第283話 ヒルダ参上

「いよいよ、予告時間が近付いてきた」


 ゴ・ウモンの屋敷を緊張が包み込む。

 先程から、通路の後ろをゴ・ウモンが雇った冒険者が入れ替わり立ち代わり人が出入りしている。


 誰かと入れ替わって突入してくる可能性アリと考えているのか、対策として人員を入れ替えているらしい。


 これならば、たとえヒルダが変装をしていたとしても、魔導具に近付けることを防ぐことができるとゴ・ウモンは豪語していた。


 そんな彼らを観察しながら、僕は自分たちの状況を確認しておく。


「取り敢えず、手筈はわかってるね?」


「うん、私が左の通路を見て」


「イブが右の通路を守ります」


「そして僕が正面だね」


 それぞれ、僕が作った魔導具【トラップメーカー】を構えている。

 どの方向からヒルダが来ても大丈夫なように突き当たりに二人を配置した。


「どのトラップを発動するかは各自の判断に任せるよ」


 何せ、相手は貴族や豪商を手玉にとり、逃げ切っている程の怪盗だ。どのような手段を取ってくるかわからない。

 これまでの、モンスターを倒したり対人戦をするのとはまた違った経験が必要になるので、なるべく近寄らせてはならない。


「ふふふ、このお仕事が終わったら、イブはアルカナコアの解析にはいるんです」


「これ終わったら、城下街にある行きつけのカフェにエリクと行く」


 二人とも既に先のことを考えている様子。緊張とは無縁なタイプだが、そこまで楽観的なのはどうだろうか?


 万が一二人の間を抜けてきたとしても、僕は油断しないようにしよう。


 そんなことを考えていると、予告の時間になった。


「……来ませんね?」


「むぅ、待ち合わせに遅れるとは怪盗の名折れ」


 気配を探ってみるが、屋敷内で争いが起こっていたりとかは特になさそうだ。


「もしかして、イブたちがいるのであきらめて撤退したのでは?」


「アルカナダンジョン攻略者の名は伊達じゃない」


 イブとルナがそんな感想を告げる。本当にそうだろうか?

 もし、僕らを警戒しているのだとしたら、アルカナコアを盗んでからそんな短い間隔で予告状を出さない気がする。


 そんな風に二人の会話から色々思考していると……。


「『ダークゾーン』」


「なっ!」


「きゃあっ⁉」


「……暗い」


 屋敷中の明かりが消え、視界一杯を暗闇が支配した。


「「「ライト」」」


 この行動は予測の範囲だった。僕らは同時に光源を生み出す魔法を唱える。


「駄目です、マスター」


「魔法が……封じられた?」


 ところが、光の玉は発生せず、暗闇のままの状況が続く。


「魔法を封じるスキル? そんなモノが……存在する?」


 僕やイブやルナは世界最強クラスの魔法を扱っている。そんな三人の魔力を封じ込めるスキルとは途轍もない。


「これがヒルダさんの仕業だとしたら、とんだやり手ですよ」


「ん。今まで捕まらなかったのにも納得」


 確かに、暗闇を制し、魔法を完全無効化できるというのなら簡単だろう。

 恐らく彼女はこのスキルを使ってハワード商会からアルカナコアを盗み出したに違いない。


 僕は周囲に動きがないか注意しながら、ヒルダの次の行動に備えていると……。


「ぬわああああああああああああああああああああああああ!!!」


「ゲス……いえ、ゴ・ウモンさんの叫び声です!」


「豚の鳴き声かと思った」


「二人とも、部屋に行くぞ!」


 今の叫び声からゴ・ウモンに何かが起こったのは間違いない。僕は廊下を走ると、魔導具が置いてある部屋へと飛び込んだ。


「大丈夫ですか! ゴ・ウモンさん!」


 目を凝らしてみるが、中も真っ暗なので何も見えない。


「くっ、こうなったら仕方ない」


 僕は武器を振るうと剣圧で天井に穴を開けた。


「えっ?」


 月明かりが差し込み、部屋を照らす。


 魔導具が飾られている前には黒いローブを身に纏った女性が立っている。


「うぐぐぐぐぐ、おのれぇぇぇぇ」


 そしてその足元で踏みつけられているのはゴ・ウモン。


「まさか、天井を壊して明かりを入れるなんて非常識ね」


 僕と目が合うと怪盗ヒルダは興味深そうに笑った。


「貴女が怪盗ヒルダですか?」


「ここで捕まってもらう」


 イブとルナが駆けつける。僕ら三人が揃えばヒルダも好き勝手はできない。


「なるほど、久しぶりに予告状を出してみれば、なかなか面白そうな子たちがいるじゃない」


 ヒルダは余裕の笑みを浮かべ僕らを値踏みするように見ていた。


 僕はその表情を見ると、彼女にはまだ奥の手が残されているのだと察した。


「お前たち、私に無礼を働くこの女をとっとと捕まえろ!」


 ゴ・ウモンが叫んだ。


「あの、もし良かったらその足をどかしてもらえませんか?」


 僕がヒルダに頼んでみると、彼女は思いのほかあっさりと足をどけてくれた。


「ふぎゃっ!?」


 ゴ・ウモンが蹴られ壁まで吹き飛んで鳴き声を上げる。


「この男は、伯爵の地位を利用して弱気女性を虐げた。この魔導具さえなければ、あんな目に合う女性も減る。よって私が盗んであげるわ」


 ゴ・ウモンの悪行を知ったうえでの予告状らしい。心情的には彼女の言葉に同意なのだが、逃がしてあげるわけにはいかない。


「この状況で逃げられると思いますか?」


「ん、逃がさないから!」


 イブが剣を、ルナが杖を構える。

 例え魔法を封じられていても、僕らの身体能力ならばヒルダを完封できるはず。


 ヒルダは答えることなく【宣告のネックレス】を手に取った。


 むざむざと盗まれるわけにはいかない。次の瞬間、イブとルナが地を蹴り、ヒルダに突進すると……。


「『ライトゾーン』」


「きゃあっ!」


「眩しいっ⁉」


 眩い光が溢れ、イブとルナの声が聞こえた。


 




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