第273話 アルカナダンジョン【ⅩⅧ】④

          ★


「ルナ、絶対に無理はするなよ」


 エリクの緊張した声が届き、私は頷く。


 これまで、どれだけ強敵に出会っても、彼がこのような表情を浮かべたことはなかった。


「ルナを信じて」


 そんな彼がこのような表情を浮かべるのが、まさか自分のピンチだからではなく私が言い出した一言だというのだから面白い。


「絶対に倒してみせるから」


 私は杖をぎゅっと握り締める。このシーソラスの杖は元はタックの父親である魔王が身に着けていた装備で、エリクを通して私の持ち物になった武器だ。


 魔力を無尽蔵に込めることができる上、攻撃範囲まで設定することが可能なので、ありとあらゆる魔法を使える私にとっては神器と呼んでも差支えのない強力な武器だ。


 身体が震える。


 私は先程エリクに「ここからは手出し無用。もし横やりを入れたらエリクのこと嫌いになるから」と言って共闘を拒否した。


 これから現れるのはアルカナダンジョンのボス。


 これまで攻略されたアルカナダンジョンは3つ、1つは過去に私たちの祖先にあたる異世界からの来訪者で、2つは目の前のエリクが達成したもの。


 いずれも私が認識している常識とは違う存在で、追いかければ追いかける程に彼の存在が強く遠く感じられるようになってしまう。


 だからこそ、私は一人でボスに挑むことを選んだ。すべてはエリクを彼女から解放するため。


「来るぞっ!」


 エリクの声が響き渡り、部屋の中心に黒い渦が発生する。


 その禍々しい渦の中から現れたのは……。


「フェンリル……それも二匹」


 銀色の毛と鋭い牙を持つ、体長十メートル程の巨大な狼だった。


「ルナ、一匹こっちで引き受けるぞ!」


「駄目っ! エリクは絶対手を出さないで!」


 焦る様子のエリクに、私は大きな声を上げる。


「手を出したら一生許さない!」


 苛立ちが溢れてくる。エリクにとって、私は取るに足らない存在だと言われた気がしたからだ。


「こんな犬っころ二匹、あっさり倒して見せるから」


 私は吹き上がる怒りを目の前のモンスターにぶつけることにした。






「「ガオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンン」」


 フェンリルが吠え、その鳴き声が広場中に響き渡る。


 私は身震いしそうになるのを堪えると、早速魔法を練り上げた。


「クリムゾンフレア」


 杖の先から膨大な熱量を持つ炎が渦巻き、地面を抉るように進みフェンリルを狙い撃つ。



「「ガウッ!」」


 二匹のフェンリルはその攻撃を避けると左右に散り、私を攻撃対象に定めた。


「オーラプリズン」


「ガガガウッ!」


 まず一匹光の魔法力で作った檻に閉じ込めてやる。


「後で相手してあげるから大人しくしてて」


 自分の持つ集中力の半分を注ぎこんで堅牢な檻を維持する。


 現れた狼型モンスターのフェンリルは俊敏で、二匹同時にとなると魔法を当てることが難しい。


 一つの魔法を維持しながら戦うとなると、他の魔法の威力も落ちてしまうのだが、二匹同時に相手をするよりはまだましという判断を私はした。


「アオーーーーーーーーーン」


 拘束していない方のフェンリルが吠えると、フェンリルの周囲に先端が尖っている氷の柱が何本も浮かび上がった。


「ガルッ!」


 一斉に打ち出された氷の柱が私へと殺到する。


「くっ、マジックシールド!」


 魔力を注ぎ込んだ盾を前面に張って見せる。


 ――ガガッ! ガガッ! ガガガガガガガガガガッ!――


 止むことなく氷の柱による攻撃がが集中する。


「このままじゃ身動きが取れない!」


 流石はアルカナダンジョンのボスだけあって、この氷の柱一歩だけでの攻撃力でもカイザーやキャロル以上の威力がある。


 防御に力を割いているので完全に後手に回ってしまっていた。


「えっ?」


 影が出来、上を見上げてみるといつの間にか接近してきたフェンリルの姿が、


「ガルッ」


「きゃあああああああっ!」


 咄嗟に避けたが、フェンリルの爪が引っかかり私が着ているドレスを破る。


「グルルルルルルッ」


 物静かに覗く青い目。そこには何の感情もなく、私を敵として認識しておらず、獲物を狩るような雰囲気を漂わせていた。


 ギリっと唇をかむ。血の味が広がり、怒りを覚えた。


「な、なめるなっ!」


 私は杖を向けると魔法を唱えた。


「カースドライトニング!」


「アオオオオオオオオオオオーーーーーン」


 漆黒の雷がフェンリルを穿つ。やつは身体を仰け反らせると叫び声を上げた。


「はぁはぁ、油断しているからそうなる」


 不意の一撃を食らわせ、私が笑みを浮かべていると……。


「ガルルルッ」


「嘘、今のを食らって平気なの? ……いや、違う?」


 よく見ると、フェンリルの毛並みが逆立っており、身体中から紫電が弾けている。


「吸収された?」


 ときおり、自分の持つ属性の魔法を吸収し操るモンスターが存在する。身体に魔法を纏い、反属性の攻撃を打ち消し突進してくるそれは魔法を使うものにとっては脅威だ。


「ルナっ!」


「来ないでっ!」


 どう見ても私の劣勢で間違いない。

 一匹を封じ込めてはいるが、もう一匹相手に追い詰められている。


 エリクの心配そうな表情にも私は悲しみを覚えた。

 ふとイブの顔が浮かぶ。


 彼女と約束をし賭けた内容が思い浮かんだ。


「私は、絶対に、逃げない。ここで引くくらいなら、死んだ方が、まし、だから」


 魔石を取り出すと同時にフェンリルがとびかかってくる。


「転移」


「ガウッ!」


「ストーンキャノン」


「「ガウッ! ガウッ! ガガガガガウッ!」」


「はぁはぁはぁ……」


 立て続けに魔法を唱えたので息を整える暇がない。


 私は空に浮かびながら、二匹のフェンリルの様子を窺うのだが……。


「「ガアアアアアアアアアアアアアアアッ!」」


 圧縮した氷が目前に迫り、どうにか直撃を避けるのだが、


「ううっ……」


 左腕と足を負傷した。激痛が伝わり、意識を阻害してくる。間違いなく折れている。


「もういいからルナっ! 僕に助けを求めてよっ!」


 エリクは泣きそうな顔をしていた。


「まったく、そんなエリク、初めて見るよ」


 以前、アークデーモンにイブを害された時、エリクは激しい怒りを見せていた。それとは違うが私しか見たことのない表情を、私にしか向けられない感情を見て満足する。


「魔力増幅」


 お互いにダメージがあるので、次の攻撃が最後のチャンスとなる。


 フェンリルたちもそれに気付いたのか、口元に冷気を集め巨大な氷の塊を生み出していた。


「——森羅万象の終末 万物創世の理 全ての生物はユグドラシルより誕生し 全ての生命は大地へと還る 神魔消滅――【カタストロフ】」


 全力を込めた私の魔法とフェンリルが放つ氷魔法が交差すると――


「ルナああああああああああああ!」


 世界が真っ白になり、私は意識を失った。


          ★

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