第274話 アルカナダンジョン【ⅩⅧ】⑤

 目の前に横たわるルナを僕はじっと見続けていた。


 周囲は戦闘の余波を受け崩れており、そこら中ではフェンリルが放った氷が溶けだしポタポタと水が落ちる音が聞こえていた。


 先程の戦闘から数時間が経った。


 ルナは僕の呼びかけに答えることなく、一人でフェンリルと戦い……。


「どうしてこんな無茶をしたんだよ?」


 答えることができない彼女に僕は問いかける。


 フェンリルとの戦闘で鬼気迫る様子を見せたルナは、普段と様子がまったく違っていた。


 むきになり、泥臭く、力押しで魔法を唱え続けていた。


 彼女にとって、魔法は好奇心を満たすためのもののはず。それがなぜこうしてアルカナダンジョンで命を懸けて戦ったのかわからなかった。


 ただ、一つ言えることは、結果として彼女が倒れ、目の前に横たわっているという事実だ。


『かつてアルカナダンジョンに挑んだ祖先は仲間を二人失いました』


 セレーヌさんから聞いた言葉を思い出す。異世界転移者は恐ろしい力を持っていたと聞く。


 そんな彼らですら八人で挑んで二人の犠牲を出したのだ。ここにきてルナを失うかもしれないと思うと、僕は急に怖くなった。


 目を覚ましてくれ、と。彼女の手を握り締める。


「うう……」


「ルナ!」


「エリ……ク……?」


 彼女が目を覚まし僕を見ていた。


「お腹すいた」


 普段通りのひょうひょうとした言葉を聞くと、思わずルナを抱きしめてしまっていた。


「エリク、苦しい」


 僕の胸の中でルナが身動きして抗議する。だけど、今だけはルナの言うことを聞く気にならない。


「エリク、泣いてるの?」


 彼女は手を伸ばすと僕の頬に触れた。


「当たり前だろっ! 動かないから死んだのかと思ったんだぞ!」


 フェンリルに一撃を放ち、二つの技がぶつかった衝撃派で吹き飛ばされたルナは、そのまま起き上がることなく地面へと横たわっていた。


 慌てて回復アイテムを飲ませたのだが、外傷がないのに意識を取り戻さなかったので生きた心地がしなかったのだ。


「ふふふ、エリクも泣き虫」


 ルナは頭を撫でてくる。僕はそんな彼女の行動を受け入れるとしばらくの間無言で彼女と抱き合うのだった。




「これで、アルカナコアを取れば目的は達成だね」


 目の前にはアルカナコアが輝いている。今回、僕はボスを討伐していないので、アルカナコアの所有権はルナにある。


 彼女は、ふらつきながらも台座の前に立つと、アルカナコアを持ち上げた。


「ミッションコンプリート」


 普段通り、抑揚のない声を出すのだが、その表情はまんざらでもなさそうだ。

 僕が、ルナは手に入れたアルカナコアをどうするつもりなのか気にしていると、彼女はアルカナコアを抱えたまま僕の下まで戻ってきた。


「お願いを聞いてくれるなら、エリクにあげる」


 彼女は真剣な表情を僕に向ける。


「お願いって?」


 彼女は一国の王女なので、大抵の物は自分で手に入れることができる。

 強力な装備も綺麗な宝石も、豪華なドレスだっていくつも持っているのだ。


 そんなルナからの頼みごとが妙に気になった。


 ルナはアルカナコアを抱える腕に力をこめ、何度も口を開いては閉じる。

 よほど緊張しているのか、俯いたまま言葉を発することがない。


 僕はそんな彼女を見ていると、自然と笑みが浮かび言葉が出た。


「僕とルナは仲間だろ? なんでも言ってくれて構わないよ」


 知り合ってから二年、いつの間にか、ルナは僕にとって大切な存在になっていたらしい。


「わかった、言うね」


 ルナは一拍置くと告げる。


「エリク、私と結婚してください」

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