと、ちょうど手元にある新しく作った魔導具を彼に渡した。


「これは?」


「ちょっとした効果を持つ魔導具です」


 僕は悪戯な笑顔を浮かべると彼にそう言うのだった。









 鳥の鳴き声が頭上より絶え間なく聞こえ、動物が葉をかき分ける音がところどころで聞こえる。

 空を見上げてみると、視界一杯に木が映り生い茂った葉が陽の光を遮っている。


 光すら差さず、野生の獣が身を隠すそんな場所【深淵の森】に僕らは足を踏み入れていた。


「エリク、身体が泥まみれで気持ち悪い」


「マスター、ここはどこですかぁ?」


 ルナとイブがうんざりしたような表情を浮かべている。

 ジンさんの勧誘に失敗した僕らは、ブルマン帝国でも森の案内人を募集して見たのだが、現れるのは、イブやルナの容姿を見て下心を持った冒険者や、いかにも初心者冒険者を食い物にしていそうな下卑た笑みを浮かべる怪しい連中ばかりだった。


 お目当てのエルフは一人もおらず、数日の間、そいつらをあしらってトラブルを退けていた僕らは「このまま待つより突破した方が早い」と判断をくだし、こうして森に入ったのだった。


「どうせ【クリーン】をしてもすぐ汚れるし、ここがどこなのかは僕が知りたい」


 僕は律儀に二人に返事をすると、周囲を見回す。似たような風景が広がっていて、今自分がどちらを向いているのかわからないのだ。


 進んでいるのか戻っているのかすら判断がつかず、どちらに進めば森の奥にいけるのか考えていた。


「モンスターは、問題ないけど、これは厄介だぞ」


 現れるモンスターは、平原に比べると強力なのが多い。巨大な体躯を持つフォレストウルフや、ジャイアントスパイダーなど、毒を持っていて厄介なのだが、イブやルナの魔法を前にすると、姿を見せた瞬間からデストロイされてしまう。


 二人とも気が立っている様子なので、モンスターがいなければいつその怒りがこちらに向くかと考えてしまう。


 そんな猛獣のような二人のせいか、今では僕らに近付くモンスターもいなくなってしまった。


「とりあえず、前に進むしかないよ」


 結論。これまでのアルカナダンジョンがぬるかっただけで、これが本来の探索者の姿のはず。僕は二人にそう言い聞かせると森の探索に戻るのだった。






「いいか、ゆっくりとこじ開けるんだぞ?」


 森で迷うこと一週間。僕らはとうとうこの森の重要な場所へと到達していた。


 周囲には魔力による目印の糸が張り巡らされており、その先が消失している。

 これは、この先に見えない障壁が存在しているあかしだ。


「それにしても、ルナさんの新魔法のお蔭でようやくですね」


 森の探索が行き詰った段階で、ルナは足を止めると新たな魔法を開発した。

 魔力で糸のようなモノを発生させ、木に括りつけながら進むことが出来る。これがあれば方向を狂わされることなく進めるという。


 森を探索する上で重宝する魔法だ。


 その魔法を駆使することで、方角を見失うことなく進み、こうして壁にぶち当たった。結界を囲むように円を描いで目印の糸が張り巡らされている。これまでの探索は、どうやら不思議な力に妨害されていたようで、あのままでは永遠に中央に辿り着くこともできなかった。


「と言うわけで、ぶち壊す」


 ルナは怒りを込めて結界に魔力を流し込む。この結界を張った連中のせいで、何度クリーンを掛けてもすぐ身体が汚れてしまい、スッキリしなかったので不満が溜まっていた。


「ちょっと⁉ 力が入りすぎ⁉」


 僕がそう叫ぶも遅い、次の瞬間結界が壊れ……。


「貴様ら何者だ!!」


 突然結界を壊されて姿が見えるようになったエルフたちが弓を構え、僕らを警戒していた。

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