第279話 大盗賊ヒルダ

「で、吐いた方が楽になるよ?」


「ううう、イブはやってません」


「……私もやってない」


 目の前には、イブとルナがいて、僕は彼女たちを尋問している最中だ。


 それと言うのも、先日、ハワードさんからアルカナコアが盗まれたと聞かされたからだ。


 アルカナコアはこれまで攻略者がほとんどいなかったので、貴重過ぎて値段がつけられない。

 ハワードさんも、先祖代々引き継いできているし、セレーヌさんの嫁入りの際に持たせると言っていた。


 ハワード家の家宝ともいうべきものなので、当然警護も厳重にされていた。


「ほんとかなぁ? ちなみに、映像魔導具と警備兵を無力化する方法は?」


「イブなら、同数のドップ君を生み出して、映像は幻影で処理します」


「私なら、力任せに映像魔導具を魔力暴走で使えなくする」


「……やっぱり、君らだろ?」


 僕は二人に疑惑の視線を向ける。

 即座に対策を練り上げる時点で怪しい。


「じょ、冗談ですよっ!」


「まったく、疑われるなんて心外」


 確かに、実力と動機それぞれを備えている二人だが、僕も真剣に彼女たちを疑っているわけではない。


「まあ、ハワードさんから盗難に遭った状況は聞いてるからね、あまり疑ってないから安心しなよ」


 僕が溜息を吐くと、


「結局、誰が盗んだの?」


 ルナは犯人が知りたいらしく、じっと見上げてきた。


「世界を股に掛ける大盗賊ヒルダ」


「それって、神出鬼没でどんな厳重な罠を張り巡らせても予告状を出した上で盗むっていう盗賊ですよね?」


「らしいね、今回の件は盗んだ後でアルカナコアが置いてあった台座に予告状が置かれていたらしいよ」


 僕もイブもハワードさんの店にアルカナコアを何度か見に行ったことがある。

 あの厳重な警備と魔導装置なら、無効化する過程で他の魔導装置が反応するので、誰にも気付かれないように盗むのは常人には不可能だろう。


「大盗賊ヒルダは義賊として有名で、悪徳貴族や悪徳商人から盗んだ宝石類を換金して、貧しい人々にばら撒いているはずです」


「セレーヌの実家は悪徳商人だった?」


「いや、決してそんなことはないはずだよ」


 ゴッド・ワールド内の野菜などを卸したりしている時、ハワード商会の名前も何度か上がり話を聞くことがあるが、いたって真面目な商会で通っている。


 とてもではないが、義賊に狙われるようなことはない。


「でもですよ、その義賊のヒルダさんがアルカナコアを盗んでどうするんでしょうね?」


 アルカナコアはアルカナダンジョンを攻略した証として存在している。

 他のダンジョンコアとは違い、魔導具の動力源に使うことができず、一般の人間からは世界に一点しかない宝石の類として見られている。


 なので、もし、その大盗賊ヒルダが盗んだアルカナコアを売ろうとしても、世界に一つしかない時点で足がついてしまい売りさばけるとは思えない。


「売って金に換えようにも確実にひとめに触れるよね?」


 あれほどの警備を掻い潜って手に入れても販売ルートがなければ宝の持ち腐れだ。


「もしかして、砕いて売るつもりじゃあ?」


 ルナがぼそりと呟いた。


「いやああああああああああああああああっ!」


「うわっ、どうした⁉」


「アルカナコアに何てことするんですか、ヒルダさん⁉」


「落ち着け、今のはただの推測だから」


 アルカナコアに人一倍こだわるイブは顔を青くして叫んでいた。

 砕いてカットして宝石として売ればそれなりに儲かるかもしれないけど、それなら同じ大きさの宝石を盗む方が話が早い。


 僕はそう言ってイブを宥めると、まさかアルカナコアが砕かれていないかと思い、背筋を冷たくした。


「それで、エリクどうするの?」


 ルナは僕に問いかけてくる。


「本当は、今の時点で所在がはっきりしているアルカナダンジョンを先に攻略しようかと思ってたんだけど、アルカナコアに手を出す人物と言うのはきになるからね、先にそっちを捕まえてしまおうかと考えてるよ」


 もしかすると、アルカナコアには別用途が存在していて、盗んだ人物は他のアルカナコアを狙ってくる可能性もある。


 各国には僕とルナがアルカナコアを保有しているのは知れ渡っているので、そう言う目的なら向こうから近付いてきてくれる可能性もある。


「ひとまず、その大盗賊ヒルダの情報を集めてみよう」


 卒業した直後で、これまでよりも自由が利く。僕はイブとルナにそう提案すると、


「うん、わかった。ヒルダを倒して財宝ゲットだね」


「悪党から奪うということは、合法的にアルカナコアを手に入れられるってことですね!!!」


「…………もう一度聞くけど、本当に君ら盗んでないんだよね?」


 発想が、盗賊を超えている二人に僕は疑惑を払拭することができなかった。

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