第286話 偽の予告状

「いや、だって、ヒルダさんが盗んだんじゃないですか?」


 イブは紅茶のカップを置くと立ち上がり、必死の形相でヒルダさんに詰め寄った。


「そんなこと言われたって! 知らないわよっ!」


「予告状も出していたのに? 嘘をつくなら指をキリキリ曲げる」


「そんなこと言われても知らないってば!」


 女性が三人揃うと騒がしい。彼女たちは先程までの余裕が何処に行ったのか、と思う程に熱くなっている。


「大体、私は悪徳貴族や商人からしか盗らないことにしているの! ハワード商会なんて狙うわけないでしょ!」


 ヒルダさんの主張は確かにその通り、彼女は義賊として、悪を挫き弱きを助けている。


「でも、予告状があるんですよ?」


「それ、わりとよくあるやつよ。自分たちの悪事を隠すため、私に盗まれたことにしてこっそりと横流しする。予告状なんて長い間やってたら真似するやつも出てくる。それ見せてよ」


 僕はハワードさんから受け取った予告状を彼女に渡した。


「これが私が普段使っている予告状よ」


 彼女は懐からもう一枚予告状を取り出しテーブルに並べる。文字からして同じで見分けがつかない。


「私の予告状は特別な処理をしてあるの。だから魔力をこうして流してやれば……」


「あっ、文字が消えた!」


 ルナの言う通り、先程まで書かれていた予告内容が消え、空白の予告状が出来上がった。


「ほら、やっぱり偽物じゃない。大体、モカ王国は善政を敷いていることで有名だから、訪れたこともないし」


 自分の出身国を良く言われて悪い気はしない。僕はヒルダさんの言っていることが正しいのではないかと考える。


「でも、あの店のセキュリティはかなり厳しい。それこそ、ヒルダの『ダークゾーン』でもなければ人に気付かれずに盗むのは不可能」


 ルナの指摘にヒルダさんは反論を告げる。


「私が予告状を出した時は、商人も貴族もやっきになって人を集めているはずよ。だれか目撃者とかいなかったわけ?」


 今回の盗みの手口と一致、もしくはヒルダさんと関連付けできる情報があるかもしれない。


「それが、気が付いたら盗まれていたらしくて……」


 アルカナコアが盗まれた場所に予告状があったことを告げる。ヒルダさんが乾いた目で順番に僕らを見た。


「どうやら、犯人違いだったみたいですね」


「そんなぁ……」


「無駄足だった」


 ここに来て、アルカナコアを盗んだのがヒルダさんではないと判断した僕らは肩を落とし落ち込む。


 せっかくもう少しでアルカナコアを拝めると思っていたのに、ここにきて振り出しに戻ってしまったからだ。


「まったく、無実の罪で白い変な物をぶっかけられて捕まえられるし、これってありえないわよね?」


「も、申し訳ありません」


 とりもちはお気に召さなかったようだ、発動させるトラップを油にしておくべきだったか……。


「これだから、世間知らずの坊ちゃんは。いい? 遊びじゃないのよこっちは! 私が何とかしないと、悪がはびこり、子供が飢えるんだからね!」


 ヒルダさんの不満は止むことがない。これまでの鬱憤を晴らすかのように、次々と僕が駄目な部分を告げてくる。


 これまで、年上の女性からここまで説教されたのは珍しく、僕は真摯にその言葉を聞き続けた。


「だからね、いくら親しい間から持ち込まれた情報でも、完全に信じちゃだめなのよ。まずは疑うところから――」


 ついには、義賊としての心構えを説かれた。彼女の生き方の格好良さに感銘を受けつつある。


「あの……もうそろそろ、良いのでは?」


 そんな会話で盛り上がっていると、イブが間に入ってきた。気が付けばルナも冷たい目で僕らを見ている。


「……まあ、こんなところにしておきましょうか。それじゃあ、次からは気を付けてよね」


 結構な時間話し込んだからか、ヒルダさんは立ち上がると手を振り家から出て行こうとする。去り際まで格好いいというのはずるい。


 僕が丁重に彼女を外に送り届けようと考えていると……。


「とりあえず、私たちの勘違いは理解しました。でも、そもそもヒルダさんは罪人ですよね?」


「どちらにせよ捕まえても問題ない。謝る必要はなかった」


「ちっ! 気付かれたか」


 ヒルダさんの舌打ちが聞こえた。







「それじゃあ、何か不審なアイテムの流通があったら連絡するわよ」


「本当にお願いしますよ。逃げられると思わないでくださいね?」


 イブは腕を組むとヒルダさんを疑うような目で見る。


 結局、僕らはヒルダさんを解放することにした。

 彼女が行っていることは正義だし、何よりヒルダさんの方が世界中の情報を集めるのが得意だったからだ。


「わかってるわよ。こんな指輪まで渡されたら仕方ないわ。ちゃんとやるから」


 彼女の指には【コールリング】が嵌められている。何か情報を得たら即座に教えてもらうために渡しておいた。


「それじゃあ、エリク君。その二人に飽きたら私に連絡してちょうだい。あなたとなら遊んであげるわよ」


 ヒルダさんはそう冗談めかすと目配せをしてきた。


「はいはい、そちらは結構ですけど本当にお願いしますよ」


 僕は溜息を吐くと、彼女を外に出すのだった。

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