第277話 卒業前

 下を見ると、清掃業者が道を掃除している。その側面にある植物園では国中から集められた庭師が木や花の世話を行っている。


 アカデミー中を兵士が歩いており、何か妙な仕掛けがされていないか探している。


 もうすぐ、僕らの卒業式があるので、そのために警備を強化している。


 もっとも、王都にあり、国内外多数の貴族が在学しているアカデミーを襲うのはリスクが高いので、普通の犯罪組織であればここを襲撃する計画は立てない。


 ここ数年、ただでさえ王立アカデミーは優秀な人材を世に輩出しており、彼らが国の各所で力を奮っているので国力も上がっている。


 そんな中、暴れたところ、組織ごと潰されるのがオチだ。


 僕は、アカデミーの元生徒会長として、送り出されるものとして、卒業式までやることがなく、何となく感慨深く、生徒会棟の屋上から風景を見ていた。


 とはいえ、皆が僕の……僕等のように暇を持て余しているわけではない。


 ちょうど、眼下には一人の騎士が立っており、周囲の兵士に指示を出している。

 純銀の光沢を放つ、ミスリルの鎧に身を包んでいる……。


 僕の親友のロベルトの姿があった。


 彼は、半年にも及ぶ騎士団の訓練について行き、そこで著しい成果をあげたお蔭で、卒業後はモカ王国近衛騎士団への入隊が決まっている。


 なので、自分たちの晴れ舞台である卒業式でも警備の仕事をしなければならず、こうして忙しそうにしているわけだ。


 ふと、ロベルトが顔を上げると手を振ってきた。この距離で気配に気付くとは、昔の彼を知っている僕にも驚きだ。


 彼は、晴れ晴れとした笑顔を僕に向けてくるので、僕も右手を振って応える。


 ただ、他の兵士たちもつられてこちらを見ているのだが、どの視線も険悪で、僕に対して良からぬ感情を持っているように見える。


 こう見えて、僕はこの手の視線に対する耐性が高い。どのような意図が隠されているのか見破ると、その原因を見る。


「ん、どうしたの。エリク?」


 左腕に柔らかい感触が押し付けられている。横を見ると、ルナが顔を上げ僕の目を覗き込んで来た。


「いや、わざわざ抱き着かなくてもいいんじゃないかと思ってね」


 彼らが忙しそうに働いているのに、棟の屋上でイチャイチャしているカップルがいればそれは確かに良くない感情を抱くだろう。


 特に、ルナはアナスタシア王国の宝石姫と呼ばれている、絶世の美少女なので、一緒にいて目立たないわけがなかった。


 気が付けば、他からも同様の視線をちらほらと感じている。ロベルトがこちらを見るのは当然だった。


「確かに、一理ある」


 ルナは神妙に頷く。彼女に対しては理詰めが有効なのだ。これでようやく腕を解放してもらえると考え、どこか名残惜しさを感じていると……。


「でも、エリク、考えて欲しい」


「何を?」


「わざわざ離れなくても良いのではないか? と」


「な、なるほど……?」


 断言され、首を傾げる。


 どこか腑に落ちない気がするのだが、それを指摘することができない。

 よくよく考えると、最近のルナとの距離感はこのくらいが多かった。その延長でもう少し近付いているだけならば、許容内なのではないか……?


「そんなことより、暇なら外に出よう」


「ん、どうしてさ?」


 ルナが腕を引っ張るので、僕は首を傾げる。


「卒業前ということで、王都内でも出店が出ているから、エリクと回ってみたい」


 卒業生の保護者には各国の要人もいることから、それなりの祭りとなるせいか、アカデミー周囲も賑わっている。


 卒業までの短い時間にかこつけて、イチャイチャデートを楽しむカップルも多数存在しているらしい。


「色んな屋台があるらしいから、各国の料理もあるって」


 僕が悩んでいると、ルナが心をくすぐる一言を放った。僕のことをよくわかっている。

 彼女と目が合うと、


「それなら、行くしかないよね」


 僕はルナの思惑に嵌ると、彼女とともに出掛けるのだった。





「ほら、ルナ」


 屋台で買った料理の片方を差し出す。


「ん、ありがとう」


 小麦粉を薄く伸ばして焼いたものにソースを塗り、火でじっくりあぶった肉を削いで緑黄色野菜と一緒にくるんだ料理だ。


「……美味しい」


 彼女は小さな口でかぶりつくと、その料理の評価を告げた。


 ルナと街に出て、こうして買い食いをするのは何も初めてではない。

 ゴッド・ワールド内で訓練をした後の休暇とかでも、気分転換を兼ねて出掛けていた。


 だからこそ気付く、やはりこれまでよりも距離が近いことに。

 先に料理を食べ終えた僕は、ルナが通行人とぶつからないように位置取りに気をつかう。


 彼女は小柄なので、相手が気付かずにしょっちゅう人にぶつかってくるため、こうするのが自然と身についてしまっていた。


「そういえば、ルナは卒業後に国に戻らなくて良かったのか?」


 彼女はアナスタシア王国の第一王女。両親から強制された婚約者を魔法で不能にしてアカデミーに追放されてきたのだ。

 卒業後は当然自分の国に戻るものだと思っていたのだが……。


「ルナは、エリクと一緒に行く」


「僕は、世界を回ってアルカナダンジョンの謎を解くつもりなんだけど……」


 彼女の発言に驚く。国に戻れば安定した生活を送れるはずなのに、わざわざ危険を冒してまで僕についてくる理由がない。


「言ったはず、だよ?」


 ルナは僕の手をぎゅっと握る。


「エリクを落とす。それまでは国に帰るつもりはない」


「お手柔らかに頼むね……」


 彼女の目力に圧され、僕は苦笑いを浮かべた。

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