第278話 卒業式
会場はワイワイと賑わいを見せ、僕の周りにも大勢の生徒たちが押し寄せていた。
「エリク生徒会長今までお世話になりましたっ!」
「私たち、エリク会長のお蔭でここまで成長できました!」
「これからも、いつでも遊びにきてくださいねっ!」
「いや、今の会長は僕じゃないんだけど……」
一つ下の後輩たちが涙を浮かべ僕の両手を握り締めてくる。
彼らは生徒会のメンバーなのだが、妄信的ともいえる勢いで僕を肯定してくるので、ちょっと怖かったりする。
一体、何がそんなに琴線に触れたのか今でもわからない。
「いえっ! 自分にとっての会長はエリク会長だけっすから!」
涙をぬぐいながらそう主張している彼から距離を置くと、
「うん、ありがとう。とりあえず僕は他にも挨拶する人がいるから……」
そそくさとその場を離れた。
歩きながら周囲を見渡す。
ここは、入学式の後にもパーティーで使ったホールだ。
そこらでは、人垣ができていて、アンジェリカやロベルト、マリナにルナも自分たちを慕う後輩に囲まれている。
「流石に、これだけ盛大に送り出してもらえると嬉しいな」
今日はアカデミーの卒業式で、僕を含むアルカナダンジョン攻略組は今日をもってアカデミーを卒業する。
卒業式では、アンジェリカが代表として見事答辞を務めた。
元々、母親の病気を治すため、力をつける必要があってアカデミーに入学を希望した彼女だが、今では志立派に胸を張っている。
そんな彼女は、今後は王城に戻り、国王をサポートする内政学を直接エクレアさんから教わるのだという。
僕は「なぜアレスさんから帝王学を教わらないのか?」質問したのだが、彼女は複雑な表情を浮かべた。
そして「まだ、完全に諦めたわけではありませんから」と告げたのだ。
その言葉の意味はいささか理解できなかったが、彼女の瞳には意思が籠っており、何かを成し遂げそうな雰囲気を彷彿させていた為、応援しておいた。
そんな彼女の気配も、ホールの中央付近から感じることができる。
僕が気配を殺しながら歩いていると、ふと奇妙な光景を目撃した。
「タックの兄貴! 今まで世話になりました!」
「俺たち、タックの兄貴にぶちのめされてから、目が覚めたんです!」
「うおおおおおおっ! タックの兄貴の晴れ舞台だ! お前たち泣くんじゃねえ!」
視線を向けると、タックが筋肉の塊のような生徒たちに囲まれている。
「うるせえよお前らっ! いい加減付きまとってくるんじゃねえ!」
どうやら、タックもアカデミーで後輩に慕われていたらしい。
魔族なので、距離を置かれていると思っていたが、ぶっきらぼうだが意外と面倒見が良い部分もある。
因縁を吹っかけてきた後輩をぶちのめしたが、漢気に惹かれてしまったのだろう。
「あっ、エリク。てめぇ、こっち助けろよ!」
そんな彼の晴れ舞台を奪うわけにもいかず、僕はタックに気付かないふりをしてその場を離れた。
しばらくの間、ホールを歩き回る。
気配遮断を使っているので、余程の達人でなければ気付くことはない。
皆が笑顔で話しているのを見ると、こちらまで幸せになってくる。
「あれは……」
しばらく歩いていると、ハワードさんを発見した。
「おや、本日の主役がこんなところに」
僕は気配を出すと、彼の前に立った。
「どうも、御無沙汰しております。今日はどうされたんですか?」
彼は、ハワード商会の会長であり、セレーヌさんの父親だ。
ハワードさんの家に子供はセレーヌさんしかいないので、アカデミー主催の卒業式にわざわざ顔を出す理由がわからなかった。
「どうしたも何も、エリク君にあいにきたのだよ」
「……もしかして、勧誘でしょうか?」
僕の進路については、アレスさんを筆頭に、騎士団や商会に神殿、果ては冒険者ギルドに魔道士ギルドや一流レストランと様々な分野のひとたちから誘いがあった。
僕自身、卒業後は世界を見て回ると考え、それまでの準備期間を過ごしていたわけなので、希望にこたえらず、最後の方は勧誘から逃げ回ってしまっていた。
そんなわけで、ハワードさんとお会いするのも随分と久しぶりだったのだが……。
「娘から手紙で大体のことは聞いている。君がアルカナの意味を知っているとね」
先祖の口伝については、セレーヌさんよりも目の前のハワード氏の方が詳しいはずだ。彼女は手紙で僕のことを知らせたらしい。
「いや、勧誘ではない。まあ、頼み事もするので、あながち間違いでもないが……」
「なかなか回りくどい言い方ですね。商売は拙速の方がよいのでは?」
ともすればこういったパーティー会場では、誰に会話を妨げられるかわからない。
お互いに、アプローチしてくる人間が多いことから、あまり迂遠な言い回しは良くない。
「それもそうか、では単刀直入に申し上げよう」
ハワードさんは一度息を整えると、はっきりと告げた。
「当家が所有するアルカナコアが盗難にあった。これを探す手伝いをしてもらえないだろうか?」
「はああああああああっ⁉」
僕の叫び声が、ホールにこだました。
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