第284話 エリクVSヒルダ

          ★


「ふっ、所詮はこんなものよね」


 ゴ・ウモンの屋敷から離れたヒルダは、戦利品の魔導具を手に勝ち誇った笑みを浮かべていた。


 先程まで対峙していた二人の少女。内包する魔力や身のこなしから見て、まともに戦ってもヒルダは勝ち目がないと判断していた。


 だが、戦闘力に長けた者程、戦いに持ち込めばよいと考え行動が単純になる。


「これまでに『ダークゾーン』と『ライトゾーン』を破った者はいないのよ」


 ヒルダは二つのスキルを駆使することで様々な宝を盗んできた。


『ダークゾーン』はその場の全ての明かりを消し去り、魔法や魔導具の機能を完全に停止させる効果がある。

 このスキルのお蔭で、ヒルダに破れない警備はなかった。


 更に『ライトゾーン』は逆の効果で、範囲内を光で満たし、魔法の威力を増幅させることができる。


 彼女は、これを発動した際に光を放つ魔導具を使用しているので、暗闇の中から一瞬で光を浴びせられた人間は、眩しさのあまりヒルダを見失ってしまうのだ。


「まあ、天井を壊すという発想は面白かったけどね」


 明かりのためとはいえ、あそこまで大胆に貴族の屋敷を破壊できるとは思い切った行動だ。今回の一番の収穫はあの少年かもしれない。


 そんなことを考え、ヒルダは魔導具を手にしながら笑っていると……。


「それはどうも、ありがとうございます」


 背後からいきなり声を掛けられた。


「えっ?」


 振り向くと、先程まで誰もいなかったはずの場所に一人の人間が立っている。足音すらさせず、声を聞くまで気付けなかったことに、ヒルダは追手を手練れと判断し緊張する。


「暗闇からのめくらまし。わりとよくある手ですよね」


 姿を見せたエリクは、緊張の欠片もなしにヒルダへと近付いて行く。


「驚いたわ、まさか読んでいたなんてね……」


 ヒルダの頬を汗が伝う。逃げ切ったと思い油断してしまったが、まだ片付いていなかった。初めて追走を許した目の前の人物を警戒すると、少しでも時間を稼ごうとする。


「たった一人で追いかけてくるなんてね、少し自分の力を過信しすぎじゃないかしら?」


「そうですね。確かに僕なんてまだまだ実力不足ですし」


 エリクは事実を受け入れると剣を抜く。ヒルダはその剣の抜き方から構えまで、一切無駄がなく美しい動作に一瞬見惚れてしまった。


「でも、ヒルダさんが得意なのは絡め手のようなので、直接の戦闘なら僕に分があるんじゃないかなと」


 まるで昼の散歩中のように気負うことなく笑顔を見せるエリク、本人は友好的に接し情報を引き出しやすいように画策しているのだが、相手からすればエリクの笑顔はより不気味に映った。


「私のスキルは範囲を絞れば効果を強めることができる。つまり、こういう使い方もできるのよ……『ダークゾーン』」


 ヒルダは範囲をエリクの周囲に絞ってスキルを発動させた。一瞬でエリクの視界が塞がれる。

 ヒルダは短剣を抜くと視界を塞がれているエリクの足を狙って突いた。


 ――キンッ――


「えっ?」


 ――ポキッ!――


 手に痺れるような衝撃と、その後見てみると手元の短剣が折れていた。


「確かに、からめ手は見事でした。あれなら初見では大抵の人は躱せないし、実際イブもルナも嵌ってましたから。彼女達に良い経験になったと思います」


 暗闇の中からエリクが出てくる。


「だけど、その手の絡め手は、小説や漫画では出尽くしてますからね。僕にとっては意外でもなかった」


 転生する前の世界で、エリクが見ていたアニメや漫画などで、怪盗が逃げる手段はやりつくされている。

 それらを念頭に置けば、対策できないわけもない。


「そして、そんな手を使うということは、自力はそこまで強いわけじゃないってことですよね?」


 歩み寄るエリクに、ヒルダは恐怖を覚える。

 本人は夜道を散歩しているかのような気楽な表情を浮かべているのだが、そこから立ち上る魔力の量が凄く、化物に睨まれたかのように足が震える。


「まだよっ!」


 一瞬でヒルダの頭の中にいくつもの選択肢が生まれる。逃亡や懐柔などは目の前の化物には無意味。逃げ切れるとは思えないし、時間を稼ぐことでヒルダが有利になることもありえない。


「わっ! 落ち着いてください!」


 結局のところ、攻撃でエリクに傷を負わせ追ってこられないようにするのが最善なのだが、ふざけた態度をみせるわりに攻撃が当たらない。


「うーん、やっぱりやりにくいな……」


 攻撃を躊躇うエリクの言葉、眉根を潜める表情。もしかすると付け入る隙かもしれない。


 エリクはバランスを崩すと地面に手を付き、地を蹴って後ろに飛んだ。誰がどう見ても好機である。

 このタイミングでなら傷を負わせ離脱できる。そう判断したヒルダは一気に距離を詰めた。


「良かった、これで無駄にならずに済みましたよ」


 次の瞬間、ヒルダの足元に魔法陣が輝く。


「これって、ダンジョンの⁉」


 流石に知っているらしい、ダンジョンの魔法トラップが発動する魔法陣だ。


「ええ、そう言う魔導具ですから」


 次の瞬間、魔法陣から白い何かが溢れ出す。


「いやああああっ‼ なにこれっ⁉」


 ヒルダの悲鳴が上がり少し経つと、


「うん、捕獲成功」


 彼女はとりもちまみれになって身動きできなくなっていた。


         ★


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